第64話 カールへの尋問(ヨシュア視点)
僕は何を見せられているのだろう。
というか何故ここに居合わせているのかもわからない。
「これはあなたの物ですね?」
「はい、そうです」
ハロルド殿下の前にいるジェッツが魔力増強剤を手にして、カールに尋問していた。
しかしカールの方はもう何もかも諦めたのか、何についても「私がやりました」としか言わなくてなっていた。
「ではこの指名手配書も貴方がばら撒いたのですか?」
紙を見て目を大きく開くと、顔を歪めながら俯く。少し間をおくと小さな声で呟いた。
「……俺が、やりました」
何もそれすらも自分のせいにしなくても、と僕は声を上げようか迷っていた。
そんな僕よりも早く、声を上げた人物がいた。
「それは嘘だな」
ジェッツの後ろで黙って見ていた、ハロルド殿下が声を上げたのだ。
足を組みその上に手を乗せている殿下は普段より威圧感が出ている。
「嘘ではありません。俺が、俺が……!」
「指名手配書がばら撒かれたのは、君が騎士になる前だ。君は入団試験を受ける直前まで、騎士になる為の士官学校に通っていたはず。確かあそこは寮生活で外部と接触を禁じられている筈だ。そうだなジェッツ」
「ええ、カールさんはとても優秀な生徒の為、確認させて貰いましたが外出等された痕跡は見つけられませんでした」
思わぬアリバイに顔面を蒼白にしたカールは、口をパクパクと動かし何か小声でいいつつ、ついに膝から崩れ落ちた。
「そんな……」
「カールさんはとても真面目で優秀、何より父のような立派な騎士を目指す為努力を惜しまない。そんなお方だったと士官学校の先生方は言っておりました。そんな貴方が変わらざるを得なかったのは、貴方の父親であるイルダー・ヘリンツ伯爵のせいですね?」
下を向いたままのカールは口を引き結び、そのまま黙秘を続けるのかと思った。
しかし手を強く握りしめると、ポツリポツリと話始めたのだった。
「父はとても騎士として誇り高く優しい人でした。だけど父は変わってしまった。全ては金の為だと!」
叫んだカールは、すぐに落ち着くと遠くを見つめながら数年前の話をし始めた。
「皆さんは知っていますか?一昨年我が領地で記録的豪雨が観測された事を」
「ヘリンツ伯爵の領地が豪雨に見舞われて大変な損害を出したのでしたね。国も少しは援助をしたはずですがこればかりは限度がありましたので……」
申し訳なさそうにジェッツは目を伏せた。
領地に援助を出せるのは、最低限生活できるように復旧するまでの期間であり、その後は領主に一任される。
そのため復興に失敗すると、多大な借金を負う領主は少なくない。
しかしそれは領主の能力が低いためだと思われ、そのまま運用が悪化すれば領地を国に返納しなくてはならなくなる。
因みに領地を返納するという事は爵位を返上または降格と言う扱いになるため、領主にとっては命取りにもなる。
「わかっています。父は領地民の為に全ての財産、そして借金をしてまで復興させようと頑張ったのです。ですが借金をしたせいで父は首が回らなくなってしまった。その結果父は知らない間に変な商人に金儲けの話があると騙されて、気づけばこんな事に……」
「イルダー伯爵と言えば、昔から優しすぎて騙されやすいと周りに言われていたそうだなしな」
ハロルド殿下がポツリと呟いた。
つまり人につけ込まれやすい性格だったのだろう。今までは騎士の誇りでどうにか生きてこれたのかも知れないが、自分の暮らし自体が傾いて藁にもすがる思いで飛びついた先があれだったと……。
「その通りですね。何故そのとき俺は父の元に居なかったのかと自分を責めました。自分を責めた結果もう父と一緒に全てを終わらせてしまおうと思ったのです」
「終わらせる、ですか?」
その言葉にジェッツがピクリと反応した。
