第59話 暗示魔術(ヨシュア時点)


「暗示魔術だと……?」

「いつからか分からないが、このときにはすでに暗示にかかっておるし、その場所に誘い込まれておる」

「そんな……いつからだ?」



 僕は入団してからの事を色々思い出していた。

 確かにあのときの僕の行動は何処かからおかしい。

 何故あのときのクレアに、あんなネチネチとした嫌がらせをしていたのだろう。

 今の僕なら正々堂々正面から言い合うと思う。


「さあ?それはわからぬが、その暗示だいぶ弱っておるし、それを解く事なら私でも出来るぞ!」

「ほ、本当か!解けばこのモヤは取れるのか?」

「おそらくだがな」


 そういうと、セーラは鏡を手にして何かブツブツと呟き出した。多分呪文?とかそんなところなのだろう。

 そして呪文も佳境に入ったのか、僕の前に鏡を掲げ叫んだ。



「聖なる光で照らしたまえ!!!」


 声とともに鏡が激しく明滅する。

 眩しさに目を押さえつつ、その鏡は他の事にも使えるのかと感心していると、何故か僕の体に何か液体がかかった気がした。


 暫くすると鏡の光は収まっており、目も少しずつ慣れてきていた。

 そして、僕はそのとき初めて僕の体が真っ青になっている事に気がついた。


「何なんだー!!!!」


 そして僕はまた気を失ってしまった。





 気がついたときには僕はソファーに横になっていて、体の色も元どおりにもどっていた。

 前回は目を覚ましても治ってなかった事を考えると、セーラは少しは前の事を反省してくれたのかもしれない。そう思いつつ、とりあえず体を起こした。


「やっと起きたか、軟弱め」

「あんなの誰が見たって驚くだろうが!それより、暗示魔法は解けたのか?」

「気になるなら鏡を見て見るがよい。その鏡には色んな効果を付け足したからな!状態異常は、何でもわかるぞ!」

「そんな機能付けてるから余計に時間がかかったんだろう!?まあ、今回はそれに救われたから許してやる」


 そういいつつ、僕はまた鏡に向かって同じ場面を思い出していた。

 そこにはハッキリと、姿が映し出されていた。



 ──── やはり、カールだったか。


 僕に錠剤を渡す男は短髪の黒髪黒目の一見地味な男、カール・ヘリンツで間違いない。

 きっとこいつが僕に暗示をかけ、カールの存在を曖昧な者に認識させた上に、魔力増強剤に関する罪を押し付けようとした本人だ。


「セーラ、凄くよく見える。これは大成功だ!」

「ふふん。私が作ったのだからな、当たり前だ。もっと褒めてくれても良いのだぞ!」


 自慢げに言うセーラを褒めるのは釈だったが助かったのは事実だ。


 だからこのときの僕は、頭のおかしいこの女が褒められて照れるような、違う一面をみて笑ってやろうと閃いた事があった。


 先程クレアには軽く流されてしまったが、セーラならもしかしたら恥じらうなどしてくれるかもしれないと期待を込めて……。


「セーラ、君はとても凄い才能を持っている事がわかった。それでだが、君は婚期遅れで困っていると聞いた。だからもし貰い手が見つからなかったら僕がお嫁に貰ってやってもいいぞ!」

「………………」

「せ、セーラ…さん?」


 自信満々に言ったものの、婚期遅れとか言ってしまってはセーラを怒らせてしまったかもしれない。

 僕は恐る恐るセーラを見た。


「…………へ?」


 その顔は真っ赤だった。

 予想通り恥じらってくれたのは良いがこの反応は良からぬ予感がする。


「せ、セーラさん今のはじょうだ」

「冗談なんて言ったら本気でぶちのめす!」

「ひぇっ!!」

「私初めてプロポーズなんて受けました」


 両手を頬に当てて恥ずかしがるセーラは今までとは打って変わって可愛らしく見える。

 見えるのは良いのだけど、なんだか背筋に嫌な汗がずっと流れているのは何故だろう。


「もし、ヨシュアが騎士団の部隊長に上り詰めたときにまだ私の事を思っててくれるんだったら、その結婚お受けします!!」


 いやちょっと待て!

 今更冗談なんて言えないし、それよりその高望みな条件は何なんだ!!いやこれはジョークなのかもしれないし、僕ではどうせ隊長なんかにはなれないからきっと大丈夫だろう。


 そう考えて、とりあえずここは適当に乗り切ればいいかと考えた。

 今回の事が終わればこの女と会う事はもう無いはずなのだ。


「わかった。もし、もしだぞ!もし、そんな事になったらお前を迎えにきてやる!」

「よーし、じゃあこれからもよろしくお願いします!」


 ん?今これからもと言われたが気のせいだろう。

 僕はもうここに用なんてないのだから。


 そして僕は手鏡を手に、この部屋を即座に後にした。この後はハロルド殿下に報告に行かなくてはならないため時間がないのだ。

 


 だから部屋を出た後、扉から熱い視線が注がれている事に僕は気づく事はなかった。

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