第67話 何故僕が(ヨシュア視点)


 クレアたちと食事をした翌日、僕はひたすら歩いていた。


 何故僕がこんなにも頑張らなくてはならないのか誰か教えてほしい!!

 どれもこれもクレアの為とは思いたくない。僕はハロルド殿下にお願いされて仕方なくやっているのだ。


 そう文句を言いつつも、僕の足は宮廷魔術師のいる塔へと向かっていた。勿論あの頭のおかしい女、セーラの元へと向かう為だ。

 前回の事があるからこそ、とても足が重いが仕方ない。



「それで?私に、暗示を解いて欲しいもの達が居ると?」


 話し方の態度は以前と変わっていないこの女は、何故か部屋に入ってからというもの僕から離れようとしてくれない。

 僕は顔を引きつらせつつ、嫌々説明をする事にした。


「……ああ。この間僕の暗示を解いてくれただろう?だから同じようにと思ってな」

「ふーん。では行ってやってもよいが、一つお願いがある」

「なんだ?」


 少しもじもじと恥ずかしそうにしているセーラに、こうしていれば可愛い女性に見えるのになぁと、僕は可愛いお願いを期待した。


「じゃあ、新しい実験の為の資金提供をお願いしてもよいか?」


 やはりこいつは全く可愛くない。


「なんの実験をするんだ?その内容による」

「ふふふ、私はヨシュアが魔力増強剤で魔力を失った者達の事を心配しておると聞いてなぁ、その魔力枯渇についていくつか実験をしたいと思っておる。もしかしたら完全に失った訳ではないかもしれないからな」

「失われた魔力が、復活するとでも?」

「可能性の問題だ」


 ようはやってみないとわからないと言う事だろう。僕はカールが生きている事も、魔力を失ってしまった事も知っている。

 あいつが犯した罪は許せる事ではないが、これでも一応同じ班で同じ時間を過ごしたんだ。

 僕の見てきたカールは真面目で、それなりに僕の事を慕ってくれていたと思う。


 だからずっと気にしていた。もし治す事が出来るのであれば……。


「わかった。資金提供させて貰う」

「では後で契約書を用意する。今は急いでおるのだろう?すぐに暗示のかかった者がいる所に連れて行け」


 立ち上がると上着を羽織るセーラに、僕も一緒に扉を出た。

 行く場所はスカーレット侯爵家だ。





 侯爵家にきて唖然としてしまった。

 罪人を捕らえておくのなら、普通は薄暗い室内とかではないのだろうか?


「よく来たね、君たち」


 僕達を出迎えたグレイ侯爵は庭に面した訓練場を見つめながら、朗らかに紅茶を飲んでいる。

 何故かここは外であり、カールとイルダー元伯爵が居るのは訓練場だ。どう見ても騎士の訓練を受けているようにしか見えない。

 その訓練をつけているのは、凍るような薄い水色の髪に蒼玉の瞳を持つ美しき女性だった。


 確かあれは騎士団副団長であり、国王陛下近衛隊隊長も務めていると言う噂の、氷の守護神と言われているフローリア・スカーレット様だ!


 忘れていたが、そういえばクレアの母親だったんだよな……。


 訓練が余りにもキツイのか二人は既にピクリとも動かなくなっていた。その様子を見て、ため息をついたフローリア様はそのまま立ち去っていった。


「どうやら今日の特訓は終わったようだ。それじゃあ一緒に会いに行こうか」

「は、はあ……」


 カール達の元へと歩き出したグレイ侯爵に戸惑う僕とは対照的に、隣にいるセーラは物珍しそうにキョロキョロしながら何処か楽しそうである。


「二人とも倒れたままでよければ確認して貰えるかな、えーっと君は……」

「申し訳ありません。名乗り遅れました事お許しください。私はセーラ・モントと申します。一応子爵家の一人娘でございます」

「ああ、噂の天才魔術師とは君の事だね」

「そんな天才だなんて……恐れ多いお言葉、侯爵様から頂けるなんて至極嬉しくございます」


 セーラの完璧な挨拶に、こいつ今までのやつと同一人物か?と俺は少し疑ってしまった。

 そしてセーラは荷物からあの手鏡を取り出すと二人を観察し始め、少し見ただけで手を止めた。

 

「確認させて頂きましたところ、お二人は暗示を何度も重ねられているため、とても強力になってしまっているようです」

「それは解除できないと?」

「いいえ、少し時間はかかりますが出来ないことはないかと……それと私の同僚にこう言うのを得意とした者がおりますので、後日改めて連れて参ります。それまではどうかこの鏡を毎日見せるようにお願いします」


