第34話 これはいじめですね!!


 ライズさんとご飯を食べてから、またもや一月が過ぎた。


 私を含めた見習い騎士達は訓練に慣れてきたのか、先輩達の訓練にもついていけるようになっていた。

 そのため最初は多かった居残りも、最近は全くいなかった。


 そして訓練が終わったら勿論片付けは見習いがやり、その日の業務は終わりである。



 まあ、見習いが片付けをやるのはわかる。

 わかるのだけれど、どうして私以外片付けている人がいないのだろうか!!!


 最初の頃は全員参加で、あっという間に片付けは終わっていた。

 それなのに一月立つ頃には、半分が居残り組より早く終わったからと、片付けをせずに早く帰るようになっていた。



 まあそれは居残っている方が悪いからわかる。

 でも今はほぼ皆同じように終わっている筈なのに、「片付け?ああ、すぐ終わるしクレアがやっておけば?」とか言って皆先に帰ってしまったのである!


 あいつら私を女だと舐めて、下に見ているに違いないわ!

 それにしても模擬剣の片付けとか、何人分あるんだっていうの!いっぺんに持てる数にも限りがあるんだから!



 ある意味これは虐めだと憤怒しながらも、私は片付けを一人でこなしていた。

 風魔法でいっぺんに運ぼうにも訓練後なので、あまり魔力も残っていない。もしかしたら倒れる可能性だってあるわけで……だから仕方なく抱えて運んでいるわけだ。


 そのため模擬剣を片付けるのに、訓練場の隅にある倉庫へ先程から何往復もしている。


 今自分がいくつ模擬剣をもっているかもわからないし、ついでに前も見えない。

 とりあえずもう往復したくなくて、持てるだけ持とうとしたのがいけなかったかと、私はフラフラしながら倉庫までの道を歩いていた。

 そして倉庫前の階段にきて私は足を止めた。


 この階段、どうやって降りよう。

 迷ってる暇はないしとりあえず、ゆっくり降りれば大丈夫よね……。



 そう意気込んで私は、そろりそろりと足を伸ばし階段を降りようとした。


「あっ!!」


 気づいた時にはすでに足を踏み外していた。


 落ちる!そう思って目を瞑ってみたが、投げ出される浮遊感は来ることはなく、かわりに模擬剣が凄い音で落ちていく音だけが辺りに響いていた。


 そして気がついたときには、ふわりと薔薇の匂いが私を包みこまれていた。

 その匂いに既視感を覚えたが、それは思い出せなかった。



 暫くして、何がおきたのかとそっと目を開ける。


 目の前で、金色の髪がサラサラと揺れていた。

 逆光で顔はよく見えないけど、隙間から入る日の光でとてもキラキラと輝いている。


 そして私はその髪の美しさに、一瞬見惚れてしまいそうになっていた。



「はあ、ビックリしました……間に合ってよかったです」


 その声に現実に戻された私は、その男性の顔を改めてよく見る。灰色の瞳の下に泣きぼくろを見つけて、私は声を上げた。


「ろ、ロイさん!!」


 そこに居たのは入団試験の日、なにがあっても私の騎士であると呟いた男だった。


「はい、そうです。貴女の騎士、ロイ・クルーガーが参りましたよ。一応確認しますが……クレアさん、大丈夫ですか?」



 名前を呼ばれた事で私は今の状況を理解した。

 どうやら落ちかけたところを、引き寄せて助けて頂いたようだ。


 そのため腰に腕を回されて、体が密着してしまっている。



「あああ、あの。もう大丈夫ですから、体を離して頂いてもいいですか?」

「これは、すみません。咄嗟の事でしたので……」

「いえいえ!私の不注意で申し訳ありません!!」


 体を離して貰った私は、勢いよく頭を下げる。

 大きな音を立ててしまった事で、近くにいた先輩騎士達がチラホラこちらに向かって来ていた。



「いえ、これはクレアさんのせいではありませんよ。それにしても……」


 階段下に落ちた模擬剣と、まだ片付け終わっていない模擬剣や、盾などに目を向ける。

 そしてため息をつくと頭を振った。



「これは騎士としてあるまじき事ですね。女性一人にこれだけの仕事を押し付けて帰ってしまうなんて……私も手伝わせて頂きます!」

「そんなロイさんのお時間をいただく訳には……」

「大丈夫です。もう今日の業務は終わりましたから、今から帰る準備をしようと歩いていた所です」


 そんな爽やかに返されたからには拒否する事も出来ず「では……お願いします」と、とりあえず散らばった模擬剣を一緒に集める。

 集めながら気になっていた事を聞いてみた。



「あの、何故私の事を『クレアさん』と呼ぶのですか?」

「ああ、『クレア様』は駄目だと仰られましたよね?だから『クレアさん』と……駄目でしたか?」

「うっ……!」


 本当はどっちもたいして変わらないし、他の見習いに示しが付かないからやめて下さい!と言いたいところである。

 しかしそんなワンコのような瞳で言われたら、駄目ですと強く言えない!



「わ、わかりました。ただロイさんがもっと偉くなったらやめて下さいね」

「偉く……では昇進しないように頑張りますね!」

「いや、そこは頑張るところじゃないです」

「何故ですか!?」


 何か気にさわったのか、ガバっとこちらを見たロイさんは私の手を突然握った。

 驚いた私はなすがなすままロイさんを見る。



「いいですか、私の全てはクレア様の物なのです!だからクレア様が昇進しろと仰るなら頑張りますが、そうではないのなら私はそのままの私でクレア様の側にいたいのです!!この気持ちがクレア様にはお分かりにならない!?そんな事はないですよね?クレア様はハロルド殿下がどんな身分になっても、一生お守りするつもりで騎士になられたのですよね?」


 一息で捲し立てられた私は「そうですね……」と、弱々しく返事をしていた。



「わかって頂けたのなら良いのです。なので今後同じような質問はしないで下さいね」

「は、はい」

 

 勢いに呑まれた気がしたが、ロイさんの言う事は間違っていない。

 私はハロルド殿下が王子を辞めると言ったら、護衛騎士として一生ついて行ってもいいと思ってしまったのだから。


 


 その後は黙々と作業をしていたら、先程の大きな音で見に来ていた先輩達も、片付けを手伝ってくれることになったのだ。

 そのことに、私は感激に打ち震えた。


 これよこれ!騎士と言えば助け合い!



 感激している私をよそに、影からそんな私を見つめている人物がいたなんてこのときの私は気付きもしなかった。

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