第60話 ある組織(ヨシュア視点)
セーラの部屋から鏡を借りてハロルド殿下の執務室にたどり着いた俺は、困り顔のジェッツと顔を見合わせていた。
「すまない。せっかく来てくれたのに、ハロルド殿下がこの状態では……」
ジェッツの視線の先、ハロルド殿下は何かに取り憑かれたかのように、紙にペンを走らせている。
「あの、あれは……?」
「あれは殿下の発作が出たときの対処方だ」
発作と言うのはこの間見た、あの怯えながらぶつぶつと何かを呟いていた状況の事だろうか。
あれは確かに異常だったが、だからといってあの状態からどうやったらああなるのだろう。
「それであれは何を書かれているのだ?」
「それは……すまないがそれだけは言えない」
「いや、僕もそこまで踏み込むつもりじゃなかった!すまない」
「このままでは話が進まないな。とりあえず話を聞こう」
視線をこちらに戻したジェッツは僕の持っている手鏡を確認した。
「その鏡……完成したんだな」
「そうだ。それでこれを見てほしい」
僕はまたあの時のように、記憶を思い出す。
すると、先程と同じように鏡に男が映し出される。
「この男は……カール・ヘリンツだな」
「知っていたのか?と言う事はイルダー・ヘリンツ伯爵の事も?」
「ああその通りだ」
と言う事は、既に犯人は特定されていたのか。
「クレアがスカーレット家から出た事で、慌てたのか大分証拠を残してくれてな……」
「成る程。クレアが勘当された事は無駄じゃ無かったんだな。犯人を特定出来たのに何故まだ捕まえてないんだ?」
「物的証拠を捕まえてない」
「ということは殿下達は、今度行われるクレアとカールの試合を待ってるって事か?」
「その通りさ……クレアには悪いが、囮になって貰う」
まあ、あいつの事だからカールぐらいに殺されたりはしないだろう。
それより気になるのは、犯人をもう追い詰めたも同然なのにこいつの顔が暗いことだ。
「もうすぐ終わるって言うのになんでそんなに暗いんだ?」
言われたジェッツは自分で気付いていなかったのか、手を頬に当てて上下に動かし顔をしかめるとため息をついた。
「僕は顔に出てしまうのがいけない……今回の事件犯人の後ろに、ある組織がいる可能性があると言われているんだ」
「組織?」
「その組織の名前は『黄昏の砂漠』隣国であるカメリヤ王国を拠点とするかなり大きい組織だ」
カメリヤ王国といえば、この国の絶壁と言われているダンライン山脈を越えた先にある為、ほぼ国交のない国だ。
確か何代か前にお姫様がそちらに迎え入れられて以降、式典があるときぐらいしか関わる事が無い。ようは全く情報がない国と言える。
「それでその組織は何をしているんだ?」
「……それが全くわからないんだ。義賊とも、暗殺集団だとも、信仰宗教とも言われている。裏ではカメリヤ王国と繋がっているのではないかとも言われている危険な集団だ」
「と言う事は、カメリヤ王国がこちらに何かを仕掛けてきているとも考えられる訳か?」
「可能性としては……」
これは大事に巻き込まれてしまったかもしれない。と、僕は頭を抱えたくなる。
「ただ今回の事件で、その『黄昏の砂漠』との繋がりは全く得られなかった。多分だがイルダー伯爵と、繋がっていた商人は完全に足切りにされたんだと思われている」
「成る程……イルダー伯爵はうまい話にのってしまった馬鹿な人だったと言うわけだな」
馬鹿な人だからこそ、金に目が眩みこんなに容易く魔力増強剤を流行らす事が出来てしまったのかも知れないが……。
「それだけではない。魔力増強剤の効果をヨシュアは知っているか?」
「いや僕は知らないが、禁止薬物に入ると言う事は副作用があるのだろう?」
「ああ、あの魔力増強剤は飲めば飲むほど魔力量が減って行き、最終的には魔法が使えなくなってしまう」
「なんだって?」
それはつまり、魔法を使える人間を減らす事を目的として作られた薬という事だ。
もしそれが気づかれずに、この国に出回っていたらと思うととても恐ろしい。
この国にとって今や、魔法使いや、魔法騎士はとても重要な戦力なのだから。
「先に広まったのが城下街の魔力の低い者達だったからこそ気がつけた。これが騎士内で最初にばら撒かれていたらこの国は終わっていたかもしれない」
「そう考えるとぞっとする話だな……でもだからこそ、その組織は騎士団にいるイルダー伯爵に目を付けたのか。本当は騎士団で使って貰おうと思っていたんだろうな。しかしイルダー伯爵は違法な物を騎士団にばら撒くとすぐに疑われるとでも思ったのか、市民にばら撒くことで金儲けをしようと企んだわけか……」
ジェッツが僕の見解に頷くのを見ると、全く同じ結論に至っていたのだろう。
そしてジェッツは付け加えるように話し始めた。
「初手で組織の構想からズレた、この時点ですぐに組織は手を引いたのだろうな。そのタイミングと同じ時期に、僕達はあの絶壁を超える集団がいると情報を得たんだ。その集団は山吹色の腰布をつけて、朱色のターバンをしていたと言う。その特徴はまさしく『黄昏の砂漠』だった」
「でもそいつらは今回の事件に関わった証拠が無いんだろ?」
僕の問いにジェッツは顔をしかめつつ、手を強く握りしめた。
「唯一の関係者と思われた紫髪の男も亡くなってしまったからな……奴らはどうも証拠を消すのが上手いのだと僕は思っている。だから今回の話は可能性の一つだと言う事を頭に入れておいてくれ」
その瞳からは信じるか信じないかはお前次第だと言われた気がした。
だから僕はとりあえず頷いておいたが、本心としてはもうこれ以上関わりたくなかった。
話は終わりだと肩の力を抜いたジェッツは、改めてハロルド殿下をみてさらに眉間にシワを寄せた。
「ジェッツ。お前も大変なんだな」
「いや、そんな事は……それよりも明後日の演習ではクレアの事くれぐれも頼んだぞ」
「ああ」
その後僕達の会話は途切れ、二人で一心不乱に何かを書くハロルド殿下を暫く見つめていた。
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