第6話 毒

 私――オーカ・リン・フラーは日本の遺物解析を行っている。

 異文明の遺物解析をする者――、Anolystアナリストだ。


「ねぇオーカ、旧日本で変わった食べ物はあったりするの?」

 友人ジェーン・リン・ケイシーが自分のデータベースを見ながら、そんな質問をしてきた。

「そうねぇ」

 旧日本での食べ物はどれも変わったものばかりなので、何を紹介するか迷う。

「代表的なものは“寿司”ね」

「嗚呼、魚を生で食べるのよね」

 ジェーンも聞いた事がある料理のようだ。

「そうよ。“寿司”という料理があったけれど、未だに魚を生で食べる人は出ていないわ」

 解析により、一度冷凍して寄生虫を殺して危機を回避するらしいけど、そこまでして生で食べようとは思わない。

 もしかしたら誰か食べた事があるかもしれないが、食卓やマーケットに出回らないので察する。

「旧日本ではポピュラーな食べ物らしいけど、生で食べるなんて怖いわ」

 ジェーンは肩に手を置いて震える素振りを見せる。

「旧日本人は色々と生で食べる事が多いわ。まず、馬よ」

「馬!?」

「ええ。生で食べる“刺身”という言葉があるの。それで“馬刺し”という料理があるわ」

 データベースで馬刺しのページを見せる。

 英語で“馬を食べる”という言葉、Eat a horseは丸々一頭食べられるほど空腹であるという意味だけど、馬を食べる人はあまりいない。

 そもそも様々な用途で使用出来るのに、食用という贅沢な事は出来ないしタブー食に近いのでやらない。

「何で生で食べるのよ。せめて焼きなさいよ」

 ジェーンがデータベースを見て吐きそうなジェスチャーをする。


「まだあるわよ。牡蛎……は良いとして、鶏肉よ」

「牡蛎は良いわ。旧アメリカでも食べていたらしいし、けど鶏肉は駄目よ!」

 鶏肉は生で食べると病気になると聞いた事がある。

 最悪死に至るらしい。

「流石にクレイジーすぎるわよ。まだ旧ロシアンルーレットでもやってた方が落ち着くわ」

 手で銃をつくり、人差し指を頭につけた。

「旧ロシアの弾が出るかの運試しよね」

 それも恐ろしいとは思うが、旧日本で普通に鶏肉を生で食べていたと思うとそっちの確立の方が高そうだ。


「生物じゃなく、変な食べ物ならまだあるわよ」

 旧ロシアンルーレットの真似をしているジェーンに話を続ける。

「コンニャクとか」

「コンニャク?」

「そう。コンニャクはコンニャク芋という――タピオカみたいなものよ」

 タピオカはジェーンが解析したキャッサバを使った料理である。

「タピオカねぇ。キャッサバは毒抜きしなきゃ駄目でタピオカの作り方まで解析が終わったけど、まだそこまで全容がわかってないわよ」

「モチモチ、プルプルしたものだと判明したわ」

 旧日本でも流行っていたらしく、タピオカの画像が発見された。

 タピオカの画像をジェーンに見せる。

「流石は旧日本ね。画像があるなんて、解析が進むわ。それで、コンニャクもこんな感じなの?」

「ええ。形が四角いのだけど、プルプルしてるらしいわ」

 ジェーンは「へぇ」と感心を示したところで疑問が浮かんだようだ。

「何でコンニャクが変な食べ物なのよ。タピオカもあるわけだし、ゼリーみたいなものでしょ?」

「それが、キャッサバ以上にコンニャクの原料である芋に毒があるのよ」

 ジェーンの顔が一気に引き攣った。

「どれくらいよ」

 何故かジェーンが小声で訊く。

「手で触ったらヤバいレベル」

「馬ッ鹿じゃないのッ!?」

 ジェーンは憤慨した。

「何で手で触るとヤバいものを口に入れようと思うのよッ!」

 私もその考えに同意する。

 どう考えてもクレイジーだ。

 普通は毒があると判断したら食べない。

 毒と判断して食べようとするのは困窮して血迷った者か、医療が充実しているかだ。

 食べた毒で死ぬ可能性がある以上、普通の人間ならやらない。

「キャッサバのように毒抜きはするらしいわ。あと、固めるのに灰を混ぜていたらしいわ」

「頭がおかしいわ。そんな……石鹸じゃないのよ。食べ物よ」

 ジェーンは頭を抱えている。

 私も解析中に“本当かどうか”何度も確認した。

 ノイズだと思ったが、事実だとして啞然とした。

「そもそも、よくこれを解析したわね」

 ジェーンは「普通ならしないわよ」と付け足した。

「コンニャクはダイエットに良いらしいわ」

 真剣な眼差しでジェーンを見た。

「“ダイエット”という文字を見て、追っていったらコンニャクの事を解析していたわ」

「それで……コンニャクの復元は?」

 ジェーンの眼も鋭く光る。

「コンニャク芋がまだ発見されていないわ」

 二人して「はぁ」と溜息が漏れる。

 発見されても毒物としてでしょうね。

 素手で触る事が危険なので探索者にもお願いしづらい。

 こちらもまだ解析途中であり、あまり無茶はさせられない。

「まだまだ先になりそうね」

 私とジェーンは手をひらひらと振るしか出来なかった。


「毒といえば――」

 私はふと思い出した事があった。

「忍者が少量の毒を摂取して、耐性をつくるらしいわ」

「忍者ってあの?」

 旧コンゴ共和国を解析していたジェーンは忍者を知っている。

 コレラ派の“ニンジャ”といった私兵を抱えて対立をしていたという文献があったからだ。

「ジャパニーズスパイの忍者ね」

「って事は、日常的に毒を摂取していた旧日本人は皆忍者って事?」

 そう来るとは思わなかった。

 けれど、そうなると旧日本は恐ろしい国だ。

「国民全員が忍者って恐ろしいスパイ国家じゃない」

 そうじゃない事を祈るが、浪漫のようなワクワク感も沸き上がった。

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