第65話 謹慎の間(クレアの父・グレイ視点)


「状況はどうなりましたかな?……ハロルド殿下」


 クレアが謹慎されたと聞かされた翌日、ハロルド殿下の執務室で私は今までの経緯を教えてもらおうと足を運んでいた。


「グレイの方が詳しいと思うが、今話せる内容を伝えよう」


 椅子に座るよう促され、殿下の向かいに腰掛ける。手元の資料を見つめながら殿下はチラリとこちらを見た。


「まずカール・ヘリンツについてだが、何とか一命を取り止めた。そして騎士団第3部隊隊長であるイルダー・ヘリンツ伯爵は、息子が死にかけたと知るとすぐに己の罪を全て暴露したそうだ」

「あっさりと認めたものだね」

「イルダー伯爵は根は優しい人物だったと聞くし、息子の事で何か思うところがあったのかもしれないな」

「親が子を見捨てられなかったか……」


 最後の一線を越える前に過ちに気づけたのは、イルダー伯爵にとって最後の救いかもしれない。

 もし息子に全ての罪を被せるつもりだったなら、私も本気で潰していただろう。


 でもクレアを殺そうとした事を許した訳ではないので、あとで嫌がらせはさせて貰うがね……。


「それでこの二人の処分なんだが、現段階は保留だそうだ。彼らは『黄昏の砂漠』の情報を持っていると思われるが、カールの暗示を見るにイルダー伯爵も暗示がかけられていると見て間違い無い」

「貴重な参考人に死なれては困るからね」


 『黄昏の砂漠』。

 その単語に嫌な事を思い出した私は、つい顔をしかめてしまう。


「伯爵が暗示のせいで行動を起こしたかは不明なのだが、今回は事が事の為に暗示が解けるまでは暫く隠れていただき、表向き二人は実刑にて処分された事とするそうだ」

「生きてると知った奴らが殺しに来るかもしれないからね、その方が良いだろう。ただ良かったら二人をうちの家に預けて貰えないかな?」


 どうせ彼らには隠れる為の場所が必要になるだろう。

 それならばと、私は親切にとても良い提案をしてみる。


「王宮に残すわけにはいかないし、グレイもこの二人に思う所があるだろうから預ける事を認めるが、くれぐれも壊したりはしないでくれよ」

「殿下は私をなんだと思っているのかね?私は優しい男だからね、少しプライドをへし折るぐらいかな」


 訝しげにこちらを見る殿下にニコリと返事を返す。

 本来なら可愛いクレアを殺そうとしたこの二人は極刑にしたいところだったが、さらに可愛い私の妻に話をしたら怒られてしまった事を思い出し苦笑する。

 今回だけは可愛い妻の願いだから許してあげよう。


 人に甘いと言ってはいるが、どうも私は可愛い妻と、可愛い娘には特に甘いようだ。

 そのとき妻に言われた事を思い出し、ほくそ笑んでいると、殿下の咳払いが聞こえてきた。


「もう一つ、カールが倒れる直前に言っていたそうだが、暗示は商人によってかけられていたようだ」

「まだ捕まえられていないというあのド派手な商人の事かね」


 何故かあんなにも派手な格好なのに、いまだに尻尾を捕まえる事が出来ていないようだ。


「どうやら暗示によって、かなりの人数を動かしているのではないか、という話のようだ……」


 イルダーという商売相手が捕まってしまったのに、未だに国を出たと言う話は聞いていない。

 何か目的があってまだこの国に残っていると見て間違いない。それも暗示をかけている人間を増やし回っているようだ。


 一体目的はなんだ……?


