第12話 前途多難
――やっと王都に来ることができた。
大きな翼で羽ばたきながら、私は好奇心をもって眼下の景色を見下ろした。
曲がりなりにも貴族の末席にいる以上、何度か訪れたことはあるが、こんな風に上空から見下ろしたことはない。
新鮮な気分だった。
王都をぐるりと囲む石壁の境界を上空から越えると、にぎやかな色彩が目に飛び込んでくる。
まず門のすぐ手前にマーケットらしき露店が並んでいる様子が見え、その奥には温かな色合いをしたレンガの住居が並んでいる。
大きくはなくても頑丈そうだ。つい大きいだけでボロボロのうちの屋敷と比べてしまう。
そしてさらにその奥には、上級貴族たちの豪華絢爛な屋敷が並び、なだらかな坂となった大通りは王都の要である巨大な城の門へと続いていた。
王都は貿易や他国との交流も盛んだ。
遠くから街の様子を見ていても、一目で様々な人種が生活していることがわかるくらい、建物や服装にたくさんの文化が融合した痕跡が見て取れる。
「ブルーノ、子供たちがお前に手を振っているぞ」
『えっ……』
促されて路地を見下ろすと、豆粒のような子供たちが歓声をあげながらこちらに手を振っている。
「ドラゴンは子供たちに人気だからな」
私は人間ですと返したくなりはするけれど、無視するのも忍びない。
……ご挨拶くらいはしておこうかしら。
そう思って何気なく口を開くと、やたら迫力がある咆哮が大地を震わせた。
――今の、私!?
「お前はサービスがいい」
キースさんが笑みを含んだ声で言う。
眼下の男の子たちはきゃっきゃと歓声を上げている様子だった。
……まあ、喜んでくれたのなら。
乙女にあるまじき声を出してしまったことも良しとしましょう。
なんとなく恥ずかしいようなくすぐったいような気持ちを味わいながら、私はキースさんの誘導に従って王都の一番奥――いくつもの塔を持つ、堅牢な城を目指して空を飛んでいった。
城の隣には、ひときわ大きな建物が二つ建っている。
そのうちの東側にある建物は、大きな要塞のような武骨な造りをしていた。
私はキースさんに誘導され、その建物の前の大きく開けたグラウンドのような場所に降り立ち、羽を畳む。
連れてきた密漁業者たちは網に入れたままそっと地面に下ろした。
悲鳴一つあげずに妙に静かにしているのは、よほど怖い思いをさせてしまったからかもしれない
。
……まあでも、自業自得よね。悪い人たちなんだから。
ここに来るまで、延々と宙づりの刑に処した張本人としてほのかな罪悪感を覚えつつも、私はそう思っておくことにした。
罪悪感があるのも、こうして落ち着いていられるのも、すべてはこのドラゴンの身体があるおかげだ。
もし私が、かろうじてドレスを着ることを許されているような無力な没落貴族の令嬢として――つまり、本来の私としてここにいたとしたら、未だに襲われた時の恐怖から抜け出せずに震えていることだろう。
そう考えると、万能感にも似た陶酔が湧いてくる。
未だかつて無いほどに、私は力を手にしていた。
「ブルーノ、疲れただろう」
キースさんの声で、私はふと現実に引き戻される。
『大丈夫です。それよりも、ここって……』
周囲を見回すと、要塞のような建物の右側にぴったりと寄り添うように、平たい建物が建っている。
中から聞こえてくる鳴き声から推測する限り、どうやら竜舎のようだった。
入口付近には、世話係らしい少年に連れられた若い竜もいる。
私が辺りを観察している間に、キースさんは私から降りてほっと安心したように一息ついた。
「お、キース! 帰ったのか!」
ふいに宿舎の方から明るい男性の声が聞こえてくる。
そちらを向くと、短髪の青年が軽く手を挙げながらこちらに歩いてくるところだった。
太陽を照り返すようなオレンジの髪に、人懐っこい笑顔がよく似合っている。
キースさんと同じような軍服を着ているけれど、ドラゴンをかたどった銀の襟章はついていない。
騎竜隊の一員ではないけれど、しっかりした体格と腰に差した剣から推測する限り、騎士の一人ではあるようだった。
「アレン。これから稽古か?」
「そ。後輩の面倒見てやってくれって頼まれてさ。それよりも――」
アレンと呼ばれたその人は、私の足元へと視線を落とした。
「無事に相棒になるドラゴンを見つけたみたいだが……なんだよ、その連中は」
網に詰め込まれたまま地面に転がされている密漁業者たちを見ながら、呆れたように言う。
「道中で捕まえた罪人どもだ。後で牢に連れていく」
「ただ相棒を探しに行くだけでも一苦労するだろうに、手土産まで持ってくるとは。つくづくお前は目立つ奴だな」
