第31話 裏の話(クレアの父、グレイ視点)
部屋に誰かの気配を感じて顔を上げる。
その部屋の暗さにすっかり日が沈んでしまったのかと、長い時間椅子に座っていた私は体の硬直をなおしながら、目の前の青年に声をかけた。
「やあ、ジェッツ。今日はご苦労だったね」
「いえスカーレット侯爵様こそ本日はお疲れ様でした」
目の前に立つ青年の顔色は何処か悪く、このままでは倒れてしまわないかと心配になる。
私は早く用件を済ませて今日は早く上がって貰おうと口を開いた。
「それで、犯人は見つかったかい?」
「それが……」
ジェッツは言い辛そうに、口を開けたり閉じたりしている。その様子に私はダメだったかと、ため息をついた。
「見つからなかったのであれば仕方がない」
「でも!」
「今回はあれ程暴れてくれたというのに、証拠が無いのだからどうしようもないさ」
紫髪の男の情報を掴んだからこそ泳がせて見たが、たいしたボロを出す事はなかった。
そしてクレアがせっかく捕まえたというのに、男は口をわる前に奥歯に仕込んであった毒で、自害している。
あれだけの事をしてくれたのに、現場に一切証拠が残っていないのだ。全くお手上げだろう。
「でも……狙われているのはクレアなのですよ!」
狙われているのはあなたの娘だと、自分の事のように荒げるジェッツに若いなと思いつつ、優しく答える。
「クレアはもうハロルド殿下の婚約者ではないから、大々的に守って貰える人物では無いんだよ。そしてクレアもそれを分かった上で、自分の道を選ぶと決めたんだ。だからこそこうやってコッソリと根回しをするしか無いわけさ。……歯痒いのは分かるが焦ってはいけないよ」
「わかっています。でも、何故クレアが……」
それは私が一番聞きたい。私の可愛い娘が何故命を狙われなくてはならないのか……。
あの噂を聞いたのは、クレアの為に入団試験の手続きを無理やり押し通そうとしていたときだった。
「スカーレット侯爵様、大変です!」
慌てて私の元に来たのは私付きの騎士だった。
その男が持っている紙を見て、私は顔が真っ青になっていた事だろう。
─── クレア・スカーレットを殺した者に賞金を与える。
そう書いてあったのだ。
叫びたい気持ちを抑えて、冷静に呟く。
「なんだいこれは……」
「どうやら城下街で配られている、指名手配犯を記した物みたいです」
「……クレアが何かしたのかね?」
頭が混乱した私はとりあえず執務室の椅子に座る。
その後、騎士から詳細を聞くと何とも酷い話だった。
クレア・スカーレットは婚約を破棄された事に逆上し、ハロルド殿下を襲った重罪人である。と紙には書いてあったそうだ。
ハロルド殿下を信奉するクレアが見たら、白目を剥いて倒れそうな内容に私は頭が痛くなる。
そして私は理解した。今回の婚約破棄に乗じて、私を失墜させようとしている者達がいる。
クレアを口封じに殺してしまえば何とでも言えるだろう。
何よりハロルド殿下は、今でも暗殺未遂が何度も起こっているのだ。だからこそ罪を被せ、その親である私ごとスカーレット家を降格させようとしているのだろう。
なんとも酷い話だ。
私のせいでクレアの命が狙われてしまったのだ。
だからこそ私は今回の相手を潰すつもりでいた。
大事な物を傷つけられた私の怒りはそう簡単に抑えられると思わないで欲しい。
裏で事を為している貴族を見つけるまでは、クレアを絶対に殺させはしない……。
事は既にハロルド殿下側にも知られてしまっている。
私の可愛い娘を振ったハロルド殿下だが……まあお陰でクレアは本当にやりたかった夢への一歩を踏み出したのだ。別に恨んではいないが、あちらはそうはいかないようで協力すると約束してくれた。
だからこそ、こうして密かに情報共有をして貰っている。
今日の試験もクレアの護衛として数人、ハロルド殿下の近衛から顔見知りをお借りした。
だがそれはあまり意味をなさなかったようだ。
もう治っているとはいえ、クレアは怪我を負う事になったのだから。
そして目の前にいるジェッツさえも、私は利用しているだけにすぎない。
……だが、いつも娘が迷惑をかけて申し訳なくは思っているので、今日は早く休んで貰おうと声をかける。
「君も疲れただろう、今日はもう上がってくれてかまわない」
「はい……失礼します」
頭の良いジェッツの事だ、私のせいでクレアが狙われている事は分かっているだろう。
それでも私を信頼しており、優しすぎるところが彼の弱点でもあると思っている。
それにしても私の娘もあれぐらい頭が良ければな……と、まだ医務室で寝たままになっているクレアの事を思い出す。
今回は無事ですんだ、その事実が全てだ。
なにより少し頭が弱いクレアの事だ、きっと自分が狙われているなんて微塵も考えた事がないだろう。
今日の事も、賊が侵入した程度にしか考えていなかったに違いない。
でもそのまま気づかれない方が、私にとって都合がいい。それに可愛いクレアが噂を知ったら、ショックで寝込んでしまうかもしれない。
私はそんな可哀想な娘の姿を、親として見たくはないからね。
そう考えて、私も親バカが過ぎるな……と呆れてしまった。
まだまだやる事は沢山ある。そして貴族社会には必ず裏があり、その裏を暴くのも私の仕事だ。
私は目の前にある資料を見る。
『違法薬物、魔力増強剤の拡散による犯罪の増加について』
これは今日クレアを襲った一味が、使用していた薬と同様のものを使った犯罪についてだった。
突然広まったそれは、通常ではあり得ない程早く広がりを見せている。
間違いなく貴族が関わっている。
それがクレアを襲った犯人なのかは分からないが、調べる価値はあるだろう。
そう考えながら、私は影にいる男に資料を渡す。
その顔は一切見えないが、男は確認すると最初からそこに居なかったかのように消えてしまった。
そして数刻が過ぎ、疲れ果てたところでようやく愛しの我が家に帰る事ができた。
既に帰っていたのかクレアが元気に迎えてくれた。
元気過ぎるクレアは私を見ると勢いよく「不正が!不正なの!?」と、叫びながら泣きついてきた。
私は頭をかきながらどう説明したものかと考え、少し頭が悪くて可愛い我が娘に、笑顔で「不正はないよ」と優しく諭してあげる。
そんなクレアは「ならよかったと!」喜び、合格した事を嬉しそうに私に話してくれたのだ。
その姿に私の頬は緩んでいた。
本来ならばクレアはハロルド殿下の婚約者である為、もうこの屋敷には居られなかっただろう。
だからこそ、娘を守りたい。
もう少しだけ私の可愛い娘でいて欲しいと思ってしまうのだろう。
その後沢山話をしたせいで疲れたのか、クレアは私にお休みの挨拶をして部屋から出て行った。
その背を見送ると私は伸びをする。
不思議だな、話をしていただけなのに疲れなんて吹き飛んでしまった……。
愛しい我が娘の為ならまだまだ頑張れそうだ。
そう気合をいれると私も部屋を出る。
その足は寝室ではなく、私の書斎へと向いていた。
勿論、これからどうするかを考える為に……。
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