第6話 最後の勇者

 人生とは、何が起きるか分からないものだという。


 だが俺は声を大にして言いたい。

 物事には限度というものがあるだろう、と。

 これも厄年の呪いなのだろうか。


「ツッコミ待ちですか?」


 俺のセルフモノローグにツッコミ入れてくれたのは、昨日カノンという地域で俺を助けてくれた銀髪赤眼の美少女、ゼラだった。

 今はテーブルを挟んで互いに緑茶を飲んでいる。


「ああ、茶が美味い」


 この世界にも和食はあるらしい。ありがたい。

 ……いや、それ以上に、昨日死にかけたせいか、食べ慣れた味が心底ありがたかった。

 そこまで考えて和食にしてくれたのかも知れない。

 なかなか気の利くお嬢さんである。


 一方で、吊り橋効果とか胃袋を満たす事とかで、籠絡しようとしている疑いもある。

 昨日の話を聞く限りでは、俺はかなり大業な役目を負わされるようだ。

 こうやって尽くす事で断り辛くしているのだろうか。

 まあ、そもそも断ってしまうと元の世界に帰れないかも知れないので、選択の余地は無さそうなんだが。


「落ち着きましたか?」

「おかげさまで。ごちそう様でした」


 そう言って俺は深々と頭を下げる。

 本当に美味しくて満足したので感謝。

 転移は転移。それはそれ、これはこれ。

 話は別である。


 昨日のドラゴンとの話が終わってから、俺はゼラに連れられて、ここに来た。

 こことはどこか?

 簡単に言えば、『神の神殿』というやつである。

 とはいえ、神殿と言っても物理的に存在している建物ではないようで、次元の狭間的な場所に存在する概念領域なんだそうな。


「うむ、分からん!」

「漫画設定っぽい異空間にある秘密基地だと思ってください」

「とてもよく分かりました」


 神殿に着いたら、食事やら風呂やら着替えやらと、手際よく用意してくれて、話は落ち着いてからという事になった。

 気配りが行き届いている。しかしそこに自尊も謙遜もない。

 それは彼女にとって特筆するような事ではないという事なのだろう。

 なんだこの出来過ぎた嫁。

 俺より遥かに接客業に向いてそうだ。

 まあ、今は神様だから、ある意味で究極の接客業かも知れないが。


 ちなみに『神殿』とは言うが、内装は和風旅館だ。七色に輝く温泉まであった。

 冗談で泉質を聞いたら『エリアル霊素泉』とかいう、この世界のちゃんとした泉質であるらしい。

 話を聞く限り、ここはゼラの意思で造りを自由に変えられる便利空間のようだ。

 訳が分からんが、とにかくさすが神の神殿。

 さす殿。


「それじゃ落ち着いたところで……説明始めますか?」

「よろしく頼みます」

「ええと……ある程度の話はナルフェニニスとの話で大体分かったかも知れないけど――」

「いや、話の核の部分が省略されてて、内容全く分からなかったぞ」


 あのドラゴン、呆れて開いた口が塞がらないと言ってたが、どうしてなのかサッパリだ。

 昨日手遅れがどうのと言っていたが、何が手遅れなんだ?

 聞きたいことが多過ぎて、思いついた端から全部質問をぶつけた。


「では、少し長くなりますが事の経緯を説明します」


 話はほんとーーーーーーーーーーーーーーーーに長かった。


 この世界の異世界人伝説を初っ端からと、ここ百年の経緯とを、ダイジェストで延々と話してくれたので、話を終わりまで聞くのに三日を要した。

 情報過多で頭に入らないと思ったが、これは異世界系ラノベの話だと頭を切り替えたら、話はすんなり入ってくれた。

 不思議なものである。


「ええと……要点をまとめると、こんな感じか?」


 この世界は現在、緩やかに滅びへと向かっている。

 原因はざっくりと言えば勇者である。

 勇者とは、異世界人の中でも特に強い力を持つ者の総称だ。

 また異世界人自体を全てそう呼ぶ者もいるらしい。

 紛らわしいから異世界人=勇者で良いと思うが、どうやらいくつか分類があるようだ。


「んで、過去この世界に来た勇者は、あまりにも数が多過ぎた……と?」

「はい。その上、たくさんの子供を作った事で、その歴史を重ねていく内に、今や世界の大半の人が勇者の血を引いている……という状態になっています」


 俺は机に突っ伏した。

 なにやってんだよ、過去の勇者達。

 異世界ラノベ読んでて慣れてる俺でも、さすがにドン引きだよ!


