第13話 晩餐会

 やがて日が暮れ、夜がやってくる。

 ――そう、やってきてしまった。

 

 竜舎に月光が射し込み、私が人間の姿を取ったその途端、竜舎にはキシャアアだのウゴァアアだのと迫力満点の鳴き声飛び交った。

 恐慌状態のドラゴンたちに、きっと普通の人間は怯えてしまうだろう。

 けれどついさっきまでドラゴンの姿で彼らと言葉を交わしていた私には、彼らは単に度肝を抜かれてものすごくうろたえているだけなのだとなんとなくわかってしまった。


「……というわけで、さっきの話、本当でした」

「ギャァァァア! ギャッ! ビャッ!!」

「ビャー!! ピェァッ!!」

 

 びっくりしている。

 ものすごくびっくりしている。

 こちらの話は全く耳に入っていなさそうだった。

 どういうことなのかもう少し説明しないことには、彼らのパニックが治まりそうもない。


「あの、これにはわけがありまして――!」


 私が口を開いたその時、ギィ、と鈍い音が響いた。

 竜舎のドアが開いたらしく、入口が松明の明かりに照らされる。


「みんな騒がしいな。どうしたんだろう」


 不思議そうな声は、昼間ドラゴンたちの世話をしていた少年のものだった。

 足音が近づいてきて、私はとっさに息を潜める。


 もし騎士団の人たちに私が人間だとバレてしまったら、きっとすぐに追い出されるだろう。

 けれど朝になればまたドラゴンの姿になってしまうのだから、帰るわけにもいかなければ、町で過ごすわけにもいかない。

 

「うーん……? 別になにか異常があるわけじゃないみたいだけど……。一応、一通り見廻りをしておこう」


 どうしましょう。どうするべき!?

 ここで固まったまま見つかるのを待っていても仕方がない。

 私はいちかばちかこっそり仕切りを抜け出すと、柱の陰に隠れた。


 ――よし。


 私は自分を奮い立たせ、明かりを持って竜舎の中を見て回る少年の後ろを、足音を忍ばせて横切る。


「ん? 今何か――いや、気のせいか」


 一瞬後ろを振り返った少年にひやりとしたものの、なんとかやり過ごす。

 リイナにもらった身軽な服装のままで助かった。

 もしドレスのまま屋敷を抜け出していたとしたらこうはいかない。


 私はわずかに開いたままになっていたドアをすり抜け、外に出た。

 このまま隠れて少年が竜舎から出てくるのを待って、その後にこっそり戻れば問題ないだろう。

 そう思ったのも束の間、早々に少年が竜舎から出てきた。


「特に異常はなかったな。明日また改めて原因を探ろう。ドラゴンたちがパニックになって怪我でもしたら、僕が怒られるし」


 そう呟きながら、少年がドアを閉め、取っ手のあたりで両手を動かす。

 夜の静けさの中で、カチャ、と金属質な音が響いた。


 か、鍵ーー!!!

 いえ、そうよね!? それはかけるわよね!?

 ドラゴンを狙う密漁業者がいるくらいだもの当然だわ!


 これでは竜舎に戻れない。

 私は建物の影に隠れたまま、自分のあまりの迂闊さにしゃがみ込んだ。

 上から険しい声が降ってきたのは、その時だった。


「あなた、ここで何をしているのです?」

 

 顔を上げると、神経質そうな容貌の眼鏡をかけた女性が私を見下ろしていた。

 シックなドレスとエプロン姿は、使用人の格好としてスタンダードなものだ。

 けれど、その生地やデザインは、私の屋敷で採用しているものとは比べものにならないほど高級な仕立てであることが見て取れた。

 もしかして、お城の使用人の方かしら。

 私がなにか言うよりも先に、彼女が言葉を続ける。


「さてはあなた、今夜から来る予定の新人ですね?」

「え?」

「私は使用人頭のレスティ・シュミットです。城の方に来ていないと思ったらこんなところで油を売っているなんて。どうせ、初日の仕事は騎士団の晩餐会での給仕を手伝ってもらうということだけ聞いていたのでしょう。さあ、早く準備を」

「あ、あの、私は――」

 

