清須の戦い

 清須衆は川を前に布陣した。弓衆が前に出ており、渡河しているところを狙い撃たれれば損害は大きくなろう。

 川そのものは浅瀬を選んで渡ればよい。しかし、そこに人馬が集中すれば、矢による被害は大きくなる。


「弾正忠! この謀反者が! 武衛様の命に従いおのしを討つでや!」

「謀反者はどっちでや! おのしが父上には世話になったがのん。私を滅して主君のためにあい働くが武士の務めでや」

「今降参すれば命だけは助けてやらあず」

「ふん、そのようなボロボロな陣立てでようも武士を名乗れるものであらあず」

「何を小癪な。ものども、あの謀反者の首取って儂が元にもってまいれ!」

「できるものならばやってみせるがよからあず。がはははははははははっ!」


 殿が陣頭に立つと、大和守が出てきて悔し気に顔をゆがませる。殿の怪我自体が虚報で、誘い出されたことを悟ったのであろう。

 さらに、いくさが不得意なことを恥じ、いくさ上手な武者を妬んでいるという噂はまことであったか。

 あのような安っぽい挑発に乗せられ、こちらに向かって川を渡ろうとさせている。


 敵は坂井大膳の弟である甚助が先陣に立っている。

 清須衆随一の武辺者が先陣に立つことで、覚悟のほどを示したか。


「柴田衆、出るでや!」

「「おう!」」

 

 真っ先に飛び出したのは孫四郎であった。解き放たれた猟犬がごとく勢いで敵の戦闘の武者と渡り合い、二突きで槍の穂先は敵の首をえぐる。

「首を取るほどでもないわ! 出会え、出会えい! 柴田権六が荒小姓、前田孫四郎とは儂が事でや!」

 

 並みの武者では振るうこともできぬような大身の槍を振り回して敵の先鋒の勢いをくじく。

 半介が率いる地侍たちも、ここが手柄の立てどころとばかりに奮戦する。清須衆は坂井勢のみ勢いがあるが、ほかは無能な主に見切りをつけようとでも考えているのか、勢いは鈍い。


「我こそはぐがふっ!」

 名乗りを上げようとした武者を藤八が串刺しにする。

「隙だらけでや」

 藤八もすでに武芸を修め、いっぱしの武辺者として戦場に立っていた。こやつが討ち取ったのは清須衆の物頭で、率いていた足軽たちが怖気づく。

 一人が逃げ始めれば我も我もと続くもので、あと一押しで清須衆の先鋒を打ち砕くことができる。

 敵将もそう思ったか、ひときわ見事な甲冑をまとった武者が儂の前に立ちはだかった。


「名のある武者と見たり。儂は柴田権六でや」

「坂井甚助なり。すまんが儂の手柄になってもらうでや!」

 大口をたたくだけあり、構えに隙がない。覚悟のきまった良き槍先であった。

「ちぃっ!」

 舌打ちのような呼気を放つと、雷光のごとき速さで槍先が突きだされる。

 下段に構えた槍を跳ね上げ、柄を下から叩いて穂先を跳ね上げる。

 力を入れ過ぎたか、槍は真上を向く勢いで弾かれる。跳ね上げた穂先を回し、横薙ぎに振るうが、槍の柄で受けられ逸れた穂先が兜を叩いた。


「ぐぬうう!」

 兜を弾き飛ばされ、脳を揺らされたためかおぼつかない足取りでも刀を抜き放ち、こちらに間合いを詰めてくる。

 槍を振るうには近すぎると感じたため、こちらも槍を手放し刀を抜く。

 甲冑の肩の継ぎ目を狙って放たれた刺突を袖で受け、そのまま振るった唐竹割は甚助の左肩を大きく切り下ろした。


 声を上げる暇もなく倒れ伏す甚助を瞑目して見送る。


「敵将、坂井甚助、柴田権六が討ち取ったでや!」

 この一言が戦場の趨勢を決めた。かろうじて持ちこたえていた士気が完全に崩壊し、清須衆は我先にと逃げ始める。

 そんななか、川のほとりに陣を張り、足止めをしようとするひと備えがあった。


「我は川尻与一でや! 我が首獲れるものならとってみよ!」

 覚悟の決まった与一とその郎党は死兵となって荒れ狂う。槍に胴を貫かれながら、槍の持ち主を刺して相討ちになる武者。

 乱刃を浴びつつも、槍を振り回し、力尽きるまで荒れ狂う。いくさそのものの勝敗は決しているだけに、相討ち狙いの敵兵には近寄れぬ。


 川の横合いから兵が現れる。

 五つ木瓜と永楽銭の旗を掲げている。


「若の兵でや!」

 

