失望

「いやー!ありがとう、君のテコ入れのおかげで最高の作品になったよ!あとはこの魔獣役にぴったりな役者がいればなー!」

エルジオンの一角で「チラッチラッ」と音が聞こえてきそうな程わざとらしく、一人の魔獣の男を少年のような瞳で見つめる青年。

一見和やかに見える雰囲気であるが、実はこのやりとりはすでに3週目を迎えたところである。

「俺はやらんと言っている。しつこいぞ、他を当たれ」


この「はい」を選択しないと次に進めないタイプのやり取りに頑なに「いいえ」を選び続ける魔獣の男に対し、少年のような青年も負けじと抗戦する。

「こんなに親身になってストーリーを考えてくれただろ?もう僕の中では君しかいないんだ!頼む!」

両者一歩たりとも譲らない。ついにそのやり取りも4週目に入ろうとしたとき、このループを打開するように黒髪の青年が割って入った。

「おーい、二人ともー もう原稿の手直しは終わったのか?」

空気が読めているのかいないのか、先の二人のループに終止符を打つことには成功したようだ。


「戻ったかアルド君!君からもどうか彼に僕の映画に出演してくれるように言ってくれないか?」

「おい、アルド、こいつをどうにかしろ。しつこくてたまったもんじゃない」

状況が把握できないままギルドナと青年に板挟み状態になり、困惑するアルドに対し青年が続ける。

「彼はまさに僕の理想の魔獣なんだ!彼と話していると本物の歴史の魔獣王と話しているような、そんな気分になる。実際に話したことはないけど…いやきっと、魔獣王ならきっと彼と同じことを考えるに違いない。そう思うんだ」

(ホンモノの魔獣だしホンモノの魔獣王なんだけど…)アルドはそう思ったが、ややこしくなるので思うだけに留めた。

とはいえ歴史の資料に刻まれているであろう魔獣王は人間からすると災厄であるはずなのだが、この青年の目にギルドナはどう映ったのだろうか。

様々な思考を巡らせながらアルドはふとシナリオを見せた時と違い乗り気でないギルドナに疑問を投げかける。

「ところでなんでそんな頑なに出演したがらないんだ?シナリオに問題があるような感じではないけど…」


そう、ギルドナはシナリオが気に入らないわけではないようなのだ。

この青年の感じを見るとシナリオの改修にも好意的だったように見える。では何が彼を頑なにさせるのか。

そんな質問に対し、ギルドナは青年のほうを向き問う。

「そもそもお前、この作品が本当に世に出ると思っているのか?」

青年は不意を突かれたような顔で「え…?」と声を漏らす。

アルドも驚いたようにギルドナを見る。

そんな青年とアルドを見てギルドナは続ける。

「魔獣とは忌むべき人間の敵だ。史実の本とやらに書かれていたことが例え真実と異なろうと、それが人間が決めた事実だ。…もちろん、お前の考えている通り魔獣にとっても人間は忌むべき敵だ。だかどちらが正しくどちらが間違っていようと、自分たちに都合のいい事実を信じ疑わない。…それが人間だ。」

