第82話 いつもあなたのお側に参ります!
今の私は超絶緊張でカチカチになっていた。
なんといっても今日は、ハロルド殿下へとお披露目する日なのだ。
それなのにトリドル副隊長は、殿下にまだ誰が配属されたのか秘密にしているらしい……。
これでもし、ハロルド殿下に拒否されでもしたら私は一体どうしたらいいのよ!
といよりも本人の許可なく配属されるなんて事があって大丈夫なの?
私は何度目かの不安に襲われて、また鏡の前で自分の格好を確認をし、完全に甲冑で全身を覆ったこの姿にため息をつく。
やっぱりこの姿でお披露目とかおかしいわよね?
何度もこの格好を見るたびに同じ質問を自分にしてしまう。
だってご挨拶に行くのに何故この格好なのかとか、もっと正装に近い軽い装備の方がよくないかとか、何度もトリドル副隊長に抗議をしたのだ。それなのにこっちの方が面白いからと言う理由で、今から戦いに行くわけじゃないのに、この格好に決まってしまい私はとても納得がいかなかった。
それでもハロルド殿下の髪色と同じ藍色の線が入った甲冑に、私は喜びを感じてしまう。
そうなると今度はその姿を鏡でうっとりと見つめ、そして近づいてくる時間にまた緊張をする。というループを先程から何度も繰り返している。
これではダメだと首を振り、他の事を考える事にした。
確か、ハロルド近衛隊を志願したのは今年は2人だって聞いていたけど、まだもう1人は来てないわね。
まあ私が早く来過ぎてしまっただけだけど……。
余りにも早く来たものだから、用意とか準備が終わってなくて他の隊員を困らせたり、トリドル副隊長に笑われたりしてしまった。
とりあえず兜ぐらいは外そうと、カチャカチャと外して机に置く、そのときガチャりと扉が開く音がした。
私はゆっくりとそちらを向き、息を呑んだ。
もし、もう一人が彼ならいいのにと願いを込めて……。
じっと見つめる先、私にはその光景がゆっくりと見えた。
こちらに歩いてくる人物の髪は、ダークブラウンでサラサラと揺れる。そして私を見つめる瞳はいつもと同じエメラルドに輝いて、笑顔で私の前に立っていた。
その姿に私は最高の笑顔を返す。
「……俺は君と一緒にいるって言ったでしょ?」
その言葉にとても嬉しくて、私は名前を呼んだ。
「ライズ!」
ライズも嬉しそうに私を見て、そして二人で笑い合う。
そして一息つくと、ライズが口を開いた。
「クレア、今までこの日のために返事を先送りにした事を許して欲しい……」
「え……それはどういう?」
急に真面目な顔になったライズは、私の頬に手を添えた。
「俺の答えを今言うよ。俺もクレアの事が好きだ。それは守りたいとかそう言う感情なのかと悩んだけど、やっばり俺もクレアとは離れたくない……だから、俺の気持ちを受け取ってくれるかな?」
「……ライズ!!ええ、ええ!もちろんよ……ぐすっ……」
余りの嬉しさに胸がいっぱいになった私は、自然と涙があふれていた。
「ふふ、クレア泣いてるの?」
「もう、これはただの嬉し泣きよ!!」
「うん、俺も嬉しい。クレア、これからは2人で一緒にハロルド殿下を守っていこうね」
「ええ……ええ!」
ライズに手を取られ、その手を握り返した私は最高の笑顔を向けたのだった。
そして私とライズは改めて兜をかぶり、ハロルド殿下の執務室の前に立っていた。
凄く緊張している。でもその緊張は先程と違っていた。
そんな私の横にいるライズが小声で話しかけてくる。
「クレア今どんな気持ち?」
「凄くワクワクしているわ!」
ハロルド殿下がもし私を受け入れられなかったらとても辛い。それでもようやくここまで来たのだ。
それに、今は横にライズがいる。
だから何があっても大丈夫。
「お前ら、準備はいいな。やる事は簡単だ。殿下の前に跪き、名前を名乗り手を取る。そしてお言葉を貰う、それだけだ」
「そんな簡単に言いますけど……」
「クレアなら大丈夫だ」
いつもの様に頭に手を置くのかと思ったら、軽く小突かれた。今は兜を被っているので仕方ない。
そしてゆっくり開く扉に、私は前を見据えた。
ハロルド殿下の執務室では、殿下が私達を迎え入れてくれるようにこちらを見ていた。
私達はトリドル副隊長に連れられてゆっくり入ると、ハロルド殿下の目の前で立ち止まる。
入ってくる私達を見て一瞬変な顔をした殿下は、すぐに切り替えると私達に話しかけた。
「ハロルドだ。僕の近衛隊に所属してくれてありがとう。君達の意志を僕は尊重するよ」
この格好をみて変な顔をしない方がおかしいが、殿下の優しい言葉に私は胸を高鳴らせた。
「ハロルド殿下、ではそれぞれ紹介させて頂きます」
トリドル副隊長がまずライズを呼ぶ、ライズは殿下の前に跪き兜を外した。
「ライズ・アンドリューです。私は殿下を守る盾になれるよう精進して参ります」
殿下の手の甲を額に当てて忠誠を誓うその姿に、今日のライズは特にカッコよくみえるわ!と、心の中で称賛を送る。
「ライズ。未熟な私だが宜しく頼む」
「はっ」
つつがなくライズはハロルド殿下への挨拶をおえて兜を再び被り直し、私の横に並び直した。
そして次は、私の番だとその足を一歩前にだした。
緊張で一歩一歩が震えているのがわかる。
甲冑の音なのか心臓の音なのかわからないけどとてもうるさいし、今の自分が上手く歩けている自信もない。
それでもどうにかハロルド殿下の前でたどり着いた私は、跪くとゆっくり兜を外し顔を上げた。
「なぜクレア、君がここに……」
久しぶりにちゃんと見たハロルド殿下は、驚きに瞳を大きく見開いていた。
その様子に私の緊張は吹き飛ぶ。そしてこれが、トリドル副隊長が言っていた驚かすという事かと、その昂りに歓喜した。
勿論私が騎士となっている事は、入団試験の日に会ったのだから知っているだろう。
でもまさか、婚約破棄を言い渡した人間が近衛の姿で目の前に戻って来るとは、やっぱり思っていなかったようだ。
ここに来るまでに本当に色々な事があった。
でもそれは全て、ハロルド殿下のお側に居たいその一心でここまで帰ってきたのだ。
今目の前にいる殿下のその瞳には、私がしっかりと写っている。その事が嬉しくて心が震える。
でもこれは恋じゃない。そんなことライズの事が大好きな私が一番よくわかっている。
そうね。この感情に名前をつけるなら 、それは『崇拝』と言った方があっているわ。
でも今はそんな事どうだっていい。
目の前にハロルド殿下がいる。
私は息を吸うと、ハロルド殿下に笑顔で挨拶をした。
「私はクレアです。本日より貴方の近衛騎士に任命されました。殿下を命に変えても守り抜いて見せましょう」
何者からも絶対に守り抜いて見せる。
だってその為に、私はここまで来たのだから。
そう、いつだって。
そしてこれからは近衛として、
─── いつもあなたのお側に参ります。
そしてこれからは、ライズと共に……。
貴方を支えていきますね。
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