 横合いから現れた兵は突撃するでもなく、スッと横に兵が展開する。

「撃てーーーーーい!」

 若が采を振るうと、鉄砲衆が一斉に引き金を引き、坂尻与一の手勢は叩きつけられるように倒れ伏す。

「続け!」

 若の馬廻り衆が槍先をそろえて切り込み、ついに与一は討ち取られた。


「追い打ちでや!」

 殿の下知に従い、古渡衆を中心に追撃が始まる。背を向けて逃げる兵はもろく、討ち死にする兵のほとんどは崩れた後の追い首だ。

 無論ところどころで覚悟を決め、振り返って迎え撃つ猛者もいるが、ごくわずかである。

 清須までのわずかな間に、清須衆の歴々の侍五十騎が討ち死にした。


 清須の城を取り巻く。といっても尾張一の城である故に、こちらの兵だけでは包囲もおぼつかぬ。

 大手門には若の備えが鉄砲衆の筒先をそろえてにらみを利かせ、搦手門は半介の備えが回る。

 東門は儂が旗本衆の一部を借り受けて陣を敷いた。


「西門はなぜに兵を置かぬのであろうか?」

 久六が先陣の備えの見回りから戻ってきた。槍足軽を前に立て、槍衾を連ねてある。

「殿のことにあらあず、なにがしかの策はめぐらしておるであろうず」

「であるな」

「して。その策とはなんでや?」

「うむ。孫三郎様のことであろうがのん」

「いかさま、左様でや」

 ポンと手を打つと、城より騒ぎが起きた。

「西門の方でや。孫四郎、物見に行ってまいれ!」

「かしこまったでや!」

 槍を手に馬にまたがって走り出す。こちらが何か言う前に藤八もならんで走りだした。


「良き若者でや」

「うむ、先々が楽しみにてあらあず」


 騒ぎの正体はやはり孫三郎様であった。なんと武衛様とその郎党を伴い、西門より脱出したそうだ。

 

「ううむ。城の中から呼応してもらえばよかったのではなかろうかのん?」

「久六よ、それは短慮と言うものでや。武衛様を奉じておるが大和守の錦の御旗だで」

「なるほど! 大義名分がこちらに移ったということか!」

「うむ。それに、今清須の城を攻めるならば、多くの手負い討ち死にを出すことになろうがのん。しかし、あ奴らはこれより先細りでや。多くの侍が討たれたでなん」

「なるほど、左様でや。今だ硬い柿であるが、いずれ熟柿となって落ちると言うものにあらあず」


 清須衆は大手門から打って出ようとしたが、若の鉄砲衆に討ちすくめられ、手負いを多く出してそのまま門を閉じた。

 そのまま囲みを解いて、武衛様は那古野の城に入り、御座所としてとどまられることとなった。

 改めて殿は守護代に任命され、織田大和守信友は、守護代の任を解かれる。尾張では大きく情勢が動きつつあった。


 数日後、論功行賞で手柄を立てた将士に褒美が下された。


「さて、坂井甚助を討ち取った手柄は抜群なり。武衛様より感状が出ておる。また一千貫を加増する」

「権六よ。その方が高名は珍しからずと言えども、此度の功はまことに見事なり」

「ははっ!」

「して、弾正忠の妹と婚儀が決まったそうじゃな?」

「う、はっ、いや、その」

「くくっ、はじめてその方が年相応に見えたぞ?」

「で、ございますな。分別臭く堅物ゆえ」

 武衛様と殿が顔を突き合わせて笑う。このお二方はいつの間にこれほどまでに昵懇になられたのか?

「なれば、儂から出せる褒美はこれじゃな。弾正忠よ、そちの妹御を儂の養女としようではないか。さすれば権六は儂の義理の息子となる。その縁をもって猶子とするはどうか?」

「なるほど!」

 え? このお二方はいったい何を言い出しているのだろうか? 儂が武衛様の猶子になると? 

 御大層な家系を名乗ってはおるが、もとは唯の庄屋であったはずじゃ。それがなんでこうなったのか? その問いに答えるものは誰もいなかった。

 隣に控えていた久六がすごくいい笑顔で儂の肩をポンと叩いてきたので、とりあえず後程張り倒すと心に決め、殿と武衛様の相談が終わるのを震えつつ待つのであった。

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