第61話 それだけは許せません!


 今日は第二回能力診断演習の日である。

 多分演習は今回が最後になるだろう。


 この演習の出来によってハロルド殿下の近衛になれるかどうか左右されるはずだ。

 

 ─── 絶対に負けるわけにはいかない。


 私の出番は今日の最後だ。

 今戦っているヨシュアを見ながら私は気持ちを落ち着かせる。


 どうやらヨシュアは楽勝みたいね。まあ私と同等の強さだからそう簡単には負けるとは思っていなかったけど……。

 そういえばヨシュアは騎士団の何処に配属願いを出すのかしら?


 ヨシュアが騎士団に入った理由を思い出そうにも、私のせいで入った事ぐらいしかわからない。多分私より良いところに配属されれば何処でもいいなんて言いそうだなと、考えていると前から声をかけられた。


「何ぼーっとしてんだ。もうすぐお前の番なんだぞ。わかってるのか?」


 いつのまにいたのか、ヨシュアが眉を寄せて少し心配そうにこちらを見ていた。


「あれ、いつのまに勝ったの?」

「お前は僕の華麗な勝利を見ていなかったのか!?それはもう圧勝で……ってそんな話をしてる場合じゃない!」


 その勢いでガシッとヨシュアに肩を掴まれる。

 勝ったのが嬉しいのはわかるがそんなに強く掴まれたら肩が痛い。

 離して欲しいのに、ヨシュアはさらに顔近づけると、私にしか聞こえない声で話しかけてきた。


「さっきも説明したが、カールは完全に黒だ。多分あいつも、もう後が無いのをわかった上でクレアに勝負を挑んでくるだろう。もしかしたら暗示魔法を使ってくるかもしれない」

「暗示魔法?」


 聴き慣れない言葉に私は首を傾げる。


「僕はこの間までかけられていたみたいなんだ。そのせいでクレアには迷惑をかけたと思っている。わるかった」


 頭を下げるヨシュアが言うぐらいなのだ。きっと本当にその暗示魔法と言うものはあるのだろう。


「もう謝らないで。よくわからないけど、相手の言動には充分注意するから!」

「いやクレアはわかってるのか、あいつは何をしでかすかわからないんだぞ!本当に気を付けろよ」


 何度も念を押すように、気を付けろと言うヨシュアに何度もわかったと伝える。

 なんだか、ヨシュアも保護者通り越して過保護になってきたわね……。


「それと、もしかしたら魔力増強剤を使用してくるかも知れない。その事についても伝えておきたい事がある」


 内容を聞こうとヨシュアを見つめると同時に、私とカールへ集合の声がかかった。


「聞きたいのだけど、時間が……」

「試合には多分影響が無い事だから終わった後に話す。だから早く終わらせてこい!今日終わったら僕が奢ってやっても良いぞ」

「え、本当!?わかったわ!今の言葉絶対忘れないでよ!!」


 ヨシュアの言葉で私のやる気は倍に膨れ上がる。いつもいつもご飯に釣られる所はどうしようもないのである。






「クレアさん、今日はよろしくお願いしますね」


 目の前には黒目黒髪の少し地味な男が和かに立っている。今日の対戦相手はカールである。

 私はこの男に見覚えがあった。

 ヨシュアとの決闘直前に、私の背中に付いている汚れを払ってくれた親切な人だ。


 何故あのとき親切な人だと思ってしまったのか……今思えばきっとあのとき魔法封じを仕掛けられたに違いないのに!

 そしてさらにこの男が、ヨシュアを嵌めようとした人物なのだ。


「カールさん、こちらこそよろしくお願いします」


 カールに負けじと私もニコニコと返事を返す。そして審判が始まりの合図を鳴らした。


 いつも通り風の補助魔法をかけ、様子を見る。

 合図がなったと言うのに、カールは構える事もせず佇んでいる。その姿に私は構えたまま動けない。


 これは心理戦?動いた方が負けかもしれない。

 とにかく、仕掛けてくるまで様子を見ないと。



「クレアさん、少し話をしましょう」

「今は試合中よ?」

「試合をしながら話してはいけないと言うルールはないですよ?」


 その言葉に私は口を閉ざす。相手の挑発に乗って手を出してしまったら私は負ける可能性がある。


「そうですね……一つ聞きたいのですが、クレアさんはハロルド殿下の事を恨んでらっしゃいますか?」


 突然の質問に私は目を見開く。

 今すぐ剣を振りたいのを震えつつも我慢し、誤魔化すように声を張り上げた。


「……あなたに答える義理はないわ!」

「ははは、顔色が変わりましたね!やはりクレアさんはハロルド殿下に何かしらの思いがあるようですか……では本当にハロルド殿下に復讐をされる為に騎士になったのですか?」