アレンさんの口調に、からかうような色が混じる。
「目立つ奴? ……なんだ、その言いようは」
「騎士団の中でも精鋭が所属する騎竜隊に、前騎士団長からの指示で異例の抜擢を受けた――。先輩たちからの羨望はそりゃ相当なもんだろ。お前が次期騎士団長だって噂もあるしな」
「まさか。俺の出自からしてありえない」
「そういう騎士団の悪しき風習をどうにかしようって魂胆だろ、あの人の。生きてりゃきっと周囲を納得させつつ改革を進めてくれたってのに、こんな時に死んじまうなんて、あの人も間が悪いよな」
「あの人のことを悪く言うのは辞めろ」
キースさんの冷たい声音に、一瞬背筋がぞくりとする。
「……怒るなって。あの人のことは俺も尊敬してたよ」
「俺にとっては恩人だ。それに、階級が意味をなさないこの場所で、くだらない争いに乗ってやるつもりはない」
「それ絶対他の奴らに言うなよ。貴族たちの妬み嫉みは怖いぞぉ」
アレンさんはおどけた口調で言うと、私の方へと視線を向けた。
「なあ、新入りのドラゴン。お前もそう思うだろ? あ、そういや名前はもう決めたのか?」
「ブルーノだ」
『クラウディアと申します。こんにちは』
通じないとは分かっていても、私は一応挨拶をしてみた。
「ははっ、元気のいい鳴き声だな。お前のドラゴン、もしかして腹減ってんじゃねえか?」
「いや……今のは多分、挨拶だろ」
キースさんの答えに、私とアレンさん両方が目を見開く。
「そういえばお前、動物好きだよな。ドラゴンとの意思疎通もできるとは」
「うるさい」
キースさんはそっぽを向くと、私を竜舎の方へと軽く引っ張った。
「ブルーノ、お前はあちらだ。仲間もいるぞ。存分に疲れを癒やせ」
竜舎の入口にいた少年がこちらに気づき、駆け寄ってくる。
「こいつの世話を頼む」
「承知しました!」
元気よく答えた少年に手綱を引かれ、私は竜舎の中へと案内された。
◆
竜舎の中は一匹ごとに仕切られ、たっぷりとしたスペースが用意されていた。
群れをなして生きるかしこい生き物だと理解されているからこそだろう。
少年は私を空いているスペースに案内し、にこっと微笑むと去って行ってしまった。
『おっ、新入りか?』
『へえ、目が青で鱗が黒なんて、珍しい色ね』
向かいのスペースのドラゴンたちが、好奇心を隠そうともせず私に話しかける。
『よ、よろしくお願いします』
私は気後れしつつそう挨拶をした。
ドラゴンと会話をするのは、自分がドラゴンになってしまった今もなお慣れない。
『お前あれだろ。キースとかいう男のドラゴンだろ?』
『あの子剣術は強いくせに怖がりよねー! 人間には隠してるみたいだけど、あたしたちにはバレバレよ!
練習試合の時にあたしの背中に乗せてあげたことがあるけど、背に乗る前から震えてたわ』
うーん。なにかしらこの気持ちは。
キースさんとはまだ出会って間もないけれど、まるで身内を馬鹿にされているような感覚を覚える。
『ドラゴンは背丈がありますし、飛ぶときの高度はかなりのものです。キースさんが怖がっても仕方ないのではないでしょうか』
『なんだよ新入り、まるで自分はドラゴンじゃないみたいな口ぶりじゃねえか』
片目に傷を負った迫力のあるドラゴンが、面白がるような声でそう返す。
『それは……実は、私も人間なので』
どうせ言っても信じてもらえないだろうと思いつつ口にしてみると、ドラゴンたちが一斉にぽかんとした。
静寂があたりを支配する。
『お前……本気で言ってるのか?』
恐る恐る聞かれて、私ははっとした。
もしかしてこれは信じてもらえる流れなのではないかしら――!?
どうせあの花を食べた以上、夜になれば人間の姿に戻ってしまう。
今のうちに理解を求めておいた方がいいかもしれないと、私は再び口を開く。
『本当に人間なんです! あのっ、私の事情を聞いていただけますか!?』
一瞬あたりがしんと静まり返り――次の瞬間、轟音のような笑い声が響いた。
『ぶっひゃひゃひゃひゃ! 新入りおもしれえな!』
『え?』
『センスあるわねえ新入り!』
『嫌いじゃないぞそういうの。来て早々かましてくれるじゃねーか』
やっぱり信じてもらえず、私はがっくりと肩を落とした。
――ドラゴンって、意外と笑いの沸点が低いのね。
夜になるまで、あと少し。
『すぐに本当だって証明できますから! 今に見ていてくださいね!』
やけになって放った私の一言に、竜舎は大いに盛り上がったのだった。
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