「目的は今のところわかってないが……グレイ、この資料を見て貰えるか?少し気になっている事があって調べさせた」


 殿下から資料を受け取る。そこにはイルダー伯爵の領地で一昨年おきた、豪雨について事細かに書いてある資料だった。


「イルダー伯爵の領地はあのダンライン山脈がある地域で、豪雨はこの山脈付近で起きている。それも雲があっても無くても雨は降り続け、その為山崩れが至る所で起きたそうだ」

「雲がなくても、かい?」

「そうだ。変だろう?本来ならば雲がないと雨は降る事はあり得ない。ならばこう考えるべきだろう、あの雨は人工的に降らされたものだと……」


 ありえない事だと、私は少し表情を崩しその資料を読み込む。

 確かに毎日の雲の様子や、雨量など分かる範囲で事細かに書いてある。


 人工的であるという事は、そこには何か目的があるという事だ。

 そして何よりダンライン山脈の向こうには隣国である、カメリヤ王国がある。ダンライン山脈は簡単に越える事は出来ないが、可能性は充分考えられるだろう。


「では、殿下はあの豪雨はカメリヤ王国の仕業だというのかね?」

「いや、国まで絡んでいるかわからないが間違いなく『黄昏の砂漠』は絡んでいるに違いない。あんな人工的な雨は実際にあり得ないが、あの魔力増強剤があれば難なくやる事が出来るのだろう。その為にどれだけの人々が魔法を使えなくなったか考えるだけで、他国民とはいえ嫌になる」


 殿下はそう言いながら、椅子に深く腰掛けた。自分で言いつつ気分が悪くなったのかもしれない。


 元々あの国は奴隷制度がまだ残っている。

 そして奴隷でも魔力が弱い物ならばそれなりにいる為、魔力増強剤で無理やり酷使されていた可能性がある。


「他国とはいえやるせないな……だが、今は自国民の方が大切だ。このままではいずれ自国の戦力を徐々に削られ、カメリヤ王国と戦争に発展する可能性もある。早く国をまとめなくては……」


 ハロルド殿下も優しすぎる所が短所ではあるが、そう言った所を好ましいとも思っているところでもある。


「その為にはまず目の前のゴタゴタを片付けないといけないね。出来ればクレアの謹慎が解けるまでに、策を考えておくんだよ。それに今回は全部やるから手を出さないでくれと、ジラルド殿下にお願いしたのだろ?」

「む……兄上の名前は出さないでくれ!それにグレイに言われなくてもわかっている」


 兄であるジラルドの話題を出すと、恥ずかしいのか嫌がる所も昔から変わっていない。

 だからこそ、この不器用なお方を手伝いたいと思ってしまうのかもしれない。それでもいまだにクレアの事について許したくない自分がいて、つい悪戯に声に出してしまう。


「君は本当、変わらないね。でも私はクレアと婚約破棄した事、ずっと根に持つからね」

「それは……わかっている。だからいつまで恨まれても私は受け止めるつもりだし、何も説明をしなかった私が悪い」

「君は優しくて不器用だ。ちゃんと説明したらクレアだって理解してくれただろうに。だってあのとき、君は……」


 そう言おうとして、ある事を思い出してしまった。そして私はそのままハロルド殿下に口を開いた。


「先程殿下は商人が暗示をしている者だと?」

「あ、ああ」

「その商人は『黄昏の砂漠』に繋がっている者なのだな……?」


 嫌な予感に殿下の碧眼の瞳を見つめ、その言葉の続きを口に出した。


「あの日、婚約破棄の前に起きた事件を今考えると、暗示のような症状の者達が多数いたと思われる。もし、その事件にこの商人が関わっていたとしたら……?」


 その言葉に殿下が息を飲み、小さく声を溢した。


「まさか、狙いはクレアなのか……?」


 間違いないと目を閉じ、静かに頷く。

 その私の心には『黄昏の砂漠』に対する怒りと、別の事件だと考えが至らなかった事への憤りが渦巻いていた。


 ずっと勘違いさせられていたのだ。今回の狙いは私なのだと……でも本当は違ったのだ。

 きっとイルダーも、最初からクレアを殺す為にそそのかされていただけだ。こんなに周りくどい方法をとる商人、『黄昏の砂漠』は何が目的だと言うのか……。


 これについて今考えても仕方がない。商人を捕まえたらじっくり聞かせてもらうことにしよう。

 それよりも、今はクレアを殺させない為の最善策を考えなくてはならない。

 この目の前で少し泣きそうな顔をして、頭を悩ませている青年とともに……。


 そして私達は互いに顔を見合わせ、資料をもう一度最初から読み始めたのだった。

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