第32話 見習いになったのでご飯行きましょう!


 騎士見習いになって早一月が経っていた。


 私は騎士団第一部隊の魔法騎士班の見習いとして、日々訓練をこなしている。



 そして今目の前でパスタを美味しそうに頬張るライズさんは、第一部隊の歩兵騎士班の見習いとして訓練をしているそうだ。同じ部隊に所属されて喜んだが、班が違うため訓練中の接触はない。


 それでも隊が一緒なので、訓練後に話す時間が少しはあった。あまり班に馴染めていない私には、それが唯一の楽しみになっていた。



 ところで何故、今呑気にパスタを食べているのかといえば、ライズさんに初めて会った入団試験の日、合格したら一緒にご飯を食べにいきましょう。と約束してくれたのに、あの日色々あって倒れた私は約束を守る事ができなかったのだ。


 それでも何度か行きたいとは思っていたのだけれど、入団して寮へ入ったりと慣れない日々を送っているうちに、もう一月も経っていたのである。



 やっと慣れてきて、私もライズさんも訓練が早く終わった日が重なったのもあって、こうしてライズさんお勧めのパスタ屋さんに連れてきて貰ったのだった。




「クレアさん、さっきから食べてないですけど……もしかして口にあいませんでした?」

「い、いえ!少し考え事をしていて……パスタはとても美味しいです!!こんな美味しいパスタ食べたの初めてかもしれません!」


 美味しいですとアピールするために、私は口一杯にパスタを頬張った。

 すると心配そうにしていたライズさんは、今度は驚くように目を見開いた。


 しまった!いっぺんに口に入れすぎたかしら……もう淑女とかあまり気にしなくてもいいかと思ったけど、女性としてどうなのって感じよね。


 そう思うと少し恥ずかしくなってくる。

 私は早く咀嚼してしまおうと水を手に取った。



「……クレアさんがそうやって美味しそうにご飯を食べている姿、なんだか小動物を見ているようで可愛くて、俺は好きですよ」

「んぐっ!!」


 あり得ない言葉を笑顔でサラリと言われ、私の喉は詰まりかける。

 だってゴリラと呼ばれていた私が小動物に見えるなんて、ライズさんの目大丈夫ですか?とか色々ツッコミたかったのだ。


 でも喉が詰まっている私は咳き込んでしまって何も返すことはできなかった。

 しかもそのせいで持っていたコップから水が溢れてしまい、びちゃっ!っと音がする。多分何処か濡れた気がしたけれども、今の私はそれどころではない。



「クレアさん!大丈夫ですか!早く水!水を!!」


 持っているコップの水は無くなってしまったので、ライズさんのお水を受け取った私は何も考えずにいっきに水を飲み干す。


「はぁ~。死ぬかと思った……」

「大丈夫ですか?クレアさんが死ぬんじゃないかと、俺もビックリしました。食いしん坊でもいっきに食べるのは良くないと思いますよ」



 いえ、喉を詰まらせたのはあなたの言葉のせいです。と言うことも出来ない私は「気をつけます」と、ライズさんに申し訳なさそうに返したのだった。

 そして落ち着いた頃、私は自分の手に持っているコップを見て首を傾げていた。


 そういば、なんで私両手にコップ持ってるんだっけ?

 さっき水をこぼしたから、ライズさんが飲んでいたお水をもらって……って、ライズさんが飲んでいたコップの水を飲んだ!!!?


 私は片方がライズさんのコップだったことを認識してしまい、しでかした事に卒倒しそうになる。

 とりあえず謝らなきゃと、私は勢いよく机に手をついて、ライズさんに頭を下げた。



「申し訳ございません!!!このような不慮の事故で、か、かか間接キスをしてしまい……」


 確かに他の飲み物を頼んでいるので、手はつけて無かったかもしれない。それでも人様のコップに口を付けるなんて事、貴族社会ではご法度だ。

 申し訳なさに私は頭をテーブルにつけて、ひたすら誤る。だからライズさんがどんな顔でこちらを見ているのか、私にはわからなかった。


「いえいえそんな大袈裟な、あれは救助活動で必要な事でしたから……ある意味人工呼吸的な?」


 人工呼吸……?え?それってもう致してない?



 ライズさんの変な例えにとっさに顔をあげてしまう。そして目が合ったライズさんの顔は何故かとても笑顔で、私を微笑ましそうに見ていた。

 

 あれ?なんかライズさんまで保護者のような顔で、私を見るようになってきていないかしら?

 おかしいわ。騎士として自律したはずなのに、前よりも悪化してる?


 いえきっと気のせいよと、私は思考を放棄する。

 それに見た感じではライズさんは怒ってないようだし、この話は無かったことにしましょう。と、話を切り替えることにした。

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