第7話 帰還条件

 異世界の人間がこちらに来る時は、あらかじめ目的が定められている。

 故に、その目的を果たさねば帰る事は出来ず、無条件で来る者は者だけだ。


 謙虚なイケドラゴン、ナルフェニニスが言っていた言葉を要約するとこんな所だろう。

 それを考えると、俺が帰る為には、ゼラが言っていた条件を満たさねばならない。


 ①手遅れになってしまったこの世界を救える力のある者

 ②この世界で子孫を作らない者

 ③この世界を救った後、この世界に留まらず必ず帰る選択をする者


 この三つだ。

 単純に考えれば「子供を作らず世界を救ったら帰る」となるが、果たしてそうなのだろうか?


①手遅れになってしまったこの世界を救える力のある者


 まず前提として世界が手遅れである必要があり、手遅れでない世界を救ってしまうと条件から外れる事になる。

 そもそも俺が救えるのであれば、俺が現れた時点で手遅れではないのでは?

 さらに突っ込むと、条件は「救える力のある」が条件あって、世界を救う事そのものについては不要とも考えられる。

 結局どうしたら良いのか分からない。

 ひたすらレベリングして世界の危機でも待てば良いのか?


②この世界で子孫を作らない者


 この『子孫』の定義はなんだ?

 通常、子孫とは血を受け継ぐ者だから、子供を作らなければ良いのかも知れない。


 例えば……養子が出来たら?

 血は繋がっていないが親子という関係は発生する。

 それが後々に受け継がれていけば、それは『子孫』ではないだろうか?


 また下世話な話だが、この「作らない」というのは、つまり「子孫を作る行為」も?

 これは異世界恒例のハーレムはご法度という事か……作る予定は一切無いけどね。

 一切無いけどね!

 ハーレムとか普通に考えたら修羅場の量産工場でしかない。


③この世界が救われた後、この世界に留まらず必ず元の世界へ帰る選択をする者


 これもまた微妙だ。

 これにより、帰還には世界の救済が条件化されたと見ても良いが、よく見れば、俺が世界を救う必要性についての文言は無い。元の世界に帰る必要性の文言も無い。

 条件はあくまでであって、ではない。

 下手をしたら「帰還の選択を決意表明」でも条件を満たせる可能性がある。

 しかも、帰る時期の指定も無い。

 寿命一杯生きてから帰ってもいいのか?


 これらを合わせて曖昧さを最大限活用しつつ解釈すると『養子とか取らずにDT縛りで世界を救うだけの力を持ち得た時、世界を救ったと仮定した時の意思表示として、元の世界に帰る事をあらかじめ表明』で、帰れるんじゃないだろうか?

 俺が救わなくていいなら、要するに世界を救う過程に重要な事があるという事だろうか。

 教えてゼラせんせー。


「それは"世界を救える者"や"世界を救う者"で探すと誰も該当しなかったからです」


 グー〇ル検索かよ!

 俺は異世界グー〇ル神の地球検索エンジンによって検出されたのか。


「条件を変えて色々と試しましたが、唯一該当者が見つかったのが、この文言だったのです」


 顎に手を添えてうつむく仕草が美しい。

 必要ないからと眠らせていた感情が、僅かにぐらついたのを感じる。

 恋愛とは無関係でいたい俺のような変人でなければ、ゼラに惚れていても不思議ではない。

 もしかしたら、そういうスキルでも持っているのだろうか。

 そうでもないと、ここまで惹かれている理由に説明がつかない。 


「ですので、もしかしたらあなたが世界を救う必要は、無いのかも知れません」


 ゼラの答えに違和感を覚えたので、改めて質問した。


「なんだか他者に正否を委ねているように聞こえるが、万能な世界意思とか上位の神でもいるのか?」


 ゼラの言葉を聞いていると、自分では分からない事を、更なる上位存在に委ねているかような言い方に思えた。

 アカシックレコードみたいなのと交信でもして俺を喚んだのだろうか?


「残念ながら、世界の救い方が分かっていれば、わざわざ異世界からあなたを呼ぶような事にはなりません。それと明確に感じた事はありませんが、世界の意思みたいなものはあると思います。意思も存在するガイア理論みたいなもの、と言えば伝わるでしょうか?」


