第35話 変な勘違いはやめてください!


 私が一人で片付けさせられていた事が知れ渡った次の日、それはもう凄い勢いで見習い達は怒られた。


 しかしこんな大々的に怒られてしまったら、私が陰口したと言う事にされて、周りからの当たりが更に強くなる事は間違いない!

 それでも先輩騎士の怒りを抑える方法なんて分かるわけもなく、長い長いお説教はお昼近くまで続いたのだった。



 あまり訓練も出来ず、もうお昼ご飯の時間になってしまった。


 私はトボトボと食堂への道を歩いていた。

 王宮内で食堂は一つしかない。しかも騎士団の施設からは結構遠い為、お昼休憩時間内に食べなくてはならない見習い騎士達は、走るように先に行ってしまった。




「おい」


 もう誰もいないのを確認してゆっくり歩いていたのに、ふいに声をかけられて振り向く。

 そこにいたのは銀髪のロン毛を一つに結び、高飛車そうにニヤケ顔をこちらに向ける、藍色の三白眼と目があった。

 確か同じ班の……誰だっけ?


「お前僕のこと今誰だ?と思っただろう!?」

「よくわかったわね」


 パチクリと目を瞬かせ、素直に返事を返す。

 銀髪の男は鼻をふんと鳴らすと手を腰に当てながら胸をそらせ、意気揚々と名前を名乗った。



「僕の名前はヨシュア・フラーレン。由緒正しきフラーレン侯爵家の次男さ!!」

「フラーレン侯爵家……」


 名前を聞いて耳を塞ぎたくなった。

 フラーレン侯爵家といえば我が家、スカーレット侯爵家を目の敵にしている面倒くさい家だ。



「名前を聞いて驚いただろう?何故フラーレン家の僕が騎士になったか。その理由は君にある!!」

「はあ……?」

「君が突然騎士になるなんて言い出すから、スカーレット侯爵家はさらに騎士団を取り込もうとしていると父上が言いだして、君に釘を刺しにきたわけだ。そもそも君が騎士になどならなければ、僕は騎士になる必要はなかったんだ!でもそうしないと僕は家を追い出されかねないからな……!」



 そう一息で言うと、きっと私を睨みつけた。


「だから君をぎったんぎたんにしないと気が済まない!!……僕は君に挑戦状を叩きつける!」

「はい!?」


 私は驚きのあまり口を開けたまま、その場で固まってしまった。そしてヨシュアは続けて嫌みったらしく話をし始めた。



「君、わかってる?今、班にいる騎士見習いの仲間は全員僕側についているってこと……つまりは君は四面楚歌!助けてくれる人なんて誰もいないんだよ!」


 気がつくとヨシュアの周りには他の騎士見習いの仲間が立っていた。そしてヨシュアは徐々にこちらに詰め寄ってきていた。

 私は後ろにいるその人数でヨシュアの話が本当である事を理解し、ショックで足が後ろに下がって行くのがわかった。



「今回は先輩達にバレたから引き下がるけど、次はこうはいかない」


 気がついたら背中は壁についていた。もうこれ以上、後ろに下がる事はできない。それなのにヨシュアは、まだこちらに近づいてくる。


「なにより君がロイさんに、上手く取り入れて気に入られていることが、僕は一番許せない!!」



 突然出てきたロイさん名前に驚くのと同時に、ヨシュアが勢いよく壁に手を叩きつけていた。

 側から見るとただの壁ドンだが、今はどう見てもそんな甘い事を言われている状態ではない。


「そんな取り入れるとか……」

「うるさい!どんな言い訳を言おうが、僕は昨日見たんだぞ!お前がロイさんに色仕掛けをかけているのを!!」


 は!?色仕掛け?私がロイさんに?

 もしやまさか昨日階段から落ちかけて、腰に腕を回されているところを見られて勘違いされた!?



「いや、それは勘違いで!」

「ロイさんは僕の憧れの人なのに、絶対に許せない!!!!」


 私の話を聞きそうにないヨシュアは怒りに震えつつ、何を思ったのか突然手に炎を集め始めると嫌らしく口を歪めた。



「お前の顔に、しっかりと跡が残るような火傷をつくってやるよ!!そうしたら男に媚びたって誰も見向きもしないだろ?」

「なっ!!」


 私はヨシュアの言葉に驚いた訳ではなく、怒りのあまり炎が明らかに制御出来ていないヨシュアに驚いていた。しかも手が少しチリチリと焼けているのか、少し焦げ臭くなっていた。

 そのヨシュアの様子に周りの取り巻きも動揺し始めた。


 いけない、魔力暴走しかけているわ!



 このままだとヨシュアだけでなく、周りの人達も巻き込んでしまうかもしれない。

 私の風魔法では火を完全に抑え込めない!


 少しずつ大きくなる炎が私に近づいてくる。

 その炎から私は目が離せないでいた。


「これで、お前もお終いだ!!」


 腕を犠牲にするつもりで私は腕を突き出そうとして、驚いてしまう。

 何故か目の前から炎が消えたのだ。

 それは消えたのではなくて、代わりに大きな背中がそこにはあった。



「残念だけどクレアにそんな事させないよ」



 その優しい声に私はドキリと胸を高鳴らせる。

 そして見上げると、そこにはダークブラウンの髪がサラリとなびいていた。

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