善意

「こうして目的もなく散策するっていうのも久しぶりだなー」

空を泳ぐ雲と並ぶ程の高度に位置する空中の大陸の上、よく晴れた空のど真ん中でアルドは呟く。

アルドが初めて時空を超えて訪れたのは未来だ。意図したわけではないが、自分の冒険の始まりの地であるこの風景を感慨深げに眺めていた。

最初は偶然エイミと会って、リィカに会って…と考えながら歩いていると、とある店の前で困った様子の老人が視界に映った。


アルドは困っている人を放っておけない性格だ。先ほどの青年に対する態度を見てもわかる通り、自身の損得を抜きに困りごとを何とかしてやりたいと思う心根の優しい人間である。

そんな彼の性格から、明らかに困った様子の老人を見て見ぬふりはできない。

アルドは老人に歩み寄っていくと

「どうしたんだ、何か困ってるみたいだけど」

と声を掛けた。

声を掛けてきた青年のことを老人は一瞥すると「おや…あなたは…」と、少し知った風な様子を見せ

「いや~、少々大きな買い物をしたんじゃが、これがどうにも爺一人の手には負えなくてのお~」

そう言って自身の後ろにある大きな荷物を見せた。

誰が見ても爺一人の手に負えるものではない。いや大人の男でも厳しいと思うサイズの荷物に

「本当にこれを一人で行けると思ったのか!?」

と優しい青年も思わず声に出した。


「本当じゃよ~、頼む、お前さんなら若くて力もありそうじゃ。この荷物をわしの家まで運んでくれんかの~?」

老人の言葉に若干の白々しさを感じながらも自分から声を掛けた手前断ることができないアルドは、渋々老人の頼みを聞き荷物を引き受けることにした。

大きいだけで意外と軽いかもしれないし、そんな期待は早々に裏切られ、大きさ通りの重さに全身に衝撃が走った。

「くっ…俺でもかなり重いぞ!?」

大荷物に苦戦するアルドを横目に「よろしく頼むぞ~」と言って老人は先にスタスタと歩いて行ってしまった。


「うーん、これはかなり時間がかかりそうだ」

どうしたものかと大きな荷物を見つめて立ち尽くすアルド。そんなアルドの背中に一人の女性が声を掛けてきた。

「あら、アルドじゃない。何してるのこんなところで。」

声の方へ振り向くとそこにはよく知った顔の少女、エイミが立っていた。

「エイミじゃないか。実はこの荷物を爺さんに頼まれたんだけど、なかなかに重くて一人じゃ手に負えなくてさ」

そう言って目の前の大きな荷物をエイミに見せるアルド。その大きさに先ほどのアルドと同様、一瞬驚いたあと若干引き気味な様子で「…よくこんなの引き受けたわね」と言った。

更にアルドを訝しげに見つめ

「というか、最近巷で『人助けをする変わった服の青年』って噂になってるの、もしかしてあなたのことじゃ…」

とつい最近耳にした噂について言及した。


アルドは今回の件以前にも多くの頼みごとを引き受けている。

困っている人を見つけるのがうまいのか、はたまた困っている人がアルドに吸い寄せられているのかどうかは定かではないが、とにかく今までもかなりの人助けをしてきたのは間違いない。そんな噂を聞きつけた人がアルドの良心に甘えてくるのも初めてではない。

しかしアルドは純粋に人助けをしてるので、相手の思惑などは特に考えないのである。


エイミの言葉を聞き、先ほどの老人の反応に合点がいったアルド。

「俺、そんな噂になってたのか…」

その反応に今更感を感じながらもエイミは言葉を付け加えた。

「これだけ何でも引き受ければそうなるでしょうね。人助けをするのは悪いことじゃないけど、何でもかんでも引き受けすぎるのも良くないわよ」


もちろんアルドは自分の良心が悪用されるなどとは思っておらず、今回のように周囲に指摘されて初めて自覚することが多い。しかしどれだけ指摘されようと困っている人を見かけるとやはり助けずには居られない、そういう人間だ。

一方で人によっては「学習能力がない」と感じても致し方ない気もするが。


エイミはアルドの横にある大きな荷物が視界に入り本題を思い出す。

「ほら、今回は私も手伝うから、さっさとこれ運んじゃいましょう!」

手伝ってもらおうなどとは思っていなかったが、その有り難い申し出にアルドは感謝した。

「ありがとう、助かるよ」


「どこまで運ぶのかしら。…うん、ここならそんなにかからないわ」

そう言って、アルドの対面から荷物を持ち上げようとしたエイミであるが「重ッ!?」と想像以上の重さに全身に衝撃が走るのであった。


エイミはここ未来の生まれで、女性には珍しく合成人間という人工知能を搭載した人型の機械を倒すハンターをしている。

一見何の争いも起こらないような平和な都市に見えるが、そう遠くない過去には合成人間と人間の激しい争いが起きていた。本来は人間に使役されるべく作られた人工知能たちが、その人間に反旗を翻し戦争を挑んできたのである。

エイミの母は彼女が幼いころ、合成人間の手にかけられこの世を去った。それがきっかけで、エイミはハンターという職業に身を投じることになるのだが、その実力は折り紙付きだ。

こと現在においては、叛乱軍と呼ばれる合成人間の組織のリーダーは打倒され戦いには終止符が打たれたのであるが、暴走した合成人間たちが完全にいなくなったわけではない。

エルジオンの西側、かつて工業都市として栄えたエリアは今でも凶悪な合成人間たちの巣窟となっており、多くのハンターがその残党と戦っている。


そんなどこか思い込みの平和で成り立っているような街並みを大きな荷物を持って歩く二人。

二人がかりでようやく老人の家の前に到着したアルドたちが家主に荷物を手渡すと「ありがとうよ、またよろしくの~♪」と、ここまでの苦労も知らず能天気なお礼を言われた。


「エイミ、ありがとな。エイミが持ってくれたらずいぶん軽くなったよ」

そのアルドの発言をあまりいい意味に受けなかったのか、エイミは眉間に皺を寄せ

「それって私が怪力だってこと?」

とアルドを問い詰めた。

「いや、決してそんなつもりじゃ…」

弁明をしようとするアルドに対し「冗談よ」と笑って返した。


アルドとエイミは比較的長い付き合いで、お互いの勝手はよくわかっている。特にエイミはアルドの言動には慣れたもので、たまに出る頓珍漢な発言に関して突っ込みこそすれど深く考えることはしなくなった。

余談だが目に見えて殴れる化け物や怪物にはめっぽう強いエイミであるが、お化けや怪談といった怪奇は苦手としているようで、冒険の最中に訪れた遊園地廃墟では彼女には珍しく気弱な姿を見せていた。そんな姿を見ても、アルドはまだエイミの苦手なものに気が付いていないようだが。


「それよりさっきも言ったけど、できないものはしっかり断るのよ」

エイミはそう言うと、今日は自分の家に用があるからとアルドと別れ自身の生家へと向かっていった。

老人の荷物運びに思わぬ時間を食ったアルドも散策を諦め、先ほどの青年とギルドナのもとへ足早に向かった。


その途中何やら熱い視線を感じ嫌な予感がしつつ気配の方向を確認すると、困ったオーラを前面に出した妙齢の女性がアルドに熱視線を送っていた。

先ほどのエイミの言葉がまだ記憶に新しいアルドは、心の中で「すまない…!」となぜか謝罪をし足早にその場を離れるのであった。

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