彼の名は
工業都市廃墟入口付近、廃道の一角で無機質な風景に似つかわしくない身なりの二人組の青年が歩いている。
「うーん、こっちのほうに走っていったと思ったんだけど」
黒髪の青年アルドは周囲を見回しながら呟いた。
そんなアルドに対してか
「もう家に帰ってふて寝でもしてるんじゃないか?」
と、魔獣の男ギルドナはぶっきらぼうに言い放った。
決して悪意や悪気があるわけでも冗談めかして言っているわけでもなさそうだ。その言葉に、さっき感じた優しさは気のせいだったんじゃないかと思いながらも
「もう少し奥のほうまで行ってみよう」
と歩を進めるアルド。
建物の中に入り辺りを見回し耳を澄ますした時、そう遠くないところから男の悲鳴が聞こえてきた。
「う、うわああああ!」
その声を聞いたアルドとギルドナは急いで声の方向へと走っていく。
建造物のちょうど中腹に差し掛かろうとしたその時、全力疾走でこちらに向かってくる青年とそれを追う合成人間と鉢合わせた。
「おい、大丈夫か!」
アルドはその青年の顔を確認し、自分たちが探していた人物であると安堵した。そしてそんなアルドたちの姿を見て同じく安堵の表情を浮かべる青年。
「ああ、君たちか!もしかして助けに来てくれたのか!つくづく映画のヒーローみたいだな!」
少し緊張感がほぐれたのか、素っ頓狂なことを抜かす青年に
「そんなこと言ってる場合か!下がってろ!」
と、アルドは青年に自分たちの後ろに下がるよう指示した。
「行くぞ!ギルドナ!」
二人は大剣を構え今しがた青年を追っていたそれと対峙する。
「ニンゲン…殺ス…」
相手は端的に要件を伝えると、アルドたちに襲い掛かってきた。
手に持っていた大きな斧を振りかざす合成人間。大振りなその技をうまく避け、アルドは相手の懐に入る。
両手で剣の柄をしっかり握り合成人間の堅いボディを斬り上げた。少しうめき声を上げ仰け反ったところにギルドナが追撃を仕掛ける。
身の丈ほどの大剣を片手で軽々と振り上げると一閃、止めの一撃を振り下ろした。
核が崩壊したように崩れ、動かなくなる合成人間。
自身はもしかしたら人間にさほど恨みはなかったかもしれない。
人間を見つけたら、殺す。そういう風に作られたもので、人間に対する己の内から湧いてきたかのような憎しみも本当は己のものではないかもしれない。
と、彼の人工物の目の奥から光が消えた。
合成人間の完全な停止を確認し安堵したのもつかの間、戦いの騒ぎを聞きつけた周辺の合成人間やドローンたちが次々にアルドたちに向かってくる。
ここは敵のホームグラウンドである。迎え撃ったところでいたちごっこだろう。そう思ったギルドナは二人に向かってこう伝える。
「これじゃあ埒が明かないな。アルド、戦いながら入り口まで走るぞ!」
ギルドナの言葉を皮切りに、三人はアルドを先頭に青年を挟む形で建物の入り口に向かって走り出した。
示し合わせたかのように息がぴったりな二人を見た青年は、鬼気迫る状況の中にもかかわらず(すごい、すごいぞ…映画のワンシーンみたいだ!)などと緊張感のないことを考えていた。
青年の中では、今は恐怖よりも感動の方が勝っていた。自分じゃ到底敵わないような合成人間やドローンと対等、いやそれ以上の力で圧していく二人を見て、まるで自分も映画の登場人物になったようなリアリティを感じていた。
しかし、それよりも青年には一つ気になることがあった。
僕の後ろを走る魔獣の恰好をした彼、彼は…
「ふう、ここまでくれば大丈夫だろ」
廃道ルート99、エルジオンまでもう一息というところで足を止める三人。
「あの感じだと大丈夫だと思うけど、ケガはないか?」
心配してるようなしてないようなアルドの問いかけに、青年はしっかりとした口調で答える。
「ああ、大丈夫だ。」
そしてギルドナの方を向き直ると彼にこう問いかけた。
「それより君、ギルドナって…」
そういえば青年はギルドナの名前を聞いていなかった。
いやもし知っていたら感動のあまりきっと気を失っていた可能性さえある。
なぜなら彼は、史実の本に登場する魔獣王と同じ名前なのだから。
アルドもそういえば、と思い
「ああ、ギルドナはまだ自己紹介してなかったんだな」
と一人納得し、また妙にそわそわしだした青年を見た。彼の顔はまるで憧れのスター俳優を見つめる少年のようだった。
興奮冷めやらない中また新しい興奮が込み上げてくる。青年は高揚感を抑えるように、震えた声で話す。
「資料で読んだ『魔獣王』と同じ名前だ…!それはハンドルネームではなく、本名なのか…?」
ハンドルネーム、本名を使わない場合に名乗るインターネット上の仮名である。もちろんインターネットなど存在しない中世から来たギルドナはそんな単語は知らないのだが。
またわけのわからん言葉を、と思いつつもギルドナは青年の質問に対し答える。
「何を言ってるのか知らんが、俺の名はギルドナだ」
本人の口からその名を聞いた時、思わず感動からか涙が溢れてきた。
