第72話 決着つけましょうか!!


 え、ライズ?

 と思った瞬間、気がつけば周りの音が戻ってきていた。私はまだ死んでないのね。と、安堵したのに今の状況を全く理解出来ずにいた。


 目を瞑れと言われたからそうしているけど、今の私の状況ってもしかしてライズに抱きしめられてない??

 とにかく周りの音を頼りに、どうなっているのか認識しようとするも、なんだかバタバタと何かが崩れる音しか聞こえてこない。


「クレアもう目を開けても大丈夫だよ」


 その優しい声に私はそっと目を開ける。


「え?」


 私は驚きの声を上げてしまった。だって今まで私を取り囲んでいた筈の騎士たちが一斉に倒れ込んでいたのだから。


「これをライズが……?」

「まあ、それはおいといて……俺はやらなきゃいけない事があるから、クレアは少しここで待っていてね」


 ポカーンとしている私を離すと、ライズはそのまま商人の元へと歩きだす。

 よく見ると商人の着ている衣服の一部に剣が刺さっており、恐怖と動揺で商人は動けないようだった。


 あの剣はさっきライズが持っていたものかしら?

 もしかして私に剣を振るったのではなく、商人に剣を投げた?

 いやでも、ライズは暗示をかけられていた筈じゃ……?


「き、貴様。私の暗示にかかっていたのでは無かったのか!?」


 同じ事を思ったのか、商人は震えながらライズを睨みつけた。


「え?俺は暗示にかかってます、なんて言ったことありましたか?」


 こちらからライズの顔を見る事は出来ないが、きっと笑顔で言っている気がした。

 驚きに口をパクパクさせる商人の男は何も言えないようだった。


「ひとつ、いい事を教えてあげましょう。暗示にかからない方法なんていくつでもあるんですよ?事前に準備をしておけば、なんて事はありません」


 そう言いつつ、ライズは商人の横に刺さっている剣を抜いた。その衝撃で男は椅子から転がり落ち、地面に尻もちをつく。

 すでにライズを見つめる顔は青白く、後退りながら叫ぼうとした声は震えていた。


「ひぃ!!ち、近寄るな……。お前が暗示にかかっていなかった事は理解した。でで、では何故暗示にかかっていた者達が全員倒れたのだ!?」


 後退る男にすぐに追いついたライズは男が逃げられないようにひらひらした服の一部を踏んづけた。


「それは、秘密ですよ。そんな事よりも……」

「は、ひぃ……」


 そしてさらに前進したライズは今度は男の肩を踏みつけると、男に顔を近づけた。


「うぐ……っ!!」

「貴方が悪いんですよ?俺のお世話になっている伯爵様の、邪魔をしようとしたしたんですから……」

「い、いだっ!いだだだ!!!!や、やめ!はなぜ!!ガッ!!!!」


 その叫び声と共に男の声は聞こえなくなっていた。心配になってライズの方をよく見ると、どうやら男は気絶しただけのようだった。

 それは周りの兵士と同じように突然意識を手放したようにも見えた。



 状況がよくわからず呆然としている間に、ライズは商人を適当な物で縛り上げると、何故か放置したまま此方に走ってきた。


「クレア!怪我はない?……って、また左目が赤いけど大丈夫!?」


 普通に話しかけるライズをぼーっと見つめる。

 確かに左目はまだ少し痛むし、頭はとても混乱していた。

 それに言いたい事が多すぎて感情をうまく言葉にできない私は、気がつけば何故かライズをポカポカと殴っていた。


「い、痛い痛いよクレア。騙していた事は本当にごめん。でもあの男を隙だらけにするにはこの方法が一番安全だったから……それにクレアに何かあったらあの位置が一番早く助けに行けるだろ?」


