第51話 二人の人間(ロイ視点)


 クレアと別れた俺は今、ロイとしてミラルドの執務室にいた。

 先程クレアを抱きしめた感触がいまだ忘れられなくて、もう一度触れたくて幻想を抱きしめそうになる。


 俺はクレアの騎士になるなんて言っておきながら、本当はずっとずっと昔からクレアが好きだった。


 でも、それは叶う事はない。

 何故なら……。



「ミラルド、戻ってきたのか?」


 俺の思考を遮るように声をかけられた。

 そこにいたのは、ハロルド殿下だった。

 しかもロイの姿をしている俺を見て、ハロルド殿下は普通に俺の名前を呼んだのだ。


「ハロルド殿下、ノックもなしにいきなり入ってこないでください。それに入室禁止の札を貼ってあったの見なかったのですか?」

「す、すまない……ミラルドにすぐに確認したいことがあったんだ」


 再び俺をミラルドと呼ぶハロルド殿下に、俺はため息をついて文句を言う。


「いつも言ってますけど、この姿のときはミラルドではなく、ロイと呼んで下さい」

「そ、そういわれても僕には幻術なのかわからないのだが……」


 ハロルド殿下の言う通り俺は幻術を使って、ミラルドとロイという二人の人間を作り出していた。

 幻術はミラルドの方であり、だから今の姿は幻術ではない。

 そして唯一幻術が効かない相手なのが、兄弟であるジラルド兄上とハロルド兄上の二人だった。


「今は元の姿ですが、格好で察してください」

「相変わらずミラルドは無茶を言うんだな。でも今は二人しかいないんだ、いつものように話してくれ」

「まあ、そうですね……こんなことに時間は割いてられませんから。それに俺達は仲が悪いはずなので、兄上がここに長いするのはよくありませんからね」


 俺達兄弟は、仲が悪いフリをしている。

 それは全てジラルド兄上を玉座に押し上げるためだ……。


「そうだな。それで話というのはクレアの件についてなんだが……」

「ああ、それでしたら。俺、先程までクレアといましたよ?」

「は?」

「クレアと街を歩いてご飯を食べたりして、デート気分が味わえました。それと兄上達が隠したがっていたクレアの指名手配書も、俺は見せちゃいましたから」

「なんでまた、余計なことを……?」


 不思議そうな顔をするハロルド兄上に、俺は少しイラッとしてしまう。


「そうやってクレアに何も言わなかった結果が今なんですよ?兄上は本当に何も変わらないのですね」

「……そうかもしれないな」


 俺の一言にショボンとする兄上をみて、本当に心が弱い人だと頭が痛くなる。


「ああ、またすぐそうやって落ち込むのやめて下さい。わかってますよね?俺達には時間がないのですよ」

「そんなこと、わかっているさ。兄上の結婚式までに全てを終わらせないといけないからな」


 俺達の役目は、この腐った国の貴族達を洗い出す事。そのためにミラルドという名の腐った存在が必要だった。

 俺は腐った貴族を集めてボロを出すための装置であり、ハロルド兄上はその囮となること……。


 こうすることでジラルド兄上に危険が及ばないように二人で、腐った貴族を制御する事ができていた。

 その歯車は順調だったはずなのに、何故か最近は俺達の知らないところで騒ぎが起きすぎている。



「話を戻しますが、今日クレアのチラシを配ったと思われる貴族を確認しましたよ」

「誰だ?」

「騎士団第三部隊隊長イルダー・ヘリンツ伯爵みたいですね」

「また変わったところから出てきたものだな……」


 顔を顰めるハロルド兄上を見て、俺も考えてしまう。

 イルダー・へリンツ伯爵は誰派でもない。騎士としてとても厳格な人だったはずだ。

 その男が何のために、スカーレット家を陥れる必要があるのか全くわからない。


「イルダー・へリンツ伯爵は女性騎士をあまりよく思っていないという噂を聞いた事がある。スカーレット侯爵夫人を副団長の地位から蹴落としたかったのかもしれないな」

「ですが、わざわざクレアを殺してまでする必要はないはずです」

「何か裏があると言いたいのか?」

「そうです。裏に誰かいるのではないかと。だから俺も探りたかったのですが……」


 俺は暫くミラルドとして公務があるから、動く事が出来ない。


「お前が忙しいのはわかっている。そちらは僕に任せてくれ」

「……兄上、どうかクレアを守って下さい」

「ああ、いつも守られてばかりの僕が言うのはへんかもしれないが、最善を尽くすつもりだ」



 そう言って、ハロルド兄上は俺の執務室からそっと部屋を出たのだった。

 そして俺は自分の無力さを押し込めるように、隣の秘密の部屋に移動していた。


 そこには、子供の姿をしたクレアの大きな肖像画が一枚飾られていた。

 その肖像画を指でなぞりながら、俺は思う。

 

 君を守れるのなら、俺は君に嫌われる事も厭わない。

 だけど君を想う気持ちだけは、許してほしい。



 そう願いながら、俺はその肖像画にキスを落とした。

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