第14話 バレました!?

 晩餐会が終わりを告げ、私は使用人のふりをしたまま廊下を歩いていた。

 朝になる前に、誰にも知られないように竜舎に戻らなくてはならない。

 けれど私の頭の中ではさっき聞いたばかりの話がこびりついていて、足取りは心ここにあらずだった。

 ウィリスさんが、罪人だったなんて。

 

 さっき、晩餐会で給仕をしながら聞いた話を思い返してみる。

 ウィリスさんが、城の奥深くにある魔法使いたちが日夜研究をしている塔――『審判の塔』と呼ばれているらしい――から逃げ出した後、すぐに捜索隊が差し向けられたのだという。

 ウィリスさんの足取りは、まさに私がお忍びでうろついていたあの町で途絶えているそうだ。


 強大な力を持つ魔法使いが逃げたとなれば、大騒ぎになる。

 騒ぎになればそれを知ったウィリスさんはさらに遠くに逃げるだろう。

 そういうことで、町の住民には知られないよう、極秘に捜索が進められているのだと言う。


 ということは、リイナが言ってた『大魔法使いが町に来ている』という噂は――

 もしかすると、ウィリスさんが捜索隊をおちょくるためにわざと自分で流したものだったのかもしれない。

 ウィリスさんの捉えどころのない性格を思えば、それは充分にあり得ることのように思えた。


 そんな大変な人に魔法をかけられてしまったいったい私はどうすれば……!?


 いったいどんなことをしでかしたのか、具体的なことについての話は何もなかった。

 けれど、西の森に出たという魔物はウィリスさんと関係のあるものらしい。

 魔物なんて遠い昔の歴史書に出てくるくらいで、かつてこの地を治めていたという妖精と同じく、半ば神話の存在だ。

 けれど、確か魔法使いたちはその妖精の血を引いた存在なのだと本で読んだことがある。

 魔法使いたちの存在が事実なら、魔物もきっと実在しているのだろう。


 ――駄目。初めて知る情報が多すぎて頭がうまく働かない!

 自分が今後どうなるのかさえ想像もつかないのに!


 思わず頭を抱えたくなっていると、さっきまで私の先を歩いていたはずのレスティさんがじっとこちらを見つめていた。


「新人。あなた、さっきからぼんやりしていますね」

「……!」

 

 いけない。こっそり人目を盗んで竜舎に帰ろうとしていたのに、怪しまれてしまう。

 けれど今の私は『今日から配属になった右も左もわからない新人メイド』ということになっているはずだ。

 ここは不慣れなふりをして切り抜けよう。

 我ながら驚くほどのふてぶてしさ開き直り、私はおずおずと口を開いた。


「申し訳ございません。初めての場所で緊張してしまって。ところで、この後私は何をすれば良いのでしょうか」

「城へ帰ります。あなたの担当はどちらですか?」

「え、ええと……ここ、です?」


 とっさに答えつつ首を傾げると、レスティさんは眉根を寄せた。


「何かの間違いでしょう。騎士たちの宿舎に女の使用人はいません」

「それなら今夜はなぜ晩餐会のお手伝いを?」


「現在の騎士団は身分を問わず登用されているとはいえ、いまだ伝統を引きずっています。

 よってここに来る前は使用人に囲まれていた貴族のお坊ちゃんが半数です。

 普段は上位の立場にある騎士のみ従者を一人連れることが許されています。

 しかし今夜のように特別な行事がある際は人手が足りず、私どももお世話のために駆り出されているというわけです。通常なら、女の使用人がここに近寄ることもないでしょう」

「そうだったんですね。教えてくださってありがとうございます」


 新鮮なことを聞いて、好奇心が少しだけ満たされる。

 レスティさんはじーっとこちらを見ていた。


「あの……?」

「新人とはいえ基本的なことを把握していないだなんて、あなたは本当に使用人ですか? 事前に説明はしてあると、担当者から聞いていたのですが」

「……!」


 レスティさんは考え込むようにしてつぶやくと、すjぐにはっとして顔を上げる。


「あなたは自分から名乗りませんでした。まさか、私は――忍び込んだ部外者を、新しくやってきた使用人だと勘違いしてしまったのでしょうか」


 血の気が引いていくのを感じた。

 これ以上ここにいると、確実にバレてしまう。まずい。


「私、さきほどお皿を下げようとして棚の上に置いてきてしまったことを思い出しました! 失礼します!」


 私は適当なことを言うと、足早にホールへと引き返した。


「待ちなさい! どこに行くのです!」


 追ってくる!

