第29話 何かがおかしい!


 演習場のほぼ真ん中に私と向き合うように、とても大柄の男が立っていた。

 目の前にいるからには、勿論私の演習訓練相手に間違いない。



「流石にこの体格差は大丈夫なのか?」

「いや噂のあの嬢ちゃんでも無理がある……!」


 先程まで噂話で私に嫌味を言っていた男達から、今度は心配の声が聞こえてきていた。

 なんて身勝手なと思いながら、私は改めて男見る。


 あまり見る事のない紫の髪色に紫色の瞳、あれは染めて居るのだろうか?それにこの男、先程つまらないといいつつもニヤニヤしていた人物に違いない。


 嫌な相手を引いてしまったなと、私はため息をついた。




「それでは、演習訓練を行う。笛の音が合図だ!」


 審判を務める騎士様が笛を鳴らす。

 その音と同時に私は風魔法を身体に纏い、大柄の男へと一撃を放っていた。


 先程のトリドルさんの時と同じでこのままいけば模擬剣は壊れる可能性があるが、それは相手が攻撃を受けきれればのはなし!

 そんな相手この新人騎士の中にそうそう居る訳がない。



 そう決め込むと私は下段から模擬剣を振り上げた。次の瞬間同じように模擬剣が破ぜるように砂煙とともに飛び散る。

 それなのにバキっと音がしたのは一瞬だった。



 なに?感触が前とは違うわ!


 私は咄嗟に後ろに下がっていた。その目の前を鈍く光る何かが通り過ぎていく。



 そして砂煙が収まると、その先にいた男の持っている物に私は目を見張る。

 

「なんて物騒な物を仕込んでいるの!」


 

 その男の手には真剣が握られていた。

 それも模擬剣が壊れた先に仕込んであったのか柄は模擬剣のままだった。


 それを見た審判は驚き、注意をしようと男に近づく。


「この試合は中止だ!!今すぐその剣を仕舞いなさい!」

「うるせぇぇぇええ!!!」

「なっ……!」


 私が見たのは、審判を務めていた騎士様が倒れていく姿。そしてその騎士様を退かすかのように蹴り飛ばす男の姿だった。




「おめぇら!!パーティーの始まりだぜ!全員出て来い!!!」


 男が叫ぶとその声につられるように、演習場にいた今日の合格者数名が、模擬剣を壊して真剣を出す。

 そして演習場の外からも何処に居たのかゾロゾロと男達が入ってくる。きっとこの人達は全員、今日試験を受けにきた人達だ。


 そういえばトリドルさんが怪しい奴らがいるって話していたはずだ。


 そして目の前の男。その特徴をもう一度見る。



 あり得ない紫の髪に瞳。

 その姿に、先程まで思い出せなかったジェッツの言葉を、今さら思い出していた。


 そうだ。ジェッツはこう言っていたのだ。



『いいか。もしあり得ない紫の髪に紫の瞳をもつ漢が居たら全力で逃げろ。絶対に試合なんて持っての他だからな!!絶対だぞ!』




 紫の髪に、紫の瞳。絶対に戦ってはいけない相手……。

 その男は私を見てニヤニヤと笑い続けている。


 あれ程ジェッツに注意するように言われていたのに、私のバカー!!!



 今更後悔してもどうにもならないけど、ここまで来たらもうやるしか無い。


 しかし今手にある模擬剣は壊れている。そう思いつつ私は自分の手を見つめ、身体に纏っている物を思い出した。



 ─── そうよ、私にはまだ風魔法があるわ!




「さあて、準備は出来たな!おめえら、計画通り行動開始だ!!かかれっ!!!」


 そういうと男達は一斉に騎士達に向かって切りかかった。殆どの者が模擬剣しか持っていないのだ。

 どちらが優勢なんてすぐにわかる事だった。



「さて、お嬢ちゃん。またせちまったなぁー。でもすぐあの世に送ってやるからよぉ!!大人しく斬られちまいな!」


 男の振り上げた剣を私は後ろに下がりながら除け、すぐに風の刃を放つ。

 しかし簡単にその刃は受け止められてしまった。



「おっと、そうだったお嬢ちゃんは風使いだったんだったなー。なあこれ知ってるか?」

「それは……まさかあのときの魔力増強剤?」


 男が手に持っている錠剤は、第一試験でズルをした人物が使っていたものに近い物に思えた。

 それに驚いた私は目を限界まで開き、そのせいで目が疼くように痛い。


 そして男はそれを飲み込むと嬉しそうに答えた。


「せーかい!!じゃあこのあとどうなるかもわかるよなッ!!!」



 男が地面に手をつける。私は警戒して自分の周りに風をおこし、防御の体制に入ろうとした。

 ……したはずなのに、それは出来なかった。



 地面から生えてきた土に身体を貫かれてしまったのだから。



 こんな大掛かりな刺は、大量の魔力がないと地面から作れるものではない。これが魔力増強剤の力……?


「かはっ……!」



 口から血を吐いたのが分かった。

 男がゆっくりと私に近づいてくる。それは私への死の宣告に思えた。


 無意識に私は周りを見る。周りでは男の仲間達が暴れている為、私の事なんて誰も見ていない。



「はい無駄無駄ぁ~。おまえの仲間達は皆俺の仲間がお相手中だからな、潔く死を受け入れな」


 私の髪を掴み、男は残虐な笑顔をこちらに向けていた。


「痛くないように人思いにいくからな、その絶望顔のままいてくれよ……ひひッ」


 そう笑う声と同時に剣を振り上げた手が見えた。

 それと同時に叫んだのは誰の声だったのだろう……。




「─── クレア!!!」



 そして私の視界は暗転した。

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