どこか悟ったような、そして僅かにだが憎悪ともとれる口調でギルドナは青年にそう告げた。

緊張と沈黙の中、ひとつため息をついて再びギルドナが口を開いた。

「本当に映画監督とやらになりたいのであれば、こんなものではなくもっと多くの人間に受ける作品を…」

その言葉を聞いた青年は突如血相を変えギルドナの言葉を遮った。

「…!なんで…なんでそういうことを言うんだ!あんたはそんなこと言わないって思ってたのに…!」

この人ならきっと、そんな思いが青年にはあったのかもしれない。しかし先のギルドナの言葉で青年の希望は打ち砕かれた。

失意と苦悶の表情でギルドナを見つめたのち、青年は二人を背に西の方へ走り去ってしまった。


「あっ!おい、待てって!…ギルドナもあんな言い方しなくたって」

アルドはギルドナに少し怒ったような態度で詰め寄る。それに対してギルドナは冷静な態度でこう答えた。

「…奴があんなにも傷ついたのはいったい誰のせいだ?」

ギルドナが何を言ってるのかわからない。そんなの冷たい言葉を投げかけたギルドナのせいじゃないか。アルドはそう思った。

いまいちピンと来ていないようなアルドの態度を見たギルドナはため息交じりにこう告げる。

「お前が最初に断っていれば、あいつはあんなに深く傷ついたのか?」

そう言われてアルドははっとした。

「お前が希望を持たせた分だけ、相手の失意も絶望も深くなるんだ。お前はそこまで考えているのか?」


魔獣王ギルドナが敗れた後の中世では穏健派の魔獣たちは人里離れた孤島で暮らし、魔獣軍として人間に戦いを挑んだ武闘派の残党には人間の住処の近くで未だに人間を襲っている者もいる。

傲慢な人間を打倒すべく魔獣王として君臨した自身に、きっと多くの魔獣は希望を持っただろう。しかしその希望は無残にも打ち砕かれ、過去の魔獣王は人間と共存する未来を歩み始めた。依然記憶はないが多くの仲間を失望させた、その責任は決してなきものにはならないだろう。


そして未来で見た魔獣族の末裔に対し深く絶望したのは、戦いに敗北した過去を棚に上げ、自身がどこか種族の未来に希望を持っていたからに他ならないだろう。

信じた未来のため奮起し死力を尽くし戦い敗れ、今は新しい未来を築くため人間とともに歩み始める。

そんな中で多くの葛藤を抱えた彼から出たその言葉は、とても重みがあるものだった。


しかしながら難しいことを考えるのが苦手なアルドがそこまで考えていたかどうかなど言うまでもない。

アルドはギルドナとは対照的な性格である。後先は考えず、とにかく今自分のできることをする。明朗快活という言葉に人の形を与えたらきっとこんな感じになるだろう。


「…仮にもし今、俺があの映画監督志望の男とやらに協力し作品ができたとしても奴が絶望することに変わりはない。いや、むしろ今以上に奴は傷付いていただろう。」

そう言い切るギルドナに対し、そんなのはやってみなければわからないだろ、という表情で押し黙るアルド。

だがその一方で、突き放したことが彼なりの優しさであることも理解した。


アルドは言わずもがな自身を顧みない超絶お人好しである。一方ギルドナは一見冷たく容赦はないが、決して相手を見捨てるようなことはしない。

相容れない性格をしているように見える二人は、この根っこの共通部分だけで絶妙なバランスを保っていると言っても過言ではない気すらする。


ギルドナの言葉に自身の軽率な行動を反省したアルドは、先ほどエイミに言われた言葉を思い出した。

「ああ、ちゃんと断り切れなかった俺も悪かったよ。実はさっきエイミに似たような忠告を受けてさ」

そう言って先ほどエイミに言われた「できないものはしっかり断るのよ」という言葉を反芻するアルド。

あの時はたまたまエイミが助けてくれたから何とかなったけど、エイミがいなかったらどうしてただろうか。

「…とにかく、あいつを探しに行こう。俺もちゃんと謝らないとな。」


青年が駆けて行った方向は西方向。合成人間の巣窟となっているかつての工業都市があった方向だ。

工業都市へ向かうにはルート99と呼ばれる通路を通って向かう必要がある。そこは工業都市とエルジオンを結んでいた道路で今は廃道となっている。というのも今はすでに廃墟となった工業都市方面にあえて向かう人間はいないため整備もされることなく、工業都市廃墟から出てきた合成人間や暴走したドローンが蠢く危険地帯となっている。