 懐かしいな、ガイア理論。

 地球という星を巨大な生命体と見なす考え方だっけ。

 こんな話を知っているあたり、やはりゼラは元地球人なんだなと再認識した。

 同時に親近感が増すから少し厄介だが。


 しかしこの分だと、他の文言については聞いても無駄だな。

 正解を判断するものとゼラとの間に意思の疎通が無いようだ。


「また上位の神については、先ほど話に出ました原初の神がそれに当たります。ただ、原初の神は天意の主導権を欲した神達によって殺されてしまいましたが」


 あまりの馬鹿げた話に思わず眩暈がした。

 異世界を公園の砂場か何かと勘違いした糞ガキ共がイキリ神様ごっこでやらかした世界の後始末をさせられるのか、俺は。

 その為に、背負う必要も無い苦労と責任を背負わなされたのか……やっとられんな、これ。

 いや、やらないと帰れないみたいだから、やらざるを得ないんだが。


「酷い話だな……世界にとっても俺にとっても」

「私も、そう思います」


 本当は、ここでゼラに確認しておきたい大事な疑問がひとつあった。

 だが今は、あえて聞かない事にした。

 今後、彼女と利害が分かれるかも知れないし、そもそも最初から全部嘘かも知れない。

 その場合、ここでその質問は危険だ。

 あるいは俺に世界を救う力が備わった時、もしかしたら解決できる問題なのかも知れない。

 そう考えて、質問はその時まで保留にしておく事にした。


「ところで……念の為に聞いておくが、さっきの話以外に、元の世界に帰る方法は無いのか?」

「基本的にはありません」

「……応用的にはあるのか?」

「もし原初の神が生きていたなら、別の方法があったのかも知れません」


 また過去にやらかした異世界人のせいか。

 痛くはないけど頭痛がする。

 もうやだなんなの過去の勇者達。

 この世界に住む人達に対する配慮とか、責任とか、もっと考えて行動してくれよ!


「ものすごく気が進まないが、やるしかないようだ。選択肢も無いようだしな」

「その節は本当に申し訳ありません。ですが私達も世界の――」

「ああ、もう言いたい事は分かるから。納得はしてないけど事情と強制使命は理解した」


 そう言ったらゼラは申し訳なさそうに、そして悲しそうに俯いてしまった。

 いかんな。

 過去のイキリ勇者達に対する反感が、ついついゼラにも向いてしまう。

 まあ、ゼラも俺を呼び出した張本人だから、その反感の一旦を担ってはいるはずなんだが。


 しかしどうにもゼラは憎めない。

 彼女は本当に世界の為に滅私奉公しているように思える。

 神なのに神っぽくない腰の低さと生真面目さと、妙な人間臭さがある。


 ……いや。

 彼女のちょっとした仕草や表情に懐かしさや安堵感を覚え、親近感が湧くからかも知れない。

 それ故に、彼女の気持ちが沈んでしまう事に、少々の抵抗を感じる。

 だが、それが魅了系スキルによるものでは、という疑念もあり、素直に同情や共感を抱くにも抵抗がある。


 でも二十年もの間、何万もの人と接してきた自身の経験が、彼女の思いに嘘は無いと判断している。

 結果としてどちら側にも針が振り切れず、判断にまで至れないのが非常にもどかしい。

 この事は後で考える事にして、まずは話を進めてしまおう。


「んじゃ、この異世界救済ボランティアの当面の目的は、当代勇者の探索という事で良いか?」

「ボランティアって……私に直接スキルを授ける力はありませんが、出来る範囲の支援は行うつもりです。それに世界を救うだけの力が得られるのならば、この世界の国や人々から色々な――」

「――元の世界に帰る俺にとって、その全てが最後に捨てるものだな」


 またゼラが悲しげに俯いてしまった。

 富や名声を得てイキるかも知れない自分に対する自嘲だったが、ゼラにとっては今後得られるであろうこの世界での全ての対価を無価値と言われたに等しい。


 そもそも世界救済の為に呼ばれたからと、偉大な功績を遺す人物になるかどうかは別の話だ。

 まるでそうなるのが当然だというような、無責任な言葉に少しイラッと来たので、無意識に毒を込めてしまったか。


 つい口が滑ったと思いつつも、申し訳なさそうに俯くゼラの誠実さには好感を覚えた。

 自分のしている事、言っている事、言われた事が、一体どういう意味なのかを、ちゃんと理解しているという事だ。

 この話を広げてしまうとゼラがストレスで禿げるかもしれない。

 話を進めてあげよう。

 

「ところで他の勇者を探すのは、どうしてなんだ?」

「簡単に言えば、私達と協力できる者か、対立してしまう者かを確認する為です」

「対立した場合は?」

「条件にもよりますが、捕らえておいて世界が救われた後あなたと一緒に帰ってもらう……という形が理想だと思っています。最優先で私達が止めたいのは、今代の勇者の子が生まれてしまう事なので」

「お前達みたいに子供を産めないように……とかは出来ないのか?」

「それをしてくれた者は……もう、いません」

「なるほど……な」


 結論としては、利害がぶつかったら捕らえて個室で監禁。強制ニートへ直行か。

 意味も理由も事情も理解はするが……正直、強権力による圧殺や封殺の片棒を、担ぎたいとも関わりたいとも思わない。

 そんな狂人メンタルは持ちあわせていない。


 俺は小市民なのだ。

 そんな俺を選んだのは、本当に人選ミスじゃないかと、ついため息が出てしまう。

 まあ、迷いなく「殺してください」などと言われなかっただけマシだったと考えよう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る