 鏡?と、僕とグレイ侯爵は首を傾げたが取り敢えず、侯爵が鏡を受け取るのを見届けて後はセーラに任せた。

 僕は忙しいので、ハロルド殿下の元に向かわないといけないのだ。




 それにしてもやはり府に落ちない。

 ハロルド殿下に暗示について僕に提案があると、話してしまったのが全ての原因ではあるが、それでも何故僕が!?とは何度も思った事である。


 そして日が沈みかけた頃、ようやくハロルド殿下の執務室の前に辿り着いた。

 執務室の前にはハロルド殿下の近衛二人が見張をしている。僕は軽く頭を下げて扉を開けて貰うために用件を伝えた。相手も僕が来る事を知らされてたのかすぐに開けてくれた。


 その瞬間、扉から間勢いよくプラチナブロンドの女の子が出てきた。


「お兄様のバカ!!ってわぁ!!」

 

 どうやら扉を開けようとしたものの、こちらから先に開けてしまったため行き場を失った手ごと、こちらに倒れてくるのが見えた。

 咄嗟に受け止めた僕は、紳士な態度で彼女に微笑んだ。


「おっと……レディ、お気をつけて。おてんばなのはいいですが、折角の綺麗なお顔に傷がついてしまうところでしたよ。それと、貴女はとても可愛らしいのですから、笑顔の方が素敵だと僕は思います」


 ふふ、いい感じに挨拶が出来た!と僕はドヤ顔で女の子の顔を改めて見ようとした。しかしその顔を逸らすように俯いてしまった為よく見る事は出来ず、その子は何かブツブツいいながら走り去ってしまった。


「なんだあれ?」


 首を傾げる僕の後ろで、突然笑い声がした。

 僕は驚いて振り返ると、ハロルド殿下がこちらを見ながら爆笑しているところだった。


「いやいや、ヨシュア。君は凄いね!女ったらしの称号を授けたいぐらいだ」

「女ったらしってなんですか。僕は女性には紳士でありたいと……」

「自覚なしとは……いつか君は破滅するかもしれないね」


 うんうんと頷きながら、殿下は椅子に腰かける。

 これ以上からかわれるのはごめんだと、僕がここにきた目的である話に切り替える。


「そんなことよりも今は報告です。本日例の2人についてですが、宮廷魔術師によって確認をさせました。そのところ暗示はどうにか出来るそうですが、時間がかかると言う話です」

「今は急ぎたいところだが、ここは持久戦だな」

「これでは、商人に時間を稼がれてしまいます……」


 時間を稼がれれば稼がれる程、次の一手を打つのが遅れてしまい、またカールのような被害者が出てしまう。


「まあ焦るな、私は商人が昇進試験に何か仕掛けてくると踏んでいる」

「昇進試験?」

「君は知らないかもしれないが、あの日は騎士団全体で昇進試験の他に合同訓練や、演舞、隊長同士が戦うトーナメント戦と、ある種騎士団全体でのお祭りみたいなもので、別名闘技祭とも言われている」

「闘技祭……」


 聞いた事があるが、まさか昇進試験のときにやっていたとは知らなかった。

 騎士団はお祭り好きでわりとこういうイベントをやっている為、全部を覚えていられないのもある。


「そしてその日は一般公開にもなっている為、外部に向けて騎士団と言うものを認識して貰う良い機会となっているそうだ」


 ようは外部から人を入れるとなると、一般人に紛れて商人が入って来てもおかしくないわけだ。


「ですが、何故商人はわざわざ騎士団に?そんな敵の本陣に飛び込んでまで、しなくてはならない事があるとは思えません」

「奴は騎士団内でやり残した事があると踏んでいる」


 その強く輝く碧眼の瞳は、何か確信があって言っているのだと僕に訴えかけていた。


「僕はなにをすれば……」

「いや、君は試験をがんばってくれ。こっちで万全の対策はもう打ってあるからね。でも、もし必要なときは手を借りるかもしれないけどね」


 力強い瞳を細めて笑うその様子に、これ以上は何も教えてくれそうにないと僕は理解した。

 ならば僕にできる事が起きないことを願いながら、とにかくまずは試験を頑張る事にしよう。


 そう納得してはみたがやはり少しもやもやを残しつつ、僕は執務室を後にしたのだった。

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