 その言葉に私の手が止まる。

 そんなのってずるい。そう思うと知らずうちに止まった手は、ライズの服を無意識に掴んでいた。


「人を騙しておいてそんな事言われたら、許すしか無いじゃない……」


 怖い思いもしたし、騙された事にイライラもした。その筈なのにそんなことよりもライズは私の味方で、ずっとそばで守っていてくれたという事がとても嬉しかった。


 だから今回は、今回だけなら……。


「ご飯一回奢ってくれたら、許してあげる。詳しい事はそのとき教えなさいよ!」


 そう言って私は照れた顔をライズに見られないように、そっぽを向こうとしたのに顔を掴まれてしまってライズの顔が眼前に広がった。

 その事に顔がさらに赤くなってしまう。


「く、クレア!目だけじゃなくて顔まで赤くなってるよ!大丈夫??」

「大丈夫だから、その手を離して!!いや、本当もう左目も痛くないわよ!」


 おかしいわ。ヨシュアに同じような事されてもこんなに動揺しなかったのに、なんで!?

 もしかしてこれは、私がライズの事を好きだって気づいたからなの……?


「ダメだよ、ちゃんと左目見せて!」


 更に近づいてくるライズに私の脳はパニックになり、さらに声を荒げていた。


「は、恥ずかしいからそれ以上近寄らないで!!」


 こんな状態で、私は今まで通りライズに気軽に接することなんてできるのかしら……。

 そう思いつつ、私は喚き続けたのだった。



 そんなやりとりを数分していたせいなのか「何事だ!!」と、演習場の入り口から何人かの騎士達がこちらち走り寄ってくるのがわかった。


 咄嗟にライズから離れた私は、周りに騎士達が全員倒れている事を思い出して慌てる。

 まって、この惨事どう説明すれば良いの!?

 そう思っている私より早くライズが前に出ると、先頭にいる男に向かって指を指した。


「指名手配中の商人の男をあちらに捉えました。倒れている騎士達はその際の被害者です」


 こちらに向かっていた騎士は縛られている商人を見ると「成る程」と、こちらに頭を下げてそちらに行こうとした。


「ちょっと待ちな。その男はこちらが貰い受ける」

「トリドル副隊長殿!?」


 いつのまに現れたのか、騎士を呼び止めたのはトリドルさんだった。


「それとここの処理はハロルド近衛隊が請け負う、お前らは持ち場に戻れ」

「は、はい!」


 その騎士はトリドルさんに頭を下げ仲間とともにこの演習場を後にした。

 それを確認したトリドルさんは、縛られた男を確認すると声を上げた。


「おい、お前ら!そこの男を例の場所に連れて行け。それからここで倒れてる奴らはすぐに担いで医療室持ってけ」


 何処にいたのか、ゾロゾロとハロルド近衛隊の騎士達が私達の周りに倒れている騎士達を抱えて出口へと走って行く。

 何人か見知った顔が居たのでつい頭を下げてしまった。



 そして唖然としている間にこの演習場には、私とライズそしてトリドルさんの3人だけになっていた。


「よーし、綺麗になったな!」


 そういうとトリドルさんは手を上げながらこちらに駆けつけた。そして目の前にきたと思ったときには頭を下られていた。


「間に合わなくてすまなかった」

「え?」

「クレアが狙われてる事はわかってたから見張っていた筈だったんだが、何故か途中で見失っちまってな……」


 えーと。きっとこれはたぶん、私が走りだして道に迷ったのが原因かもしれない……。


「ライズだったか、お前がいてくれて助かった」

「い、いえ俺もクレアを騙す形になってしまったので……」

「それでも助けた事に変わりねぇだろう!このこのー!」

「あの、痛いです」


 バンバンと肩を叩くトリドルさんにライズは本当に痛いのだろう、顔をしかめている。


「さあ、あとは俺達に任せろ。お前らは隊長達のカッコいい戦いっぷりを見てくるといいぜ!」

「あ!確かにもう時間が過ぎてるわ!!楽しみにしてたのに……」

「ははは、命を狙われたのにこの変わりようじゃ大丈夫だな!ほれ、早く行ってこい」


 そう急かされたのに、いまだに心配そうにこちらを見るライズに「本当に大丈夫」と少し顔を赤くして、私達は第一演習場に走り出していた。


 それなのに気持ちの整理がつかない私は、試合を見に来たのに隣にいるライズにドキドキしてしまい、最後の試合までちゃんと試合に集中できなかったのだった。

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