第50話 お父様に直撃しますよ!!
ロイさんと街へ出かけた帰り、私はその足で実家であるスカーレット家に帰って来ていた。
勿論お父様に用事があるからだ。
「お父様。お話があります!!」
書斎にいるというお父様に一直線で向かい、怒りに任せて扉を開け放つ。
「お帰り、私の可愛いクレア。それにしても久しぶりだと言うのに騒々しいね」
「お父様!お父様はこれを私に隠していましたよね!?」
机の上に、クシャクシャなままの紙を私は勢いよく叩きつける。
それなのにお父様は全く動じる事なく、ニコリとこちらに向いた。
「それがどうしたんだい?」
「何故隠していたのか知りたいのです」
「教えられないと言ったら?」
答えがそう返ってくるのは最初からわかっていた。でもここで引くわけにはいかない。
「確かに私はあまり頭が良くないです。でもお父様がわざわざ隠すと言うことは、何か理由あっての事だとわかっています。それにこの件には関わらないと約束します。だから私に話す事ができない理由を教えて下さい!」
瞳を一切逸らさず、真っ直ぐに見つめる。それなのにお父様の笑顔は変わる事がない。
「でもクレアは知らず知らずの間に勝手に首を突っ込むのだろう?今回のように……」
「いえ今回はたまたま……ってお父様!私が今日何をしていたのか知っているというのですか!?」
目の前のお父様はゆったりとコーヒーを口元に運ぶ。その沈黙は肯定と捉えていいという事だろう。
侯爵家当主が情報を知る手段なんて、きっといくらでもあるに違いない。
ならばここで問題なのは、お父様がどの程度の事まで知っているかだ。
間違いなくチラシの事は知っているのだ、きっと暗殺を受けた事もバレているかもしれない。
ならその後ろにいる首謀者も……?もしそうならすでに事件は解決している筈。
いえもしかしたら踊らせているだけという可能性もある……ならばそちらはお父様達に任せればいいでしょう。
問題は私を暗殺しようとした二人。もしそれがバレていたのならば、今日出会ったあの二人はすぐに粛清されてしまうかも知れない。
─── それだけは避けなくてはいけないわ!
あの二人はある種被害者なのだ。私達貴族のいざこざに巻き込んでいいはずがない。
手を強く握ると、私はここからが本題だと気持ちを改める。何故なら最初からこちらを聞いてもらう為にここに来たのだから。
「お父様の言いたいことはわかりました。あくまでも私に理由を教えてくださらないのですね。でしたら、私の話を聞いてください」
私はお父様を見ると余り得意ではない交渉をしようと、意を決して口を開いた。
「私は貴族の一員として苦しんでいる民の為に、救いの手を差し伸べたいと思っているのです」
「だいぶ話が変わったね、一体どんな心境の変化かな?」
そう言われるのは仕方ない。今までの私は城下街を出歩く事もない生活をしていたのだから。
でも知ってしまったからには放置することなんて私には出来なかった。
「お父様は知っていますか?魔力増強剤によって民が苦しめられている事を、何より今回の件は私達が事前に防ぐ事が出来たはずの事件です。それなのに後手に回る事で生活も出来ない者が増えている事を!」
「それで、クレアはどうしたいのだい?」
「私はその方々の補助を要請します!」
言い切る私を見て、お父様は初めて少し笑顔を崩していた。
「クレア、可愛い娘の願いはなんでも聞いて上げたいと思っているけど、今回はダメだよ」
「何故ですか!?」
「民を助けたいと言ったけど、本当はクレアを殺そうとした二人組を助けたいんだろ?」
やはりお父様は私を殺そうとした二人の事を知っていた。その事に唇を少し噛みそうになる。
「彼らは被害者です。私達の貴族に弄ばれて良い存在ではありません!」
「それはそうだろう。でもね、私は可愛い娘の命を奪おうとした者達を、許せる程甘い人間ではないのだよ。それに比べてクレアは自分自身を殺そうとした人物でさえも、救いの手を述べようとしてしまう。そこがクレアの良いところなんだけど、甘いところでもあるね」
自分が甘い人間だと言うのはわかっている。
でもそれだけじゃない。借金を追う羽目になった彼らは、事件が無ければ私を襲う必要もなかったはずなのだ。
きっと同じような人達は沢山いて、同じように私を襲うかもしれない。そしてまた粛清される。そして人々の怒りはいずれ貴族へと集まることになる。
まさしくこれは負の連鎖でしかないわ……。
きっとお父様なら他の方法を既に行っているのだろう。でも私には私のやり方、守りたいものがある。
一度伏せた目をお父様に再度向ける。その瞳は相変わらず和かだった。
「私が甘い人間なのは……わかっています。でも私は彼らを放ってはおけません。どうか私と取り引きをして下さい!」
「……取り引きかい?まあ、可愛い娘の為だ。聞くだけ聞いてあげよう」
この和かなお父様の顔を少しでも動かせたならきっと私の意見は通るだろう。
「お父様。私、スカーレット侯爵家の籍を抜けようと思います」
そのときのお父様の表情を、私は一生忘れないだろう。
こうして私、クレア・スカーレットは本当にただの騎士見習い、クレアとして生きる事を早くも決めたのだった。
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