「神であるお前達は何も対策をしなかったのか?」

「原初の神を除けば、他の神々は主に後天的に神化した元勇者で……」


 問題になっているが、自分達の子孫だから躊躇した……という事らしい。

 俺は頭を抱えた。

 他にどんなリアクションがあったというのか。


「はあ……」


 俺は大きなため息を吐いた。

 なるほど。確かに勇者の力は素晴らしい。

 強大な敵を滅ぼし、未踏の地を開拓し、不毛の大地に命を生み出し、農作物を瞬時に栽培して飢饉を救うなど、世界の平和と発展に数えきれないほど寄与してきたのだろう。

 しかし時が過ぎて行くと、その活躍の負の側面が浮き出てくる。


 敵を滅ぼす一撃は、大地そのものを破壊した。

 世界が開拓し尽くされた結果、動物や魔物の住処が失われ、魔獣や害獣が生まれた。

 さらに栽培スキルによる超速成長は土を疲弊させ、魔法での蘇生を繰り返すうちに、大地は再生する力を失いつつある。


 一人二人が勇者ならともかく、もはや世界中の者がそういう事を出来る、あるいはそういう力に目覚める可能性を秘めている。

 自然の摂理を無視したチート能力が、世界という器から溢れてしまったのである。


 そして有効な手立ての無いまま大事件が起きた。

 神に恨みを持つ勇者が徒党を組んで神と戦い、神殺しを成し得てしまった。

 事を証明してしまったのだ。


 ちなみにゼラがこの世界に来たのは、この事件の約五十年後らしい。今から百年前の話だから……お前、五十歳アラフィフかよ。


 閑話休題。

 そして今から約三十年前、再び人と神々とを巻き込んだ戦争が勃発。

 ゼラとその仲間の勇者達が勢力の一角を担い、人も魔も神すらも相手に戦い抜いた。

 その大きな戦争の中で多くの神々を倒しながらも、終盤消耗戦でグダグダになった争いは、最終的にゼラと仲間達の勢力が勝利し、神々を滅ぼすに至った。 


 結果的に『問題の元凶』達は消えたものの、自分達も決して褒められるような勝ち方をした訳ではないとゼラは苦々しく語った。

 それでも勇者達と、それを喚ぶ神々は居なくなったのだ。

 後は自分達が子孫を残しさえしなければ、血の更新もなくなる。

 影響力は薄れていく……はずだった。


「しかし、そこで終わらなかったから俺が呼ばれた」

「はい。勇者の血が薄まる時間を待たず、先に世界の方が力尽きる事が分かりました」


 先日のイケドラゴンに話したように、もう手遅れだったのだ。


「……で、俺にどうしろと? 人類抹殺計画?」

「そんな事しません!」


 ゼラはテーブルを叩いて強く否定した。

 そんな事をしたら、対抗する力として勇者が求められ、再び多くの者が覚醒する事になる。

 そうなると勇者を減らすつもりが逆に増やす結果になりかねない。


 なるほどね。

 勇者の血を目覚めさせないよう、なるべく穏便に事を進めないといけない訳ね。

 ……難易度高過ぎね?


「今回、あなたと同じく異世界から来た者が他にいるはずです。まずは、その者達を探してください」

「ちょっと待った。他にも異世界から人を喚んだのか?」


 今、とてつもなく聞き捨てならない事を言ったぞ。

 その者……って!?


「いえ、のはあなた一人です。ですが、召喚の為にあけた時空の穴に、巻き込まれた者がいる形跡があります」

「巻き込まれた者って……おいおい」

「今のところ確実に来たと言える人数は二人。内、一人の居場所は大体絞れています。今、確定情報としてお伝えできるのはこれだけです。他については今後も慎重に調べていきます」


 俺一人を喚んだ事で、少なくとも二人が巻き込まれたのか……酷いな。

 聞けば異世界召喚では、狙った人だけ……とはいかないらしい。

 向こうで亡くなった人とかならともかく、変わらぬ日常と平穏を愛する小市民の俺からしたら、異世界召喚など迷惑極まりない。


 幸も不幸も、いずれも大きなものを抱えられる器を俺は持たない。

 だからそれを抱える事なく、ほどほどの位置を上下しながら、無難に人生の波を乗り切る。

 これが小市民たる俺の生き方なのだ。


「迷惑な話だな……で、探すアテはあるのか?」

「地道に探すしかないのですが、同じ時空の穴を通った者同士……まあ同世代と言われますが、その同世代同士は引かれ合う傾向があります。ですからあなたに探してもらうのが一番効率的なのです」


 ふむ。

 話の分かる奴なら良いが……異世界物と言えば、イキリ暴れモンキーや、無知の善意モンスター、無自覚な歩く天災みたいな奴が多かったように思う。

 もはやトラブルが約束されたようなものじゃないか。

 ……読んだジャンル偏り過ぎか?

