19話 好きです。

 日がややかたむいてきた。

 

 お参り後、僕達はあてもなくぷらぷらと散歩していた。琴音との距離は少し離れてしまっていた。ちょっと手を伸ばさないと琴音の肩に触れる、そんな微妙な距離だ。


 先程のおっぱい押し付け事件……から少し気まずくなってしまっていた。ふと、目と目があってしまう。僕は思わずすっ、と目をそらす。琴音も視線を交わさないようになのか、僕の少し前を歩き始めた。


 またしばらく歩み続ける。前を歩く琴音はときたまちらり、ちらりと僕の方に視線を振る。離れてないか気にしてくれてるようだ。けれど話しかけては来ない。


 ――周りの喧騒がより僕達の沈黙を際立たせる。なんとかしないと。


 「ことね」人通りがない路地裏を歩いている時、僕は沈黙を破り、声をかける。


「ん?」彼女はふりむく。その表情は憂いてはなく、照れているようでもなく――そう、微笑んでいた。琴音のそんな表情は初めて見た。まるで……まるで恋人に対してみせるかのような。


 ――どくん、と自分の心が跳ねるのを感じる。


「今日はありがとう。僕が落ち込んでいるの励まそうとしてくれたんでしょ」


 今日のことねは妙にテンションが高かった。普段ももそこそこ高いけれど、今日は違和感を覚えるほどに高かった。そして今は……逆にとても落ち着いているようだった。


「あ、ばれました?」えへへ、と照れ笑いする。


「うん……昨日僕は振られたんだ」


「ですよね……もし成功してたら次の日に私と初詣デートなんて来ない気がします」


「それに、ごめんなさい」僕にむかって頭を下げる。


「……なんで、あやまるの?」


「私が応援したせいで、先輩は……」目を伏せ、ことねは申し訳なさそうな表情を見せる。


「……それは違うよ。ことねが背中を押してくれなかったら僕はずっと迷って、迷い続けて、告白しなかったと思う。むしろ勇気をくれて、ありがとう」と頭を下げ返す。


「そう思ってくれるなら……私も嬉しいです」琴音は微笑む。それを見てどくん、とまた心が跳ねる。


 そこで僕は気づいた、琴音の口調がいつもと変わっていることに。なによりよく使う口癖の「ッス」が消えている。いつもへらへらしている彼女じゃなくなっている。


「センパイが勇気出したのに……私が勇気出さないのはズルいですよね……」と自分に言い聞かせるように彼女は呟く。


「そんなことは、ないんじゃない?」


「いえ、ズルいです」琴音は顔をあげ、まっすぐ僕の顔を見つめる。何かを決意した、そんな表情だった。


「ね、私も勇気だしていいいですか?」その瞳は優しげで、とても暖かく見えた。

 

「……うん」僕は、断れなかった。断りようがなかった。


 琴音は僕の両手を取り、きゅ、と握る。そして顔をあげまっすぐ僕の目を見つめてきた。その表情はいつになく真剣で、誠実だった。


 ――ゆっくりと口を開き、小崎琴音は言葉を紡ぐ。


 「先輩、好きです」

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