それこそハンターなどの腕利きの人間でなければ意図して立ち入るようなことなどない場所だ。

青年の身に何かある前に連れ戻さなければ、アルドはそんな気持ちを胸に青年の走り去った方向へと向かった。


アルドとギルドナが廃道に差し掛かったころ、工業都市廃墟中腹にて場違いな身なりの青年が肩を落とし歩いている。

薄暗い建物内はいつ何が出てきてもおかしくない雰囲気だ。

「はあ~、勢いでこんなところまで来ちゃったな…合成人間たちに見つかる前に早く戻らないと…」

そんなことを呟きながら先ほどがむしゃらに駆けてきたであろう道程を引き返す。

彼は映画監督を夢見る青年である。ハンターでもなく腕に覚えがあるわけでもない。

ではなぜこんなところにいるのか。ちなみにロケーションハンティングに来たわけでは決してない。


「こんなものではなくもっと多くの人間に受ける作品を」

先ほど魔獣の男に言われた言葉を思い出し、深いため息とともにまた肩を落とした。


彼はすでに絶滅したであろう魔獣に対し夢を抱いていた。

魔獣のことを知るために多くの歴史の本を読み漁り、様々な考察を重ねた。残されている史実には一貫して魔獣が徹底悪として描かれていたが、青年はある種人間の意図や無意識の洗脳じみたものを感じていた。

しかしそんな青年の気持ちや考えに共感してくれるものは今までいなかった。過去に魔獣のコスプレをした人間に会ってはいるのだが、話を聞くうちに魔獣に対するリスペクトはないと分かりがっかりした。魔獣の研究者を名乗る人物にも話を聞こうとしたが、魔獣とはもう関わらないと頑なに口を開くことはなかった。

そんな折、中世風の格好で街を歩くあの2人を見つけ声を掛けた。最初はもちろんダメ元だったのだが、二人組の一人の青年アルドが想像以上に自身の作品に興味を持ってくれた。

そしてあの魔獣の彼が自身の作品を認めてくれた。


青年の考えた物語のあらすじはこうだ。


『魔獣と人間は、かつて種族の隔てなく仲良く暮らしていた。しかしある時、人間の間でとある噂が流れ始めた。

「魔獣は人間より力が強い。今は温厚なふりをしているが、人間たちが油断した頃に自分たちを襲うつもりだ」

根も葉もない噂だが、共生する中で日頃から力の差を感じていた人間たちがそれを信じるのには十分すぎる事実だった。

ある日人間は魔獣たちの住む村を突然丸ごと焼き払い、魔獣たちにこう告げる。

「俺たちは騙されないぞ!早く本性を現せ!」

人間の急襲に戸惑う魔獣たち、しかし人間と戦うことはせず彼らはひっそりと人里離れた島へ移り住んだ。ところが人間たちの暴動は収まるどころか日を追うごとに大きくなり、それに業を煮やした魔獣たちはついに人間との全面戦争を決意する。

魔獣の中でも一際強大な力を持つ者、魔獣王。その魔獣王は強力な魔獣の軍を統率し、人々を迎え撃った。

長い戦いの末、魔獣たちに勝てないと悟った人間は魔獣王にこう提案する。

「俺たちが悪かった。望むとおりにするから、命だけは助けてくれ」

魔獣王はその言葉を聞き了承した。

「俺たちの居場所を返してほしい。望むものはそれだけだ」

そう人間に告げ自らの根城に帰っていく魔獣王の背中に一矢、放たれた矢は魔獣王の背に深く突き刺さる。人間の浅ましさに嘆き振り返るとまた一矢。ここまでが人間の計画だったと悟った魔獣王は降りやまぬ矢の雨の中、慟哭に似た雄叫びをあげその場に倒れ、そのまま息を引き取った。

指揮を失った魔獣軍は攻勢から一転、卑劣な人間の策略に落ちた我らが王を悼み降伏し、失意の中歴史から姿を消した。』


この青年が史実の本とやらに対しどの程度脚色しているのかは不明であるが、大衆向けの映像作品とするには少々後味が悪いかもしれない。

要テコ入れのクライマックスはさておき、完全にいい返事がもらえると思い込んでいた青年は魔獣の男の手のひら返しにひどく落ち込んだ。

そして先に思い出されたとどめの一言で頭に血が上り、こんな危険地帯まで駆けてきてしまったというわけである。


「それにしても薄気味悪い場所だなあ。もし映画だったらこういうタイミングでばったりモンスターと出くわしそうだよ。」

すっかり頭の冷えた青年は人の気配のない無機質な建造物の中を一人歩く。


そんな彼の後方から何かが近づいてくるような音が聞こえた。

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