第81話 隠せない心(ロイ視点)


 ……やってしまった。

 絶対に言わないつもりだったのに……ライズの話をするクレアが嬉しそうだったから、俺の感情を抑える事ができなかった。


 クレアと別れた俺は無意識に、ハロルド兄上のところに足を向けていた。

 まだこんな早い時間なら誰もいないし、このままでも大丈夫だろう。

 それにハロルド兄上の部屋にコッソリと入り込むのは昔から得意だった。だから近衛騎士にも気付かれずに、俺は簡単に部屋に入っていた。


「ハロルド兄上?」

「ん?突然部屋に来るなんてどうした?えっと今は……」

「今はロイですけど……今だけはミラルドでお願いします」

「どうしたんだ……?いつも自信たっぷりなミラルドらしくないじゃないか、何かあったのか?」


 自信たっぷりに見せてるだけで、自信があるわけじゃない。

 そうでなければ、俺はこんなに落ち込まないだろう。


「兄上は、クレアに好きな人ができたのを知ってますか?」

「え!?クレアに!!?」


 突然動揺して持っていたものを全て床に落とした兄上に、つい聞いてしまう。


「もしかして兄上、クレアに未練あります?」

「そんなわけないだろう!!僕が好きなのはリリーだけだ……ただ、クレアのことも家族のように大事に思っていたのは間違いないからな。だからクレアが好きになった相手が気になるだけさ」

「お相手は、ライズ・アンドリュー。男爵家の3男で、サルバス伯爵の子飼いですね」

「成る程、サルバス伯爵は真面目な方だが……あの商人と何か取り引きしていたと噂もある。だからこそミラルドは、ライズが怪しいと思ったんだろ?」


 流石兄上だ。俺が気にしている事を一瞬で導き出すなんて……。


「そうです、だから焦ってしまって……」

「何かやらかしたのか?」

「……クレアに告白してしまいました」

「ぶっ!!!」


 驚きにむせる兄上の背中を俺は咄嗟にさする。

 それに、そこまで驚く事だったろうか?


「……それはまた、大胆な事をしたな。まぁそれでその落ち込み具合からして、振られたわけだ?」

「いえ、振られる前に釘をさしておきました。叶わぬ恋なのはもとよりわかっています。だって俺はミラルドだから……」

「いつも言ってるけど、ミラルドだからって諦めるのは良くないとおもうけどね……」


 兄上は俺がクレアの事を好きなのを知っていた。

 だからこそ、婚約者時代から俺の事を気にかけてくれていたのだ。


「でも今はそんなことよりも、俺はクレアに傷ついて欲しくないのです」

「と言うと、僕はサルバス伯爵を漁った方がいいのかな?一応サルバス伯爵は僕の陣営だけど、これはミラルドのお願いだからね……それに、僕だってクレアには幸せになって欲しい……」


 少し震えて言う兄上は、きっと発作が起きそうなのを我慢しているのだと思う。

 いい加減。兄上も自分を責めるのはやめて頂きたい。

 震えを抑えるように兄上は呟いていた。


「─── 僕にとってクレアは憧れだから」

「ええ、そんなのずっと知っています」


 兄上はあの日クレアに救われたときから、大好きな本の登場人物と重ねてしまうぐらい、クレアの事を特別な存在だと思っていたのを知っていた。

 そんな兄上がクレアと婚姻をするなら、まだ許せた。だけど、今回はだめだ。


「だからこそ、クレアのために2人で頑張りましょう。と、言いたいところですが俺はまた暫くミラルドとして公務をしないと行けません」

「ようは、僕に見張ってて欲しいと言う事だね?」

「はい。それとその公務が終わり次第俺はハロルド近衛隊に復帰します」

「え?僕は聞いてないけど……!?」


 それはそうだろう。まだ誰にも言ってないし、許可も得ていない。

 だけど、どうせすぐに許可が降りるから決定事として言っても問題ないだろう。


「さっき、決めましたから」

「いやいや、せっかく第一部隊の副隊長になれたんだぞ?そんな簡単に手放していいのか?それに、クレアもどこに配属されるかわからないだろう?それなら今のままの方が動きやすくないのか?」


 どうやら兄上は、自分の新しい近衛騎士について全く確認していないようだ。

 いつもハロルド近衛隊しか余ってないから、という理由で入ってくるような奴らばかりで、もう興味がないのかもしれない。

 それにまさかクレアが自分の隊に入るなんて全く思ってないのだろう。もっと自分の周りも見て欲しいものだ。


「そのうちわかりますから、大丈夫ですよ」

「その言い方凄くきになるじゃないか……まあそれはいいとして、ミラルドが少し元気になったのはよかった」


 そう優しく言ってくれる兄上を見ようとして、俺の視界がボケたのがわかった。

 どうやらクレアに拒絶された事はくるものがあったらしい……。


「……兄上」

「どうした?」

「やはり、少し泣いても良いですか?」

「ははっ、たまには兄として弟に胸ぐらいかしてやるぞ?ただ身長が全然足りないから、肩で我慢してくれ」


 そう優しく笑いかける兄上の肩に俺は顔を埋めて、クレアの事を思い泣いたのだ。

 弱音を見せるのはこの一瞬だけだ。

 明日からはまた、俺のやれる事をするだけだから……。


 そう思い、蜂蜜色をした彼女の顔を思い浮かべて声を出して泣いたのだった。

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