第13話 とりあえず逃げます!!
私は冷や汗ダラダラで部屋の奥へと匿われていた。
今、扉の外では殿下が近衛騎士に説明をしているところだ。
部屋に灯りをつける気はないようで、今のところバレては無さそうだ。でもこのまま殿下の部屋にいたらいつボロを出してもおかしくない。
とにかくこの部屋から出ないと!
そう思い、そーっと窓の方へと忍び寄ろうとした。
しかし丁度そのタイミングで話が終わったのか、殿下がこちらに戻ってきた。
「よかった。まだいてくれたんだね」
「…………」
声を出してバレても困るので、私は暗闇に紛れるように顔を隠す。
「えっと、僕はあなたに何かをするつもりはないから安心して欲しい。本当にただお礼を言いたかっただけなんだ。……助けてくれてありがとう」
無言のまま私は軽く頷く。
暗闇の中顔を隠しているので、殿下には見えなかったかもしれない。
でも今の私はそれどころではなかった。
殿下がお礼を言ってくれた……!
それだけで、私が今日ここに来た意味はあったのだと嬉しくなってしまう。先程まで緊張で体を震わせていたのが嘘の様に、私の頭はすっきりとしていた。
落ち着くのよクレア、殿下に私の存在はバレていないわ。
それに殿下は私を捕まえる気はないようだし……でもこの窮地を乗り切るには、絶対に私がしない立ち去り方をするしかないのよ!
そう決めると、私はすぐに走り出し窓の前に立った。
そして殿下に顔が見えないように外を見つめ、ここを出たらどうするのかシュミレートする。
それなのに、後ろから殿下の少し残念そうな声が聞こえてきたのだ。
「そうか、もう行くのか……」
振り返りたくなってしまうのを我慢して、私は勢いよく窓を開けた。
その瞬間、強風が部屋を吹き抜ける。
私が風魔法でこの部屋に風を入れたからだ。
突然の風に驚いた殿下の声が後ろから聞こえてきた。
「うわ!」
きっとこの風の中では目も開けられないはずだ。
私は一瞬だけならと突風の中、殿下の方へと振り向く。
殿下は腕で顔を庇いながらこちらを見ようとしていた。
その碧い瞳と目があった気がした。
「ではまた、お会いしましょう……ハロルド殿下」
私は小声で呟くと、風と共にその部屋を飛び出した。後ろで「君は!?」と声が聞こえたけれど、戻るわけにはいかなのだ。
そして今私は、既に屋根の上にいた。そこからでも、キョロキョロと窓から乗り出している殿下が見えてしまう。
きっと私を探しているのかもしれない。
そんな姿を見て、ハロルド殿下に何もなくて良かったと安堵の息をつく。
だから突然後ろに現れたその男に気付くのが一瞬遅れてしまった。
「よう、嬢ちゃん。派手にやってくれたな?」
「誰!?」
その場から距離を取ろうとしたのに、私の腕はその男に掴まれていた。
しまった!と思いその男を睨みつける。そしてよくその男を見た私は、気が抜けてしまったのだ。
「……あら?」
「すまん嬢ちゃん、驚かせたな。俺だよ俺!ほら覚えてないか?ハロルド近衛隊にいたトリドルだよ!」
確かにそこには、ハロルド近衛隊の隊員であるトリドルさんがいた。
この人は私が殿下の婚約者だった頃からハロルド近衛隊いて、何故か殿下をお守りする為に一緒に戦ったこともある人物だ。
とにかく真っ赤に燃えるような特徴的な髪を持つ男である。少しタレ目なのに、その瞳は橙色に燃えていて相変わらず暑苦しい。
「忘れるわけが無いですけど、今の私に何か用ですか?」
「実はな庭園の一箇所に、暗殺集団が纏めて倒れているのが見つかった。確認するが、あれは嬢ちゃんの仕業だな?」
「……答える義務はありません」
ここで下手な答えをしたら、私も暗殺者側とみなされない。
私はトリドルさんから警戒を解かないようにしながら、周りを確認する。
ここで応援がいたら私に逃げ切ることはできないだろう。
「全く警戒心が高いったらないな。でも安心しな、ここには俺しかいねぇからよ。それに嬢ちゃんをどうこうしようってつもりもねぇ」
「……腕を掴んでいる癖に信用があるとでも?」
その問いに、トリドルさんはため息をついた。
「あのな、嬢ちゃんは腕を離したらすぐに逃げちまうだろ?」
「当たり前じゃないですか!!私はすぐにでもこの場所から逃げたいと思っているのに!」
「だったら、まだ離せねぇな。一つ確認したいことがあるんでな。それがハロルド殿下のためだと言ったら、嬢ちゃんは逃げないでくれるか?」
その名前を言われたら私だって逃げるわけにはいかない。
トリドルさんは私の事をよくわかっていらっしゃる。まあ近衛なのに共に戦った仲間でもあったのだから仕方がない。
「ハロルド殿下についてなら仕方がないですね。それで何の確認なんですか?」
「暗殺者の中に紫色の髪と瞳をもつ男を見なかったか?」
紫?そんな変な髪色の人物は見ていない。
というよりこんな暗闇では、そこまでわかるわけがない。
「私が見た中にはいませんでしたよ。それに私が倒した人物は全員捕まえたなら、それぐらいわかりますよね?」
「ふーん、やはりあいつらを倒したのクレアの嬢ちゃんだったかぁ~」
「な、ななな!!!騙しましたね!!!!!」
トリドルさんにしてやられた私は、怒りで無意識に掴まれてる腕から風を起こしていた。
それは魔力暴走によって起こった風だった。
その風によって私の腕にも少し傷がついたけど、トリドルさんが私の腕を離したのでよしとしよう。
「うおっ!!じょ、嬢ちゃん騙した訳じゃなくて本当にそいつを探してたってだけで……」
「言い訳は聞きたくありませんし、自由になった私はもうここに用はありませんから!!」
「お、おいもうちょっと話そ……」
「話しません!!!それでは失礼しますからね」
私は屋根から飛び立つ。
後ろで「ま、待ってくれ!!」と声がしたけど、もう私には関係ない。
庭園に着地した私は、薄っすらと明るくなる空にもうすぐ日が登るのがわかった。
急いで王宮から離れないと……。そう思った私は、風に乗って王宮を飛び出しながら考えていた。
今日はメイドとして侵入した結果、色んなことがありすぎて少し疲れてしまった。
でも、ハロルド殿下は一応元気そうだったので、私は少し安心していた。
正直、こんな私のために落ち込んでいたら嫌だものね。
そう思う私は、やはりハロルド殿下の婚約者よりも近衛騎士の方が向いている。
そう自分に言い聞かせて、騎士になることへの自信をさらにつけたのだった。
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