 私はスカートを持ち上げ、とうとう廊下を走りはじめた。

 淑女にあるまじき振る舞いだけれど、一度ドラゴンになった身だ。今さらこれくらいで恥じらう理由もなかった。


「不審者を招き入れてしまった以上、始末は私の役目です。覚悟なさい」


 物騒な台詞は、レスティさんのものだった。

 とっさに振り返ると、どこからともなくナイフを取り出したレスティさんが、妙に手慣れた手つきで私を狙っていた。


 ……うそでしょう!?


 使用人がナイフを構えている理由がわからない。

 いや、不審者と疑われている以上理由はわかるけれど、どうしてあんなに投げ慣れている風に構えているのかがわからない。

 けれど、命の危険が迫っていることだけは嫌でも理解できた。


「私は不審な者ではありません! どうかナイフを仕舞ってください!」

「要求をするのなら足を止めなさい!」


 鋭い声と共に、私が通り過ぎた柱にトスッと何かが刺さる。


「ひぇ」


 ――もちろんナイフだった。


「まったく、すばしっこい!」


 レスティさんは舌打ちをすると、さらにスピードを上げて私に迫る。


 どうしましょう! どうすればいいの!?


 いっそ事情を全て話してしまおうか迷う。

 けれど、人間をドラゴンにする魔法は研究段階だったとウィリスさんが言っていた。

 ということは、きっとこの事象はとても……とっても珍しいということだ。

 捕まったら研究材料にされてしまうかもしれない。

 それに不可抗力だったとはいえ、新人のメイドと偽って国の中枢であるこの場所に潜り込んだなんて、どんな罪に問われるかわからなかった。

 その上、罪人とされているウィリスさんとの共犯も疑われかねない。

 何パターンもの最悪な事態が頭を過ぎって、最善がどこにも見当たらない。


 ――そこが私の想像力の限界だった。

 混乱しきった思考は今すぐにでもここから逃げる手段を求め――

 手近な窓辺から、ひらりと身を躍らせた。

 もちろん、すぐ側に木が生えていることを確認してからだった。


「よいしょっ、と」


 メイド服は動きにくいように見えて、ドレスよりもよほど身軽だった。

 太い枝を足場にして、裾が引っかからないよう急いで窓から離れる。

 眼下には、月明かりに照らされた噴水が見えた。


 どうやらこの下は中庭になっているらしい。

 それを確認した直後、レスティさんが窓から身を乗り出した。

 慌ててひときわ葉を茂らせた枝の下に潜り込み、息を潜める。

 窓辺から私の姿は見えないはずだ。


「一体どこへ……?」


 レスティさんは不思議そうに呟くと、焦った様子でまた身体を引っ込めた。

 そしてすぐに中庭に出て来た。


「落ちてない。くそっ、運良く怪我なく逃げたか」


 さっきまでの落ち着き払った口調を取っ払って、レスティさんが私の眼下で舌打ちをする。

 そしてこうしてはいられないというように、すぐに踵を返してどこかへと走って行った。


 よかった、撒けた……!


 これはリイナとのかくれんぼでよく使った技だ。

 人は目線の高さよりも上を探すことはしない。

 まさか木の上に留まったままいるとは思わないだろう。

 追われているのなら、すぐにでも逃げようとすると考えるはずだ。


 ――なんて。

 賢しげに語ってみたところで、ただただ運が良かっただけだった。

 ゆっくりと木の幹を伝って降り、ほっと一息つく。

 けれど胸は今もどきどきしていた。

 それは恐怖や不安のせいもあるけれど、その向こうには別の感情が潜んでいる。


 ……正直に言うと、少し楽しかった。

 もしかすると、私は神経が図太い方の人間だったのかもしれない。

 もしくは、あまりにも非現実的なことばかり続いているせいで、麻痺しているのかも。

 ドラゴンになってから、新しい自分の一面を発見してばかりだ。

 私は軽く咳払いをして、自分の不謹慎な思考を止めた。


 ――いつまでも呑気なことを考えながらここにいるべきじゃないわね。


 人に見られないように、一刻も早く竜舎に帰らなければ。

 見廻りに来た少年も、さすがにもう居なくなっている頃だろう。

 茂みの中に隠れ、辺りをうかがいながら竜舎の方へ向かおうとしたその時――


「そこの女、動くな」


 ……!


 すらり、と目の前に差し出された銀の線が一体何なのか、すぐには理解できなかった。

 月光を浴びて光る真っ直ぐな銀色を辿るようにして視線を挙げ、そしてたどり着いたのは、無造作に私の喉元に切っ先を翳す男性の姿だった。

 ぞっとするほど冷たい瞳は長い睫毛に縁取られ、形の良い唇は、未だかつて笑みを浮かべたことがないと言わんばかりに引き結ばれている。

 まるで初めて会う人のようだ。


 けれどその姿は紛れもなく――キースさんのものだった。

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