 何か言わなくてはと思いとっさに口を開いた瞬間、女性の眼鏡がきらりと光った。


「言い訳は無用です! さあ、早くその薄汚い服から着替えてもらいますよ!」



 それからほどなくして――

 私は使用人用のシックなドレスとエプロンに着替えさせられ、宿舎の1階にある広間へと連れて来られた。 

 ずらりと並んだテーブルの上には、繊細な作りのシャンデリアが輝いている。

 柱にはドラゴンをモチーフにした彫刻が施されており、まるで隣にある城の一室にいるようだった。

 ただし椅子に座っているのは、きらびやかな貴族たちではなく、騎士団の制服に身を包んだ男性たちだった。


「各テーブルにこれを」

「は、はい。かしこまりました」


 レスティさんからの指示を受けながら、テーブルに料理を運び、グラスにワインを注ぐ。

 私、どうしてこんなことをしているのかしら……。

 口を挟むことも逃げることも許されなかった。

 私は早々に諦め、親友にして敏腕使用人であるリイナを思い出しつつ、なんとかこの場にふさわしい振る舞いを続けていた。


 ――それにしても、騎士団の宿舎って、なんだかイメージと違うわ。

 失礼かもしれないが、ここはいわば男性の修練場。もっと汗くさい場所を想像していた。

 けれどよくよく考えてみれば、騎士団は元々貴族の子息が入るところだった。

 最近は身分関係なく試験を通った腕の立つ者を採用していると聞くけれど、その成り立ちを考えると、豪華な内装なのも、給仕がいることもおかしくはないのかもしれない。

 

 改めて全体を見回してみると、席は階級ごとに別れているようだった。

 そしてその中でも、さらに騎士たちの雰囲気は二分されている。


 一方は、いかにも貴族的な優雅さがある立ち居振る舞いの人や、どことなく気位の高い眼差しの人たち。

 もう一方は、フランクな雰囲気な人や、粗野な荒っぽさを感じる人たち。

 おそらく後者は庶民から騎士団に引き立てられた人たちなのだろう。

 それぞれがなんとなくグループを作り、固まって座っているらしい。


 同じ騎士団内でも、きっと派閥のようなものがあるのね。

 社交界での令嬢たちと同じだ。

 それに気付いてしまってから、私はなんとなく居心地の悪さを感じた。


 キースさんはどこにいるのかしら。

 テーブルの間を縫って給仕を続けながら探すと、昼間に会ったアレンさんの隣にその姿を見つけた。

 貴族らしい人たちと、庶民らしい人たち――ちょうどその中間に二人はいた。

 食器の扱い方から察するに、アレンさんは庶民育ちだ。

 対してキースさんは、一見その容姿から想像できるように完璧なマナーを守っているように見えるが、不機嫌そうに脚を組んでいる。

 どちらかというと、わざと態度を崩しているようにも見えた。


 それにしても、晩餐会と言うことは……もしかして、今日は何か特別なことがある日なのかしら。

 ふとそう思った時、中央のテーブルに座っていた壮年の男性が立ち上がる。


「諸君。我々は本日また一匹新しいドラゴンを迎えた。先日騎士団の中でも栄誉ある騎竜隊への所属となった、キース・オリヴィエのものだ。先月亡くなった騎士団長の推薦による異例の抜擢であったが……今後、我々にふさわしい活躍を見せてくれることを期待している」


 キースさんに向けられた眼差しとその口元に、皮肉の色が滲んだ。


「副団長もなかなか嫌味な人だよな」

「ま、仕方ないだろ。団長が亡くなって自分の地位が上がると思ったのに、その団長の遺言が『しばらく私の座を空白にしろ』だぜ? しかも団長が目をかけてたキースはこの待遇だしよ」

「剣の腕は相当だけど、騎竜となりゃ別だろ?」


 近くの席からひそひそとそんな会話が聞こえてくる。

 どうやらキースさんはこの騎士団において微妙な立ち位置にいるらしい。


「さて諸君。本日こうして晩餐会を開いたのは他でもない。この王都と国を命を賭して守るという我々の意志を、改めて示す機会が与えられたからだ。我々はこれから重要な任務に当たろうとしている。例の魔物については皆もよく知っているだろう。今は西の森から出ることのないよう抑え込んではいるが、我々はますます気を引き締め、あれらを一匹残らず討伐せねばならない」


 魔物って、なんのことかしら?

 それこそ物語の中の存在だと思っていた。

 けれど私のその疑問は、副団長の次の言葉によって見事に吹き飛ばされてしまった。


「そしてすべての元凶である、大罪人にして最も忌むべき魔法使い、ウィリス・フォン・アイスフェルトを捕えるのだ!」


 それってもしかして、あのウィリスさんのこと……!?

 私がドラゴンになった元凶、のらりくらりとした態度の変な人――もとい、女性と見紛う美貌の魔法使いの顔が頭に浮かぶ。

 危うく運び途中のワインの瓶を取り落とすところだった。

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