吊り橋トリック

終電

吊り橋トリック

「な、な、な。あそこの吊り橋、わたってみねぇ?」

放課後、同じクラスの中尾なかおが興奮気味に話しかけてきた。

あの吊り橋、とは最近噂されている『渡ると願いが叶う橋』のことだろう。

…バカだな、中一って。

「行くに決まったんだろぉ?!え、他に誰が来るん?」

…うん。オレも大概バカだ。


夕方四時、四人が集まった。夏のこの時期だとまだまだ昼間のように明るい。

吊り橋は、学校から徒歩十分の墓地の奥にある。

「な、お前ら何お願いする?」

「やっぱそこはあれだろ、彼女欲しいいいい」

「うっわ、キモ。こいつ必死じゃん」

「黙れ彼女持ち!お前の脳は溶けてるから聞かん!」

げらげらと笑いながら歩く。

周りの人が怪訝そうに見てきても、そんなことは知らない。一人だと気になるのに、これが集団の力か。

「…ここだな、吊り橋」

誰かがそういうと、どことなく緊張感が走った。

噂の吊り橋は、思っていたよりも丈夫そうだった。しかし、墓地の奥という場所や、夏の夕方という雰囲気も相まってか、本当に願いが叶う吊り橋のように思えた。

「…俺、最初に行くからな」

彼女が欲しい羽場はばだ。

羽場は、吊り橋の前で「かわいい彼女が欲しい!!!」と全力で叫び、吊り橋へと歩みを進めた。

「お、いいぞ。いけるわ、これ。よっしゃ彼女もらえるルート確定だな」

しかし、しばらくするとそんな余裕もなくなり、みるみる顔は青白くなっていった。

「アイツ、なんかヤバくね?おーい、どーしたんだよー!!」

「…ちょっとヤバいかも…!」

まだ姿もはっきりと見える距離なのに、羽場の声は随分と小さかった。

それから少し経ち、羽場は肩を落としてこちら側へ帰ってきた。

羽場が言うには、吊り橋を渡っている最中、急に腹痛に襲われたのだと言う。

今はなぜだか治ったらしいが、気味が悪いと帰っていった。

「…アイツ大丈夫かなぁ?」

そんな声が出てきても、ここまで(距離としては別段遠い場所ではないが)来たからには何かしらの成果を残したい、と言うのがオレたちの総意だった。

「次、俺行くわ。…数学死ね!!!」

たとえ吊り橋を渡ったとしても叶わないだろ、とツッコミたくなる願望を叫び、中尾が吊り橋へと進んだ。中継をしたいから、と言いスマホを片手に持って。

そして、中尾も吊り橋の途中で急に歩くスピードが遅くなった。

五分も経たないうちに、中尾は血相変えて走って帰ってきた。

「ヤバいヤバい…!ちょ、俺今日は帰るわ!」

理由を聞く間もなく、オレら二人が残された。

「…なぁ、どうする?」

苦々しい顔でそう聞かれる。

「オレと東條とうじょうで行ってみる?」

東條は少し意外そうな、でもやっぱりいつもと同じ涼しげな顔で「じゃあ、そうしよう」と答えた。

「願い事言う?」

そういえば、オレは何を願うつもりでここに来たのだろうか。今更、この計画自体がアホらしく思えた。

「…言っても無駄なんだけどなぁ」

東條がめんどくさそうな顔をする。

「まぁ、一応言っとくか。…この橋を、渡りたい!!!」


オレら二人は、当たり前のように吊り橋を渡りきった。

「…羽場は昨日の晩、アイス十本食ったらしいよ。中尾は、今日塾の日なんじゃなかったっけな。アイツの母さん、勉強に厳しいから」

東條がバカだなぁ、と言わんばかりの表情でそう教えてくれた。

「でも、オレら渡ったら願い叶ったじゃん。すげぇ屁理屈みたいだけど『この橋を渡りたい』って願ったから」

「…そんなんじゃねぇよ。目の前見えるだろ?…ただの公園じゃねぇか」

たしかに、オレたちの目の前には小さい子供が楽しそうに乗っているブランコや、大きなすべりだい、表面がでこぼこしている砂場…とつまりただの少し大きめの公園があったのだ。

視界の端には、墓地の入り口あたりに繋がる階段もある。

拍子抜けとはこのことか、とオレは息をつく。

東條も多分同じような顔だ。

「…帰るか」

「…だな」


豆腐屋独特の気の抜けたチャルメラが聞こえる。

もう少しで二人が別れる道、というところで東條が話し始めた。

「多分な、あの吊り橋が願いが叶うって言われてるのは」

「え、ただの噂だったんじゃねぇの?」

「…いや、多分なんだけど。墓参りについていった子供たちが親に言われたんじゃねぇかな。『ここでお願いしたら、渡った先に楽しい公園があるよ』って。墓参りって、子供にとっちゃ退屈だし。…俺、昔言われたことある」

東條の深刻そうな顔が、より一層シュールな雰囲気を漂わせる。

「…なんか、そういうもんなのかもな」

「どういうこと?」

「オレらが信じてるものとか。ほら、サンタとか、先生とかが言うことも。蓋を開けてみれば大したことないもんばっかじゃねぇかな」

「…だなぁ」

中学に入ってからの付き合いでまだあまり親しくない東條と、妙に仲良くなった気がした。

「…じゃ、オレの家こっちだから」

そう言うと、東條がオレを引き止めた。

「…俺は、楽しかったよ、今日」

東條は少し残念そうに言った。

オレは心外だというように言う。

「…オレだって」

サンタがいなくたって、先生や家族が言うことが正しくなくたって、願いが叶う吊り橋がなくたって、アイスを十本食うような奴や、塾に追われてる奴や、妙に達観した奴が周りにいて、吊り橋を渡ると願いが叶う代わりに楽しい子供の世界があって。

そんなもんじゃないか。

それがいいんじゃないか。


次は一緒にプールに行こうと約束し、オレたちはそれぞれの家へと帰った。

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