21話 抱きしめる

 僕は彼女の手を握り返し、その手を引いてゆっくりと自分の方へ身体を引き寄せる。自然と顔の距離が近くなる。


 琴音の身長は僕より少し小さく、ちょうどおでこが僕の口に当たる位置だった。彼女が僕を見上げる。何かを期待しているような、そんな表情だった。


 ……キス、したい。衝動的にそう思ってしまったけれど、複雑な僕の心境がそれを押しとどめた。


「ひとつ……聞いてもいい?」


「はい、なんでしょう」


「どうして……僕の告白の応援したの? もしうまくいってれば……」そう、藍への告白が成功していたら、僕の気持ちはそっちに行ってしまい、ことねの方には向かわなかった……かもしれない。


「それでも、いいんです」琴音はにこり、と微笑む。


「好きな人、だからこそ……恋を応援したかったんです。それに……あのときはまだ、想いが強くなってなかったから。後輩として、恋する先輩を応援してあげたかったんです」僕の腕を掴み、軽く握り締める。


「いまでも、応援したい気持ちは同じです。先輩が諦めないなら、私の告白は聞かなかったことに……いえ、人として好きって事にしてください」


「でももしいつか、センパイの気持ちが落ち着いて、余裕ができたら……私のことも意識してくれたら嬉しっ」その瞬間、思わず琴音を抱きしめてしまった。

 

 柔らかい感触と共に琴音の鼓動が伝わってきた。僕より全然早い。自分でもその行動をうまく説明できそうになかった。ただ、彼女が愛おしくて……抱きしめてしまった。


「ふへ……?」彼女は驚いた様子だった。無理もない。


「ごめん、つい……」早くなっていく心の鼓動に耐えつつ、僕はそう答える。


「いえ、ありがとうございます。とても……とても嬉しいです」そう言いつつ、僕の背中に手を回し、胸に顔をあずけてくれた。


「僕の方こそ、とても嬉しいよ。告白してくれて、ありがとう。ただ……ただ今はちゃんと返事ができない」


「わかってます。先輩が告白を受け止めてくれただけで私は幸せです」僕の胸に顔を埋め、ぎゅっと強く抱きしめた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る