第58話 記憶を見る鏡(ヨシュア視点)
目の前から勢いよく居なくなった馬鹿女を見送った僕は、色んな意味で頭を抱えていた。
落ち込んでいると思ったのに全然落ち込んでないし、僕が一晩かけて必死に励まそうとプロポーズ的な事まで言ったのに簡単に投げ捨てるし、命を狙われているのを知っていても、あんなに自分の命に興味が無さそうなのは一体何なんだ!!!!
しかも勝手に犯人に狙われて、勝手に犯人を見つけるあいつの無駄な行動力……。あれは殿下達も警戒するだろうよ。
きっと婚約者だった頃も同じような事が何度もあったに違いない。
ハロルド殿下もお可哀想に……。
とか言っている場合ではなかった。
僕は今日、例の鏡の試作品が出来たから見にこいと言われていたのだった。
このタイミングで出来上がるとは丁度いい。これで僕に魔力増強剤を渡したのがカールかどうか確認する事ができるからな。
そう思いつつ、僕は王宮の横に併設されている。宮廷魔術士が集められている塔へと来ていた。
通称『魔女の巣』男性がいない訳では無いのだが、何故かそう呼ばれている。僕も行ってみて初めて意味がわかったほどだ。
「ヨシュア、来るのが遅い。私を待たせるとはいい度胸だ!それより見ろこの鏡!!!反射に光沢、色、艶、どれをとっても素晴らしい出来だと思わないか!?まだ使って見ては無いのだが見ているだけでウットリしてしまうだろ?」
その研究室の扉を開けると、僕に気がついた黒髪の女は真っ黒な目を僕に向け、ひたすら話し続ける。その様子にまだ慣れる事の出来ない僕は、圧倒されて動く事が出来ないでいた。
なにより信じられないのが、目の前にいる女性はこの研究室の主である、セーラ・モントだ。
この塔の女性魔術士は大体がこんな感じで頭がおかしい。その為出来た名が魔女の巣である。
「何をそこに突っ立っておる?さあ、早くこちらに座るがよい!」
「やめろ、僕に触れるな!手を引っ張ろうとするな!!」
「何をそんなに嫌がっておるのだ?」
「おまえ、前回僕に何をしたのか忘れたのか?」
あれは初めて会ったときだ、不意に触れられた手が何故か真っ青になっていたことがあったのだ。
そのせいで僕は一回気を失ってしまうという恥をかいている。
だからもう二度とこの女に、何処も触れさせないと決めているのだ!
「前は研究中であったから仕方がないが、今は何もしておらぬので安心しろ!」
「できるか!!それより、鏡を試させろ!僕の手持ちの財産全部出費したんだからな。これで失敗してたら許せんぞ……」
セーラから手鏡を受け取り、とりあえず椅子に座る。勿論セーラから距離をとる事も忘れない。
「それで使い方は?」
「お前が思い出したい場面を思い浮かべろ。それだけでよい」
本当にそれだけで思い出せない記憶を見せてくれる事が出来るのだろうか?僕は心配になりつつも、鏡を見た。
その鏡には今の僕が写ってていて、何処からどう見てもただの鏡に見える。
とりあえずあの日の事を思い出そうと、僕はあの日何があったのか思い出していた。
確かあの日はクレアと決闘をする前日だった。
僕は訓練場を後にしてシャワーでも浴びようかと更衣室に向かっていた所だった。
確かそのときだ、そいつに話しかけられたのは……。
「ヨシュアさん」
「お前は同じ班の……?」
「そうです。ヨシュアさんはクレアさんとの試合、絶対に勝ちたいですよね?」
「当たり前だろ!!あいつをギャフンと言わせなければ、父上に申し訳ない……」
このときの僕はクレアに勝つ事で父に認められようと必死になっていて、周りが全く見えていなかった。
だから目の前に提示された甘い言葉に簡単に騙されたのだ。
「そうでしょう?でしたら、この魔力増強剤を是非使ってみて下さい」
「魔力増強剤だと?」
「安心して下さい。これはちゃんと市販で売られているものですし、その中でも特に効果の高い物なんですよ。うちのお得意の商人がよく家に回してくれるので、よかったらヨシュアさんも使って見て下さい」
「だが、そんなもので勝てたとしても……」
「大丈夫です。誰も居ないところでひっそり飲めば誰も気がつきませんし、これならクレアさんにだって圧倒的な強さで勝つ事が出来ますよ」
「…………」
悩む僕に無理やり瓶を持たせて男は去って行った。
確かそんな感じだったと、鏡を見ると確かにあのときのシーンがそのまま映し出されている。
そして相手の男をしっかり見ようとするも、どうもボヤけてしまっている。
「おい、これ失敗だろ?」
「ええ!?そんなわけがない、どれ見せてみな!」
鏡の中は相変わらず相手の顔がぼけている。
変わらないその鏡に僕はため息をついていた。
今すぐ情報が欲しいのに……これでは間に合わない!
「あはははははは!!」
それなのに突然笑い出したセーラに、研究が失敗して頭がおかしくなったのかと、心配になってしまった。
「お、おい大丈夫か?」
「ははは、大丈夫じゃないのは君の方だよ」
「は?」
本当にこの女が何を言っているのか理解できない俺は、セーラを睨み付けていた。
笑うのをやめたセーラは、改めてこちらを見ると真面目な顔で言い放った。
「お前、暗示魔術にかかってるぞ」
僕は何を言われたか理解できず、セーラの言葉を繰り返し呟いた。
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