それが、私のしょうもない日常だ。

 伸也のTwitterアカウントを見付けたのは、かれこれ五年ほど前のことだ。見付けた――というのは正確な表現ではない。狙って探し当てた、というのが本当のところだ。


 今時珍しくインターネットというものに興味を持たない両親には知る由もないことだが、私は人並み、いやそれ以上にインターネット遊びが好きで、弟もおそらくはそうだ。

 私は個人を特定されないようにプロフィールを練り、ツイート内容にも気を付けた上で、本当にアレなことは鍵垢で書き殴るように――と徹底しているけれど、伸也はそうではない。それが私たちの間にある違いといえるだろう。


 実のところアカウント特定は得意だ。インターネット民のたしなみとしてあれやこれや、法律的にはグレーっぽいやり方まで含めて一通りの技法は押さえている。

 けれど、伸也のアカウントを特定するのは、そんなアングラな技法など使わずとも、容易だった。隠す気がないのかというほど個人情報ダダ漏らしだったのだから。

 

 まず、卒業した高校と大学、就職した会社までは自慢の種だからbioに書くだろうと踏んだ。それから、今も本人の中では難関資格取得のために勉強中ということになっているのだろうな、と予想した。自らの挫折に関しては被害的、他罰的な認識をしているのだろうと想像ができた。あとは補強材料として好きな漫画とか音楽とかそういうものも加味して探してみたらば――あっさりと探し当てることができてしまった。


 いやぁ実にチョロかった。アカウント名は本名の一部と誕生年月の組み合わせという安易さだし、bioには、一昔前の意識高い系がやっていたような、自分の属性をスラッシュで区切って羅列するようなやり方で『■■高校/〇〇大学/株式会社▲▲/パワハラで退職/鬱治療中/司法書士勉強中/……』と予想通りの文字列が並んでいる。ツイートを見るまでもなく、あぁこれ伸也のアカウントだな、という確信を得た。

 

 きっとこいつは自分が探される可能性を露ほども考えていないのだと思う。本当に浅はかだし、危機感もなさすぎる。私のことを散々『女は』浅はかだと貶してきたけれど、その言葉を借りれば、『男のくせに』浅はかすぎて本当に笑える。


 こうして、探し当てた伸也のアカウントをウォッチする日々が始まった。念のため本垢では伸也のアカウントをブロックしであることは、言うまでもない。


 自分は家から一歩出ることすらしないくせに政治について偉そうに語り、女性や外国人といった、社会的弱者を見下すようなことばかり呟く。鬱で昼夜逆転でしんどい、とかなんとかほざく。過去のパワハラがどれほどひどいものだったか、執拗に連ツイする。ウォッチを始めてすぐの時期には、たまに思い出したように司法書士試験について呟くこともあったけれど、それもすぐに絶えた。それでもbioから「司法書士勉強中」という文言を削らないのはプライドの現れなのか、それとも自分がbioに何を書いたかすら覚えていないのか。どちらなのかは定かではない。


 伸也のアカウントから日々発信されるのはとにかく攻撃的、偏向的、他罰的で、読めば読むだけ腹が立つだけのツイートばかりだったけれど、私は毎日欠かさずウォッチを続けて、そうこうするうちに、伸也のツイートに対する腹立ちは、伸也本人への憎しみと、薄らぼんやりとした殺意へと形を変えて行った。


 新型コロナウイルスの日本での感染が始まると、それ関連のツイートが大きく増えた。日々、感染者数や死者数を知らせるニュースをRTしては病院や政府の「失策」を嘲笑い、かといって代案を挙げるわけでもなく、あまつさえ「引きこもっていればウイルス感染の可能性はほとんどない」という事実を笠に着て、安全圏にいる自分と、日々働きに出ざるを得ない人々を引き比べては高みから「大変だな」などと嘯いている。毎日毎日、飽きることなく。


 インターネット歴が長い私でもよくわからないのが、こんなアカウントでもそこそこフォロワーはいるということだ。ざっと確認したところ、FF関係にあるのは概ね同類の奴らのようだけれど、そうと知ったことで、こいつら皆まとめて死んでくれないかな、と見知らぬフォロワー連中にまで私のふんわりした殺意の対象は広がった。




 『東京の死者数すげえな。そろそろ3桁乗るんじゃね?田舎で引きこもってる俺、やっぱ勝ち組だわ。てか、こんなにバタバタ死んでんのに休まず会社行ってる社畜の皆さん乙w』


 私が今日見掛けて頭に血が昇ったこのツイートだって、極端にひどい暴言というわけではない。あくまで伸也のツイートの中で比較すればの話だけれど。毎日、だいたいこういった意味のことを呟き続けている。それが伸也の虚しい日常だ。

 そして――いちいち逐一読みに行っては腹を立てて内心『死んでくれ』などと毒づいている。それが、私のしょうもない日常だ。


 所詮、社会の負け犬が汚らしく吠えているだけ。親がいなくなったらあとは野垂れ死ぬしかないゴミムシ相手に腹を立てたって仕方がない。足りない頭で人の神経を逆撫でするようなことばかり言っているこんなアカウントは、見に行かなければ「ない」のと同じことだ。


 それは確かに、わかってはいるのだけど。

 どうしようもなく気になってウォッチをやめるにやめられなくて、やっぱり私の人間性も大概なんだよな、と自己嫌悪に陥る。

 伸也のツイートを見て腹が立って、そうなるとわかっていて見に行く自分は愚かで、ただ時間の無駄遣いをしているだけだ、と自分に嫌気が差して、大事な時間を使ってこんなことしてる私って本当に救えないな、と情けない気分になる。その気分を引きずったまま次の日にはまた、伸也のツイートを読みに行く。

 

 ――そんな、どうしようもない悪循環に陥っていた。

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