目を細めているその顔は少し怒っているようにも見える。
「はい。魔力増強剤をヨシュアさんに勧め悪事を広めたり、副作用を知った上で自分で服用し自分の魔力を潰して、本当は全部父のせいだと言って共に死んでやろうかなんて考えていたんです」
「道連れ覚悟でやっていたと言う事ですね。でも貴方は先程イルダー伯爵に押し付けるのではなく、全部自分のせいだとおっしゃっていましたよね?」
淡々と答えるカールに意味がわからないと、ジェッツは首を振る。
その周りには怒りからか微かに雪が舞っていた。
「……言えませんでした。言おうと思っていたのに口からは言うことが出来ませんでした。どんなにダメな人間になってしまっても、俺にとって父は優しく誇り高い父だったんです!」
顔を歪め叫ぶカールの目元に雪が舞い落ちる。
その雪が溶けるより早く、止めどなく溢れ出る涙がその雪を押し流していく。
父が変わってしまった事を許せない自分と、それでも父に向ける憧れを捨てきれないカールの葛藤、これこそが彼自身を一番追い詰めたのかもしれない。
誰もが何も言えないまま、カールの嗚咽はやんでいた。そして少し落ち着いたのかゆっくりと立ち上がったカールはハロルド殿下に向き合っていた。
「きっと殿下ならば『黄昏の砂漠』についてまで調べていると思うのですが、私が知っている事を伝えます」
「黄昏の砂漠だと!」
突然でた名前に叫んだのはジェッツだったが、僕を含めた全員驚いた顔でカールを見ていた。
ただこのとき僕が驚いたのは周りとは違う理由だと思う。黄昏の砂漠がまさか本当に関わりがあるなんて思っていなかったのだ。
まさか本当に黄昏の砂漠が??
だってヤバい組織なんだよな……僕はこんな事にやはり関わりたくないんだが!?
そうとは言えど、もう片足を突っ込んでしまっているし、ハロルド殿下に救われた僕が今からやめますと言うことなんて出来ない。
僕は深呼吸して、なるべく関わらないように手助けしよう……と、目標を低めにする事にした。
そして僕の混乱も少し落ち着いた頃、周りのざわめきも丁度落ち着いたきていた。そしてカールは僕たちを見回して意を決意したかのように口を開いた。
「僕が知る限り今回『黄昏の砂漠』に関係がある人物は二人いました。まず入団試験でクレアさんを襲った男、そして私の父に接触した商人の……っぁ!」
「なっ!!!」
カールを見ていた者たちは皆同じように驚愕した。喋っていたはずのカールの口から血が溢れていたのだ。
他の人達が唖然と動けずにいる中、僕は倒れそうになったカールの元に咄嗟に駆け寄った。
「どうした!!」
「よ、ヨシュア、さん……!」
「そうだ!何があったかわからないが、今は喋るな!」
僕が動いた事で周りにいた人達がバタバタと動き出す。
医者を手配するもの、何処かからの攻撃では無いかと警戒するもの、騒々しいなかで僕はヨシュアだけを見つめていた。
「ヨシュア、さん……聞いて、ください。これは、暗示魔法です」
「くそ。喋るな!……暗示だと?それって僕が受けた……?」
「そう、です……俺は、喋っては、いけない言葉を、喋ったのでしょう……」
喋ったらいけないと言うのは、黄昏の砂漠の事か?
「暗示は、あの商人……っがは!」
「お、おいまた血が!!いいから喋るな!」
更に血を吐き出したカールに僕は戸惑いの声を上げる。
その間に搬送する準備が整ったのか担架が近くに下された。
「ヨシュア、カールさんをこちらへ!」
「ああ……!!」
俺はカールを急いで担架に乗せる。
乗せられたときには既に意識が無くなっていたのか目を閉じたまま、カールが運ばれていくのを僕は見えなくなるまで見守っていた。
最後に言ったカールの一言だけが頭の中に木霊していた。
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