 

「ちょっと話が戻るんだが」

「なんでしょう?」

「さっきの昔話を聞く限り、生き残ってるは、お前以外にもまだいるはずだよな?」


 間違いなくいるはずだ。

 ゼラを含め、戦争には多くの勇者が参加したであろう事は想像に難くない。

 それは当然仲間にもいたはずだ。


「はい。戦後生き残った者は、神の力で子供を作れないようになっているので問題ありません。それと神になった私は個で存在が完結しているので子孫は作れません」


 その話を聞いて思わず仰け反った。

 子孫を『作らない』と『作れない』とでは、そのありようは大きく違う。

 そもそも子供を作れないようにって……ゼラと仲間達は、ある意味で生物たる自分達を否定する事を是として戦い、勝利したという事か。

 これは……勝ったと言えるのだろうか?


 俺は元々願望が薄い上に趣味と仕事にかまけてたら適齢期を過ぎてしまった。

 だから結果的に作らないと思い定められた。

 しかしゼラのように容姿端麗で才色兼備と揃っている出来る女性が、そんな覚悟を必要としなければならないのは、あまりにも不憫に思える。

 もっと自分の幸せを追求しても良いんじゃよ?


「しかしなぜ俺なのかがよく分からん。もっと若くて才能ある奴いっぱいいるだろう?」


 どう考えたって身体能力に優れたアスリートとか武術家とか、知的な方でも地球規模で考えれば天才鬼才はゴロゴロいただろう。

 俺みたいな平凡なアラフォー整体師とか、どう考えても適性ないだろ。


「今回、異世界から勇者を喚ぶにあたり、いくつかの条件を作り対象を絞り込みました。

 ——①手遅れになってしまったこの世界を救える力のある者。

 ――②この世界で子孫を作らない者。

 ——③この世界が救われた後、必ず元の世界へ帰る選択をする者。

 以上の三つです」


 なるほど、そりゃ俺みたいな小市民おっさんになる可能性高くなるわ。

 四十歳前後ってのは、生活が安定してきて社会的地位を得ている年齢だ。

 人によっては家族だっている。社会における縦と横の関係の中で、自分が外れる事の出来ない中核を担い始める時期でもある。


 さらに人によっては、親の寿命との付き合いも考えなくてはならなくなる。

 父はもう亡くなってしまったが、残された母を見捨てて異世界に残る気には到底なれない。

 自分の世界を捨ててしまえるのは、何も持たず、背負わず、得てもいないからこそ、簡単に捨ててしまえるのだ。


 それに一つ目と二つ目の条件を満たした上で、更にこの三つ目に当てはまる人物を選ぼうと思えば、確かに俺みたいな小市民でもないと引っかからんだろう。

 英雄とか救世主とか、そういう責任や立場を背負い、栄光と称賛の上に座していられるような俺様メンタルを持てる奴は、元の世界に帰ったりしない。

 栄光の椅子は、小市民の俺には荷が重すぎる。


「仮にだが、もし俺がこの世界を救う前に死んだり、救えなくなったりしたら、俺とこの世界はどうなる?」

「異世界人に関しては、死んだ時は元の世界に帰ると言われています」

「根拠は?」

「同一人物が複数回喚ばれた記録があります。その記録によると、とある国で召喚後に謀殺されたものの、後に別の国で再度召喚され、自身を殺した国を恨んで滅ぼした……というものです。他の説明は省きますが、同様の事例は他にもいくつかありました。状況的に、元の世界に帰ったと考えて良いと思います」

「突っ込む意味は無さそうだから、その件はそれで納得した事にしよう。それで、俺が死んだら世界の方はどうなるんだ。新たに誰か喚ぶのか?」


 その質問に、ゼラは沈黙した。

 いや、それを言うべきか否かを、迷っているのだ。

 それで俺はおおよそを察した。

 しばし言いよどんでから、意を決したように彼女は答えた。


「先程の三つの条件に奇跡的に該当した人は、あなた一人だけでした。あなたが世界を救えなかった場合、この世界は滅びを回避する選択肢を失います」


 そう言って困ったように笑ったその顔は、幸の薄さが透けて見えるようだった。

 そして続いて告げられた言葉は、理不尽に押し付けられた、重い……酷く重たい言葉だった。


「あなたが、最後の勇者です」

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