本物じゃない、本物なわけがない、頭でそうわかっているのに涙が溢れて止まらない。
突然涙を流し始めた青年に驚くアルドとギルドナ。
大丈夫か、アルドがそう声を掛けようとしたとき青年は再び震える声でギルドナに語り掛ける。
「ああ、やはり神様が僕と君を出会わせてくれたんだ…でも君は僕の作る作品には出てくれないんだろうね…」
そしてやや独白ともとれる口調で続ける。
「…実を言うと、このシナリオをいろんな人に見せたんだけど、悉く酷評でね…皆、口をそろえて『万人に受ける作品を書け』ってね」
そう、先ほどギルドナに言われた言葉を青年は耳にタコができる程に聞いていた。
言われ慣れていたはずのその言葉が深く刺さったのは、青年がギルドナに期待をしていたからに他ならない。
失意の表情でうつむく青年に対し、静かにギルドナは答える。
「…あのな、お前、最後まで話を聞いていなかったからもう一回言うぞ。本当に映画監督になりたいのならもっと多くの人間に受けるような作品を作れ。」
青年が再三聞かされた言葉を改めて突き付けるギルドナ。彼には彼の思いがあるのだろうと言いかけた言葉を飲み込むアルド。
無言を貫く青年に対し、先ほどより幾分か穏やかな口調でギルドナは続けた。
「そして、有名になれ。名が通れば、それがどんな作品であろうと受け入れる奴が出てくる。お前が目指しているのは映画とやらを作ることではなく、多くの人間に観てもらうことなんじゃないのか?」
ギルドナの言葉に青年は目を見開いた。そうだ、伝えたいことは、自分が作ろうとしたものは、誰も観てくれなければ意味がない。
多くの人に否定されたものを世に出したところで結果は目に見えてわかっていた。それでもこのテーマに拘り続けたのは、今や見返してやるという意地だけだったかもしれない。
一呼吸置いた後、心地良い沈黙を名残惜しむように青年が口を開く。
「…ああ、どうやら僕は意固地になっていたようだ。目が覚めたよ。」
そして、真っ直ぐな目でギルドナを見る。
「やはり君は僕の理想の魔獣王だ。厳しいけれど強く、優しい。」
そして小さく、もしかしたら本当に…そう言いかけて「いや、何でもないよ」と微笑んだ。
廃道を抜けエルジオンに戻ってきた三人。
「ありがとう、君たちには何から何まで助けてもらったよ。」
そうお礼を伝える青年は、出会った頃より凛とした顔つきになっている気がした。
「じゃあ俺たちはこの辺で」
アルドが青年に別れを告げたとき「あ、最後に一つ」と青年がギルドナを呼び止めた。
「どうした?」
感謝ならされてもされ足りないぞ?そんな顔をしたギルドナに対し、少し照れながら
「…いや、もし僕が有名になれたなら、また、君をスカウトしても良いだろうか…」
と問いかけた。
青年の申し出に暫く考えた後、らしい不敵な笑みを浮かべて
「…フン、考えてやらんこともない」
と言った。
その言葉に青年は満面の笑みで再度「ありがとう」と言った。
アルドたちの去る背中を見届けながら、彼は自身のデビュー作となる作品のシナリオを考えていた。ちなみにもう題材は決まっている。
ひょんなことから別の時代にタイムスリップしてしまった青年二人組の、時空を超えた冒険活劇である。元の時代に帰るために彼らは見知らぬ土地で様々なトラブルや困難と立ち向かっていく…そんなストーリーだ。
「よーし!書くぞー!」
青年はそう言って自身を奮い立たせると、足取り軽やかに帰路へとつくのであった。
一方青年と別れ、仲間のもとへ帰る道中のアルドとギルドナ。青年の考えたシナリオを思い返しながらふとアルドは思い出した。
「なあ、そういえばギルドナがストーリーの最後を手直ししたんだよな。一体どんな最後にしたんだ?」
手直しの場にいなかったアルドは、最後がどのように修正されたのか知らない。
「頼まれたって命は助けてやらん」とか「人間ごときの放った小雨程度の矢の雨で俺は死なん」とかいろいろ言いそうなことはあるけれど、どこが気に入らなかったんだろうか。
その問いかけにギルドナはアルドを一瞥、また不敵な笑みを浮かべると
「…フ、秘密だ」
ともったいぶった返しをした。
「ええ!なんでだよ!教えてくれよ!」
ずるいぞ、そんな返しをされたら余計気になるだろ。でもギルドナのことだからどんなに聞いてもきっと教えてくれないだろう。
と思いつつ
「なあ、頼む!ちょっとだけでいいからさ!」
と一応ダメ押しに聞いたアルドだが、その質問も
「そんなに知りたければ有名になったあいつにでも聞くんだな」
と返され暖簾に腕押しとなったのであった。
引き返して聞きに行こうかとも思ったアルドだが、彼の青年が有名になることを信じエルジオンを後にする。
「ちぇっ 絶対有名になれよー!…あ!名前聞くの忘れた!」
そんなアルドの叫びはエルジオンの空に虚しく響き渡った。
優しさのかたち @hkmi
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