 審判に聞こえない距離だからと言って、言っていい事と悪い事がある。

 流石の私も動かずにはいられないと、怒りの余り相手の元に飛び出していた。


「私はあの方を守る為に来たのに!!何故皆そう言うの!!!」


 カールは私の剣を軽々と受け止めて、楽しそうに笑っている。

 剣術は補助魔法を使っている私と同等、いや私以上かもしれない。


「ははは……!クレアさんはそっちなんですね。まあ俺にはもう関係ないですけど!」

「なっ!!」


 気がついたときには、目の前のカールが土人形になり変わっており、私の片手は剣ごと土人形に囚われていた。


 やってしまった……怒りのあまり簡単に罠に嵌ってしまうなんて!!

 でもこんな精密な魔法を練る事なんて簡単な事じゃない……きっとこれは魔力増強剤の力だ。


 私は口を噛み締めカールの次の攻撃に備える。

 しかしすぐに攻撃してこないカールは私をニコリと見ると、楽しそうに話し始めた。


「そうだ!挑発作戦も上手くいったので、最後に良い事を教えてあげましょう」


 最後という言葉に、カールがこのまま私を殺すつもりだという事を理解した。

 だというのに私の身体は沸騰するように熱くなり、周りには風が強く吹いている。その風で拘束は全く外れる事はないが、その風は怒りに任せてどんどん強くなっている気がした。


「ハロルド殿下ってクレアさんと婚約を破棄した後、何て言われているか知ってます?」

「殿下の話はやめてください……」


 心臓がドクドクと強く脈打つ。


 これ以上話を聞いてはいけないと、耳を塞ごうにも片手が動けない為片方の耳しか防げない。

 その為、その言葉ははっきりと聞こえてしまった。



「『落ちこぼれ王子』って呼ばれてるんです」


 

 一瞬時が止まった。


 何故、どうして……と口は動いたが、その言葉は声として出る事は無かった。

 ただただ悲しみに視界が真っ白に染まる。


「元から勉学も剣術もあんまりぱっとしなかったのに、更にクレアさんと婚約破棄なんてするものだから、尾びれがつきまくって殿下の人気は地まで落ちていますからね。よかったですね、最後に良い事が聞けて……!!」


 こちらを向いたカールが私を見て息を呑んだ。

 きっとそれは私ではなく、私の周りを渦巻く竜巻達に対してだったのだろう。それは怒りのままに強く渦巻き、唸りながらも私を包んでいく。


 この風は私でも、もう止める事は出来ない。

 でも、これだけは言わないと気がすまなかった。


「……ハロルド殿下の悪口は、許せない!!!」


 叫ぶと同時に竜巻はカールを巻き込み、あたり一面を砂嵐に変えていく。

 その様子をぼーっと見つめながら、私は頭を押さえ地面にぺたりと座り込んだ。


 周りの音はもう聞こえない。

 ただ嫌悪感だけが私を支配していた。



 ああ。何故、どうして!!

 どうしてこうなってしまったの!?



 ハロルド殿下は何も出来ない落ちこぼれなんかじゃない。発想力と観察眼、そして何よりどの王子達よりも優しい心を持っていたお方なのに……。

 あの日教会で子供たちと遊びながら、誰よりも優しく微笑む姿が目に焼き付いて離れない。


 婚約破棄だって、理由があっての事だと理解しているつもりよ。だからゴリラは関係ないのよ多分……。

 それに優しすぎるからこそ一人で背負ってしまいいつも勘違いされてしまう。



 ─── そんなのは嫌!!



 その想いと共に風は更に強くなり、私の意識も一緒に遠のいていく。


 混濁する意識のなか、何処かで私の名前を呼ぶ声が聞こえた気がした。

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