第84話 昔の記憶とそして(ライズ視点)
俺が初めてクレアに出会ったのは10歳の頃。
そのときはまだ、クレアは王子の婚約者ではなかった。
「さあ、行っておいで……沢山友好を広げてくるんだよ」
そう和かに言うのは俺がお世話になっているサルバス伯爵様だ。
今日は上位貴族の子供達だけで行われるお茶会であり、本来なら男爵家の俺が参加できるものではない。
しかし俺はいつか伯爵家に養子に入る可能性があったため、一度は出て見なさいと叔父様に連れられてここにいる。
俺は上位貴族の中に入ってお茶会なんて無理だと言ったのに、叔父様は今日の君はうちの家の者であると言えば大丈夫だから。と、無理矢理連れられて来たのだ。
渋々色んな人に話しかけようとしたが、もう既に仲良し組が出来ているのか、話しかける相手に苦労していた。
そんなときだった。クレアを見つけたのは……。
クレアは隅の方でつまらなさそうに、風を操っていた。それは異様な光景だった。
当時のクレアはまだ8歳だった筈である。
確かに貴族の人間は殆どが魔法を使える。だとしても、こんな幼いときから魔法を扱う者などそうそう居ないのだ。
しかも誰にも気づかないように綿密に風を練っている。クレアの蜂蜜色の髪が不自然に揺れていなければ気づかなかっただろう。
俺はその姿に惹かれて無意識に話しかけていた。
「君、何してるの?」
彼女は話しかけられるととても嫌そうに顔を顰めた。
「話しかけないで……」
そういうと風が強く荒れる。まるで彼女の感情が現れているようだと思った。
「あぁ…!失敗した……もう、あなたのせいよ!私の唯一の楽しみを奪うなんて、一体なんなの!?」
彼女がキッとこちらを睨む。その顔はどう考えてもお茶会に来ている令嬢には見えない。
この子は一体何しに来たのだろうか?気になってそのまま聞いていた。
「君はここに何しに来たんだ?」
先程まで全く俺を見ていなかった蒼玉の瞳が、こちらに向いた。その顔は何処から嬉しそうに見えた。
「……気になるの?」
「そうだね。何で君がこんな所で魔法を使っていたのかが……」
俺の答えに彼女は歓喜した。
本来ならばお茶会で魔法など以ての外、危険行為として出禁になり兼ねない行為である。
だが彼女にとっては友好を広げる事よりも、今は魔法を磨く事の方が大事なのだそうだ。
きっとこの年齢では、魔法に触れていないものが多くて、話し相手にならなかったのかもしれない……。
そして彼女は言うのだ。
「私は将来お母様のように立派な騎士になるのが夢なの」
そのため、その歳で扱うには危険な魔法の制御をコツコツと行なっているらしい。
そのときの笑顔が俺には眩しかった。
だから俺はつい自分の事をポツリと呟いてしまった。
「君は夢があって羨ましいよ。俺には決められた道を歩く事しか許されないから……」
俺はいずれ伯爵の家に養子になるかもしれないし、そうでは無くともその家に使える身となるのだ。
夢を語る事など許されない。
そんな俯く俺に彼女は言い放った。
「そんな事はないわ!あなたの人生はあなたの物、誰かに決められた人生なんて考えてはダメよ!!」
勢いのまま彼女は俺の手を握る。その澄み切った瞳は俺を離さない。
「そう言うときは考え方を変えると良いんだって。決められたんじゃなくて、自分自身が決めたんだって考えるのが良いみたいよ?そうすれば心に余裕が出来て周りが見えるようになるの。すると新しい希望を手にする事が出来るんだって!」
その答えに俺は目を見開いていた事だろう。
だってまだ子供だった俺にはそんな事考えた事もなかったのだから。
このとき、俺の何かが彼女の言葉で変わっていく気がした。
そして気がついたときにはその瞳に吸い込まれそうになっていた。
彼女は俺が見た事のある誰よりも光り輝いて見えたのだ。
「まあ全部受け売りの言葉だけど、でも私は自分で夢を叶えたい。だから自分の未来が決められてると諦めたくないの……ねえ、あなたと私。将来出会ったらどちらが希望を手に入れる事が出来たのか勝負してみましょう」
俺はこのとき初めて将来を前向きに捉える事ができた気がした。だから笑顔で頷き彼女の名前を呼ぼうとした。しかしそれは叶わなかった。
何故なら俺は彼女の名前を聞いてもいないし、名乗ってもいない。だから俺は名前を名乗ろうとした。
「あ、俺の名前は……」
だけどそれは叶う事は無かった。彼女が勢いよく叫んだからだ。
「あ!しまった。もうこんな時間……急がないとお茶会が終わってしまうわ!ご挨拶をしなきゃいけない相手がいるの忘れていたの。申し訳ないけど、次のお茶会で会えるのを楽しみにしてるわね!」
そう微笑むと彼女は令嬢とは思えない足取りで、集団の中へと消えていった。
そして男爵家の俺は次のお茶会に行く予定もなく、それ以降彼女に会う事はなかった。
でも叔父様に彼女の特徴を言うと、すぐに名前を教えてくれた。
彼女の名前は、クレア・スカーレットだった。
それから10年以上俺は彼女の名を心の中に刻む事になる。
そしてやっと再開した彼女は───。
俺の事なんて一切覚えてなどいなかった。
そして今、大人になった俺がいるのはサルバス伯爵家の書斎だった。
俺は昨日、ハロルド近衛隊に配属が決まった事を報告に来ていた。
「ライズ、上手く彼女を落とせたようだね?」
「はい。言いつけ通りクレアに返事をしてきました」
俺はサルバス伯爵の子飼いの一人だ。
だから、この方がやれといったら全てやる……ただそれだけだ。
「でも、ライズはクレア嬢のことが好きだったんだろ?」
「いえ、俺にクレアはもったいないです……」
「でも、彼女から好きになってくれたんじゃないか……。しかしクレア嬢も可哀想なものだ。まさか好きな人が自身の監視をしているとも知らずに、幸せに生きているなんてね」
俺は最初から、クレアを監視する為に使わされた男だ。それも俺は自分から志願して、クレアの監視につくことにした。
何故なら俺はクレアを守りたかったから。
だから彼女を守る為、俺は悪魔にでも身を売ってやる……そう、あのとき決めたのだ。
記憶の片隅で少女だった頃のクレアを思い出す。彼女の顔に迷いなどなかった。その言葉は俺を一歩前に押し出す勇気をくれた。
でもその少女は、再びであった俺の事など全く憶えていなかったけど、それでも俺はクレアを助けたい、守りたいと思ったのだ。
彼女は俺の人生を変えてくれた───。
俺の女神なのだから。
決して俺のような醜い存在と一緒になんてなっちゃいけない。
だけど俺の居場所はクレアだけだから……俺にはクレアしかないのだから、嘘で塗り固めたこの俺がそばにいる事をどうか許して欲しい……。
「ライズ、これからもクレア嬢に不穏な動きがあればよろしく頼むよ。それからあちらの件もね……」
「わかっております、サルバス様」
頭を下げた俺は、無表情で返事をしたのだった。
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