第15話 キースの事情聴取1
「お前は何者だ? こんなところでこそこそと何をしている」
キースさんに静かに尋ねられて、とっさに声が出ない。
突きつけられた刃の恐ろしさはもちろん、茂みに隠れていたというこの怪しさ満点の状況の中では、何を言っても無駄なような気がした。
「答えろ」
「ひぃっ!」
喉から情けない悲鳴がこぼれる。
さらに鋭い切っ先を近付けられて、私の髪の毛が数本はらりと落ちた。
いくらなんでも容赦なさすぎませんか!?
背筋を駆け抜けた危機感が、私になんとか掠れた声を絞り出させた。
「ブ、ブルーノです! ブルーノですよキースさん!」
どうにか伝えようと、とっさに片手で自分を指したり、今はない翼を示してみたりと、混乱しきったジェスチャーをしてみせる。
一瞬だけ間があった。
「ブルーノの名前をなぜ知ってる。まだ誰にも話してないはずだが」
戸惑うような声。
よし、もう一押し!
「説明しますから、剣をどかしてください!」
「……」
不本意そうな無言の後、すっと剣が引かれた。
「逃げようなどと思うなよ。立て」
目の前にキースさんの右手が差し出される。
私を怪しむような眼差しは変わっていないが、紳士的に振舞ってくれているようだった。
恐る恐るその手を取って、立ち上がる。
まぶしいくらいの月明かりが雲間から差し込み、私の顔を照らした。
するとキースさんがかすかに眉根を寄せる。
「……どこかで見たことがあるような顔だな」
――そうだ。私は思いだした。
花畑に突っ込むようにして着陸したあの時、私はキースさんに一瞬だけ顔を見られていた。
その後、どこからともなくやってきたウィリスさんによって眠らされてしまったけれど。
あの時の私をおぼろげにだとしても覚えていてくれているなら、信じてもらえるかもしれない。
「っ、そうです。以前お会いしています。それも踏まえて、きちんとご説明しますから……!」
キースさんはしばし考えるような間の後、再び唇を開いた。
「場所を変えてその『説明』とやらを聞こう。他の奴に見つかったらお前は問答無用で処分される。せいぜい誰かに見られないよう祈れ」
「処分!?」
「今日の晩餐会のために騎士団の宿舎に来た使用人頭……もとい、特殊警備部隊隊長から、不審者が新人メイドのふりをして入り込んだようだとついさっき通達があったからな」
「特殊警備部隊、というのは……」
まさかレスティさんのことだろうか。
「城では特別訓練を受けた使用人も働いているということだ。この場所はこの国の中枢にして、最後の砦だ。そのくらいの用心はしてる。……お前が何のつもりでここにいるのか知らないが、そんな下調べもなしに城に忍び込もうとは」
キースさんは小声でそうつぶやきながら、私の前を歩く。
どうやら私の無知さが良い方向に働いているようだった。
私もなるべく身を小さくするようにして、闇に紛れるように歩みを進めるキースさんについて行った。
宿舎の裏口らしきドアを開け、中に入る。
……裏口といえど、いいのかしら。
廊下は石壁のいかにも頑丈そうな作りだった。
けれど決して朴訥な印象ではなく、等間隔に灯った燭台の暖色の明かりや、敷かれた絨毯にどことなく気品がある。
私はなるべく足音を立てないように、キースさんの背中に隠れるようにしながら歩みを進めた。
ドラゴンの姿の時は気付かなかったけれど、こうして人間の姿になってみると、キースさんは背が高い。
もっとも、そう感じるのは私が平均的な同世代の女性よりもほんの少し小柄だということも影響しているのだろうけれど。
両端にまるで門番のように飾られていた甲冑が今にも動き出しそうで、私はびくびくとしながらその前を通った。
私が周囲をきょろきょろとしていることに気づいたのか、キースさんは「すぐそこだ。足音を立てないように急げ」と短く言って廊下を進んでいく。
けれどふいに歩みを止め、私を背中に隠すようにする。
「どうしたんですか?」
「すぐ後ろにある柱に隠れろ。早く」
小声でそう言われて、私は急いで柱の後ろに隠れた。
前方から足音が近づいてくる。
そっと覗いてみれば、こちらに向かってくるオレンジ色の髪の青年が見えた。
あの方……確か、アレンさんと言ったかしら。
昼間、到着したばかりの私とキースさんを出迎えてくれた人だ。
人なつっこい笑みを浮かべ、キースさんに軽く片手を挙げて見せる。
「この時間に暇そうにしてるの、珍しいな」
アレンさんは、陽気な口ぶりでキースさんに挨拶をした。
「何か用でもあるのか?」
「別にそういうわけじゃない。お前の顔が見えたからついでに挨拶しようと思っただけだよ。相変わらず堅い奴だなー」
アレンさんが気さくに言ってキースさんにもう一歩近づく。
その瞬間、キースさんが反射的に私が隠れている柱をアレンさんの視界から隠すようにわずかに身をずらした。
ほんの少しのはずのその動きに違和感を抱いたらしく、アレンさんが怪訝そうな顔をする。
「……ん? もしかして、後ろに何か隠してるのか?」
「……!」
私は慌てて柱にぴったりと背を預ける。
呼吸すら危うい気がして、両手で口を押さえた。
「……何もない。なんでそう思った」
キースさんが平静を装って言う。
「だってお前、いつもの倍くらい警戒したような顔してるだろ」
「そんな顔してない」
「いーやしてる。なんだ? 怪しい奴め」
どうやらアレンさんはキースさんをからかうことを楽しんでいるようだった。
どうか見つかりませんように……!
アレンさんがキースさんと同じように事情を聞いてくれようとするかはわからない。
というか、キースさんのさっきの反応からして、他の人に見つかってまで私を庇ってくれるとも思えない。
心臓がどきどきと音を立てる。
けれど私の緊張とは裏腹に、アレンさんが呑気な声を出した。
「あ、わかった。お前、こっそり猫でも連れてきたんだろ」
「は……?」
「この間、稽古の合間に靴紐を結ぶふりしてしゃがんで野良猫撫でてただろ。見てたぞ。まさかいつも仏頂面のお前が実は動物好きなんてな」
「……放っておけ」
キースさんは、ばつの悪さを誤魔化すような声で言った。
へえ、キースさんは猫が好きなのね。
今までも、ドラゴン――もとい私へ向ける優しい眼差しから、動物好きのような気はしていた。
剣を向けられた時はまるで知らない人みたいな冷淡さだと思ってしまったけれど、この人は間違いなくキースさんだ。
きっと、説明すればわかってくれるわよね。
そう思って、少しだけ緊張がほぐれる。
アレンさんは一通りキースさんをからかうと、幸い用事を思い出したようですぐに引き返していった。
その姿が完全に見えなくなってから、私は小声でキースさんに話しかける。
「アレンさんとは、仲が良いお友達なんですね」
「友達……まあ、仲間ではあるが。何を考えているのかよくわからない奴だ。俺に構っても損しかないだろうに」
……? それはどういうことだろう。
問いを口にする前に、キースさんが近くにあったドアを開けた。
「ここだ。入れ。部屋に入ってからも声は潜めろ。もし警備にでも見つかったら、そのまま差し出すからな」
「わ、わかりました」
威圧感のある口調に気圧されつつ、私は先にドアをくぐった。
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