第63話 ここは夢の中かしら??


 意識が朦朧になるなか、誰かが私の近くに来て抱きしめてくれている。


 怒りに荒れ狂う私の心はその暖かさに、少し落ち着いていく。まだ身体は動かないけど、その声がようやく聞こえてきた。


 でも私にはその声が現実のものかわからない。


「クレア様、もう大丈夫です。貴女の心配事は全部私が引き受けますから……もう安心して今はゆっくり落ち着いて下さい」


 誰?男の人の声……何処かで聞いた事がある優しい声。

 いやこれは夢?体が動かないし、そうなのかもしれないわね。

 そんな事を考えていると、また別の声が聞こえてきた。


「クレアを離して下さい。それにあなたは何者なのですか……?」


 この男の人の声も聞いた事がある気がする。

 でもこんな冷たい声を出す人はわからないわ。

 夢だものきっと知っている人同士が混ざっているのかもしれない。


「そんな事を言ったら君だってなんなんです?突然クレア様の前に現れて……いや今はそんな事言ってる場合じゃないですよね」


 そしてこれは夢のはずなのに、二人の男性は険悪なまま話が続いていく。


「……今は詮索はやめておきます。クレアを救いたいのは俺も同じですから。それにしてもクレアは倒れているのに、どうしてまだ暴走が止まってないのですか?」

「クレア様は倒れていますが、完全に意識が無いという訳ではないみたいです。ですからクレア様を助ける為に手伝って下さい。このままではクレア様の命に関わります」

「え、嘘ですよね……?」

「嘘ではありません。こちらに来て下さい」


 え!?夢なのに私死んじゃう夢を見ているの?

 なんだが他人事みたい。


「いいですか、クレア様も聞いて下さいね!」


 あ、はい。

 夢なのについ返事をしてしまった。だけどどうやら声は出せないようで、私の声は二人に届かない。


「今から私の魔力をクレア様の中に流します。そしてその魔力で暴走している力を抑え込みます。そのときとても負荷がかかりますが我慢して下さいね。なのでもしクレア様が暴れたら、貴方がクレア様を押さえて下さい」

「仕方ないな……。クレア済まないが少し我慢してくれ!」


 え?え?どう言う…………ぐっ!何?左目が、いっ……痛い……!


 突然の痛みに私は動けないはずの体をジタバタと動かそうとしたが、押さえつけられている為なのか全く動かない。


 夢なのに何故こんな苦しい思いをしないといけないの!?


「クレア様もう少しです!頑張って下さい!!」

「クレア、魔力に負けるな!」


 応援してくれるのは嬉しいけど、ずっと左目の痛みは止まらない。


 その痛みに飲み込まれるように、少しずつさらに深い眠りに落ち着いくのがわかった。

 夢の中なのにさらに寝るなんて、どれだけ私は眠いのかしら。

 そんな事を考えながら私は意識を本当に手放していた。







 そしてまた夢をみた。


 ハロルド殿下が舞踏会で陰口を叩かれている夢だった。私はそこに居るはずなのに、ただ見ていることしか出来ない。

 殿下は陰口を言われているのをわかっていながらも、全員に和かに話しかけていた。


 私はそんな姿を見たかったわけじゃ無い。


 確かに婚約破棄をしたのはハロルド殿下だし、貴族からの評判はガタ落ちだろう。

 きっと周りから自業自得だと言われているに違いない。

 でも私は、本当にそんな殿下を見たくは無かった。


 殿下には新しい婚約者と幸せに過ごしてくれればいいと思っていただけなのだ。

 きっとこのままでは新しい婚約者であるリリー様も、周りから陰口を叩かれるようになるだろう。


 そんな未来はいや!私は絶対に認めないわ!!


 折角私は吹っ切れて自由にやりたい事、なりたかった自分になれたのに、ハロルド殿下はずっと後ろ指を刺され続けるのだ。


 ならば私がその未来を阻止すればいいの。

 …………どうやって?


 その問いかけに、誰かがニヤリと呟いた。


 簡単なこと、今まで通りハロルド殿下の近衛を目指せばいいのですわ。

 そして騎士になった後に、こう周りにお話しするんですの。

 騎士になりたかった事を知っていた殿下は、私の為に婚約を破棄してくれた。

 と、そうすれば殿下は後ろ指を指されずにすみますわ。


 そう微笑んだその人の姿はもう見えない。

 でも私はそんなことどうでもよかった。だって気持ちは吹っ切れていたのだから。


 なんだ、悩む事は何もなかったのよ。

 私は私の思った通りに進む、ただそれだけでいいんだわ。

 近衛騎士を目指していつも通り頑張るわ!!


 視界が明るく開けた私は、悩みが全て吹っ切れて腕を天に突き上げだ。








「いたっ!」


 手が誰かに当たった気がした。

 私はゆっくりと目を開ける。この天井は見覚えがある。騎士団の医務室だ。

 そして声がした方に目を向ける。


「うぅ。クレア……酷いじゃないか」


 そのこには鼻を押さえながら、文句を言っているライズの姿があった。

 どうやら伸ばした手はライズの鼻に当たったみたいだ。


「ライズ……あれ?私はどうして……」

「クレアはカールとの演習試験中に魔力暴走を起こしたんだよ」


 そう言われてみれば、確かに戦っていたような気がしてくる。

 そう思っていると、ライズがこちらをじっと見つめている事に気がついた。もしかして寝起きだからヨダレがついていたりするのだろうか……?


