第33話 友達になりましょう!
とにかく、コップ間接キス事件の事を忘れたかった私は、焦りながらもずっと気にしていたことを聞いてみる事にした。
「そ、そうだ!ずっと気になっていたんですけど、私の事『クレアさん』じゃなくて、クレアって呼んで貰えませんか?後、敬語もなしで!」
「え、でもクレアさんは侯爵家の方ですし……」
「もう私は侯爵家を名乗る事はしないと決めました。なので、ただのクレアとして接して欲しいのです」
そうよ、婚約廃棄された日にクレア・スカーレットは死んで、騎士となった日に新しく生まれ変わったの。
騎士クレアとして……。
だからこそ私は変わらないといけない。
その一歩としてライズさんと仲良くしたい、そう思ったのだ。
でも私はライズさんの事をいまだに何も知らないし、もしかするといつか私を裏切るかもしれない。
それでもあの日、私に勇気を与えてくれたこの人を、ほんの少しは信じてみたいと思っている私がいた。
だって私もいつまでもいじいじしている訳にはいかないし、早く新しい一歩を踏み出さなくては行けないのよね!
エメラルドの瞳が私の真意を確かめるようにこちらを見つめる。私もムキになって見つめ返すと、ライズさんはふっと軽く笑い優しく私に微笑みかけた。
「わかりました。クレアさん、いえクレアがそう言うんだったら俺の事もライズって呼んでくれよ。もちろん敬語は無しだから」
そう言いながらライズさんは私にウィンクを飛ばし、嬉しそうに目を細めた。
「う、うん!!」
私はあまりの嬉しさに、勢いよく机を叩く。
しまったと、ライズさんを見ると笑いを堪えているのがわかる。もう既に私の性格を理解しかけているようだ。
その様子に落ち着きを取り戻しながら、私はもう一つ重大な話をしようと決意した。
「あ、あのライズ!もし、もしでいいんだけど、私と……私と友達になって、くれませんか……?」
最初の勢いはよかったのに最後の方は完全に声が消えかけていた。余りの恥ずかしさに私は顔を手で覆う。
完全に失敗した!!これじゃあ、気持ち悪いに決まっている。騎士としての第一歩、戦友を作ろうの一歩目から躓いてどうするの!?
そう思いながら、ライズから返事がない事に私は少しずつ不安になってしまう。
そして心配になり顔から手を離した頃、ライズはポツリと呟いた。
「本当に、俺でいいの?」
「え?」
予想しない弱々しい声に疑問符が口から出てしまう。その顔を見るとと、何故か凄く申し訳なさそうにライズは視線を下げていた。
なんで頼んだ私ではなくて、ライズが申し訳なさそうなの?
誰かに私と友達になっては行けないと、言われてたりとか……?
なんだかわからないけど今ここで引いてしまえば、ライズと友情を育む事は出来ないという事だけはわかる。
だからこそ、今の私には押すと言う選択肢しかなかなかった!
「私はライズがいいの!だからお願い、私の戦友になってください」
私は頭を下げ、握手を求めて手を差し出す。
ライズが小声で「戦友……?」と言っているのが聞こえた。
そうです。戦友になりたいのでどうぞ宜しくお願いします!という私の祈りが通じたのか、不意に手が暖かくなる。
もしかして手を握ってくれたのかと一瞬嬉しくなったのに、何故かそのまま手を引き寄せられる。
その事に戸惑い顔を上げると、優しい顔でライズは確かに私の手を握っていた。そう、握ってはいた。
でもそれは握手じゃなくて……。
どう見ても、指を絡ませた恋人繋ぎに見える。
えええ!!あれ?なんで!!?
握手ってこういうものだったっけ??
いや絶対に違うはずと、ライズさんを見ると笑うのを堪えようと、プルプルしているところだった。
完全にからかわれたと気づいた私は、怒ったとばかり席を立つ。
「ライズ!もう怒ったわよ!!?って、あれ……?」
「クレア、どうしたの?」
そして立ち上がった瞬間に、上着が地面に落ちてしまった。
それを拾おうとして、私はようやく気がついた。
「えぇ!なんで?上着がびちゃびちゃなんだけど!?」
怒りと驚きで声が裏返ってしまう。
そして思い出す。パスタを喉に詰まらせたときに水を溢した事に。そしてそのとき少し肌寒いなぁと思っていた私の膝には、上着が置いてあったのだ。
そして、帰り道。
私は、濡れた上着を見て嘆いていた。
「ああ、もうどうしよう!」
「これは、酷いね」
「これじゃあ、着てかえれないわ……」
もう日は完全に暮れている。そして今はまだ春だ。日中は暖かくても夜になると、途端に冷え込んでしまう。
悩んでいると、不意に暖かい物が肩にかけられた。
「はいどーぞ」
どうやらそれはライズの上着だったようで、だいぶサイズが大きい……。
「流石にレディを寒いまま、帰す訳にはいかないからね」
「え、でも!」
「ダメダメ!そのまま返したらクレアの同室にいる先輩に、何を言われるかわかったものじゃないよ」
同室のちょっと変わっている先輩を思い出し、確かに言い出しそうだと断るのを諦めることにした。
そんな帰り道はライズの上着が暖かくて、先程までの怒りも何もかも忘れてしまった。
ただ友達が出来た事がとても嬉しかった。
だから今の私は絶対に顔が赤くなっているのに、そのことに気づかないフリをしたのだった。
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