第2話 藁と草

 私――オーカ・リン・フラーは日本の遺物解析を行っている。

 異文明の遺物解析をする者――、Anolystアナリストだ。


「はぁぁ~」

 データベースにある資料を見ながら溜息が出る。

 どうにも進捗状況が悪い。

「どうしたのよオーカ」

 溜息から心配してくるのは友人ジェーン・リン・ケイシーである。

「いや、旧日本人って基本的に意味がわからないのよ」

 民族のベースとなる性格などは多少傾向がある。

 しかしながら基本が無茶苦茶なのだ。

 文字を3種類使っている事から無茶苦茶なのだが、生態としても未だに不明な部分が多い。

「それは前から――最初からわかっていたでしょう」

 その“最初から”というのは、Anolystアナリストになる前からという事だろう。

 実際、「旧日本人は、わけがわからないよ」という報告は受けていた。

 しかし、対峙してみると想像以上にわからない。

 わからない事がわかってしまった。

「そうだけど……今回のはどうしたものよ。と言いたいわ」


 ジェーンにデータベースにある記録履歴を見せる。

「何?“草生えた”……って?」

 データベースの文字をジェーンは読んだ。

 勿論この言葉は日本語から英文に訳してある。

「旧日本人のインターネット記録よ。最近旧西暦の2000年代初期のものが復帰作業サルベージしたの」

 文明が滅び、世界各国の遺物解析を行っているが、遺物の中で美品と呼ばれるものは無いに等しい。

 当時の写真や映像などあれば奇跡とも言える。

 しかしそんな中、旧日本では状態の良いものが残っていたりする。

 そこで今解析しているのが、2000年代初期のインターネット記録だ。

「草生えたって言うなら、普通に何かの植物が生えたんじゃないの?」

「そうなのよ。それが一人の旧日本人が言っていれば良いわ。けど、多くの旧日本人が言っているのよ「草生えた」って」

 どんだけ旧日本人は草が好きなのよ。

 しかも、好きなら総称である「草」なんて言わずに何の草か言いなさいよ。

 何の草が生えたのか気になるわよ。

「旧日本人は草が好きだったんじゃないかな」

「確かに旧日本人はあまり肉を食べない民族だって聞いたわね」

 旧アメリカ人は肉をいっぱい食べていたけど、旧日本人は野菜しか食べていないとかどこかで聞いたわ。

 いや、旧アメリカ人は肉をいっぱい食べていたとか羨ましいのだけど。

 文明が滅びる前はそんなに贅沢が出来ていたって事よね。

 滅びろ!――いや、滅びてるのだけど。


「あっ!」

 私はデータベースを見て声を上げた。

「文章の後ろに“藁”って付いている事もあるわね」

 草は藁の事だったのか。

「けど、年代からして逆じゃない?」

 ジェーンは私のデータベースを見て日付を指摘した。

「草から藁ならわかるけど、藁から草に変わるのって変よね」

 確かに。草が藁と分かったなら藁を使うべきよね。

 何で藁から草へと変わったのかしら。

「途中も“萌え”とかあるわね。やはり何か芽生えたって事よね」

 草生えたと同じ事よね。

 英文にし、翻訳して確認する。

「藁だと思っていた植物が藁じゃなかったのかも……」

 そうじゃなきゃ意味がわからない。

 好きだと思っていた植物が藁じゃなかった。

「それはショックかもね」

 ジェーンは天井を見上げた。

 自分が好きでいたものがそうじゃなかったショック。

「失恋みたいね」

 部屋の空気がしんみりと湿っぽくなった気がした。


「あっ!」

「またどうしたのよ」

 データベースを見ていたら気になるものを発見した。

「見てよ!“草に草を重ねるな”ですって!これって農業指導じゃない?」

 一度文明が滅びてしまったから正しい農業の方法などわからない。

 そんな中、私が農業指導を発見してしまった。

「草に草を重ねるなって事は、湿気対策だろうかね」

 ジェーンはカップに口をつけながら考えている。

「収穫したら湿気に弱い植物だったのかもしれないわね」

 旧日本は亜熱帯と呼ばれる湿気の多い地域だ。

 湿気対策として草は重ねないようにしたのかもしれない。


 何の草なのか気になってインターネット記録をさかのぼってみる。

「え!?嘘でしょう??」

 私は驚愕して持っていたカップを落としそうになった。

「何?」

 ジェーンは私の表情を見てデータベースを覗きこんだ。

「“草に草を重ねるな”の前の文に何があったか調べたのよ。そしたら“これは草www”って――」

「それは、まぁわかるわよ。それで収穫したって事よね」

 私は首を横に振った。

「珍しく当時の画像が残っていたから見たのよ。そしたら――面白い猫しか映っていなかったの!!」

 何でよ。“これは草www”って可笑しいじゃない。

 全くもって「草」じゃないわよ。

「怖いわ。旧日本人。猫は草じゃないわよ……」

 ジェーンと私は顔を見合わせる。

 理解が出来ない恐怖。

 私は旧日本人が少し怖くなった。

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