「えっと、ライズ……私の顔に何かついてる?」

「いや、ごめん。クレアの左目が気になって……」

「左目?」

「凄く真っ赤だけど大丈夫?」


 言われて先ほど感じた痛みを思い出す。


 もしかして、あれは夢じゃなかった?

 だとしたらあのときあそこにいたのは一体誰?


「大丈夫。前も左目が赤くなった事があるけど、他に影響はなかったから。それより、ライズが助けてくれたの?」

「いや俺は倒れたクレアをここに運んで来ただけだから……」


 目を伏せるライズに、ならばあれは誰だったのだろかと首を傾げる。

 でも運んでくれたのはライズなのだ。御礼はちゃんと言わないと。


「ライズ、ここまで運んでくれてありがとう」

「いや、俺はそれしか出来なかったから……」

「そんなふうに言わないでよ。私が助かったといったら助かったの、わかった!?」

「わかった、わかったから服を掴まないで!」

 

 どうやら無意識に服を掴んでいたようだ。でもライズがわかってくれたのならそれでいい。

 ライズは引っ張られた服をなおすと、口を開いた。


「それにしてもクレアの魔力暴走は凄いね。あんな規模の暴走見たことないよ。やっぱり魔力量が多いって事はいい事ばかりじゃないんだね」

「そうよ……」


 今まで何度も言われてきた言葉に、私は耳を塞ぎたくなっていた。魔力暴走を見た後、大抵の人達は皆同じように言うのだ。


 ─── あれは、存在が災害だ。


 そして何処かに隔離すべきだと、何度も言われてきた。

 だからライズに同じような事を言われたらどうしようかと、私はライズの顔を見れないでいた。


「でも、俺はクレアが全部悪いとは思わないから」


 その言葉に私は顔を上げる。


「……ライズは私が怖くないの?」

「クレアが怖い?そんなわけ無いじゃないか」


 ライズは私の手を取り優しく微笑んだ。


「俺はどんなクレアも、友達だって胸を張って言えるよ」

 

 その言葉に私は息が詰まる。

 だって私の魔力暴走はいつもこうなのだ。

 だから相手に怪我をさせたくないと、今まで友達を作った事はなかった。


 こんな私の欲しい言葉を言ってくれる人が現れるなんて思ってなかったから。

 だから私は少し泣きそうになるのを堪えて、ライズに笑顔を向けた。


「ありがとう。私にとってライズは最高の友達だよ」

「やっぱりクレアは笑顔の方が似合うよ」

「なにそれ、またからかって」


 顔を見合わせて、互いに笑い合う。

 気が済むまで笑い合うと、ライズは私から手を離した。

 

「これからの事を考えて、俺もクレアの暴走に慣れるようにならないとね」

「え、慣れる?」

「うん。あのときハロルド近衛隊の人達が偶然いたみたいで、凄く慣れた感じで救助していたから」


 確かに私の魔力暴走が酷いのは間違いないが、何度も暴走を目にしているハロルド近衛隊の人達は、攻略法があるのか慣れれば全然大丈夫だと、普通にいつも私を助けてくれていた。


「だからといって、ライズまで慣れようとしなくてもいいんじゃない……?」

「でも俺はクレアの友達として、それぐらい出来るようになりたいんだ」


 真剣な瞳で私を見つめるライズに、どこかで喜んでいる自分がいた。

 だから今言える言葉を顔を見えないように、俯きながら呟く。


「……ありがとう」


 なんだかとても恥ずかしくて、きっと顔は真っ赤になっていたかもしれない。そんな顔は絶対にライズに見せられない。


 それに何故だかさっきから胸がドキドキするわ。

 これは友達に感じる気持ちなのかしら?

 もしかしてそれ以上の……。

 

 でも今の私は、その感情を理解したくなかった。

 だからそんな気持ちは捨てようと、私は話題を変える事にしたのだ。


「そういえば、その……怪我人って沢山いるの?」


 先程ライズは、ハロルド近衛隊が救助活動をしていると言っていた。つまり怪我人が出ている可能性があるという事だ。


「怪我人は13人いたみたい。今回はわりと規模が大きかったにしては少ないって言ってたよ。これもハロルド近衛隊の人達が救助を手伝ったおかげらしいね」


 ハロルド近衛隊には私の暴走を何度も止めて貰っだ事がある。それでも今回はいつもよりも酷かったようなので心配だった。


「怪我をした人達に申し訳ないわ……」

「でも一番重症なのはヨシュアだよ?」

「ヨシュア!?」

「何でも無理してカールって人を連れ戻しに言ったとか何とか……皆が仲間思いの良いやつだなって、話題になっていたからね」


 ヨシュア……カールを捕まえる為に相当な無理をしたのかしら?

 なんだか申し訳なさすぎるので、今度あったら私からご馳走する事にしましょう。


「それで言いにくいんだけど、クレアの処分が決まったよ……」


 もちろん処分はあるだろうと思っていた。

 自分で見ていないから分からないけど、今回はそれなりの規模でやらかしている筈だもの。


 言いづらそうにしているライズに、これは相当重い処分なのだろうと、私は最悪除隊も視野に入れてライズを見つめる。



「クレアの謹慎が決まったんだ」

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