ありがちな話ではある。

 私は、北関東の中途半端な田舎で生まれ育った。東京は近いけれど遠くて、からっ風だけが有名な冴えないその街で、役所勤めの父と、窮屈そうに専業主婦という身分に押し込まれた母の間に生まれた、年子の姉弟。それが私と、弟の伸也だ。


 子供の頃から、馬の合わない姉弟だった。気が強くて負けず嫌いなところが似すぎていてしょっちゅう喧嘩になった。多分お互い、嫌なところが自分に似ていて、それが気に触ってたまらなかった。その感情が同族嫌悪というものである――と名前を知った時にはもう、お互いがお互いをどうしようもなく嫌っていた。


 たとえ継ぐものがなかろうが跡継ぎの長男を重んじる土地柄もあって、喧嘩となれば父も母もいつも弟を庇い、私が悪いことにされた。庇われることでつけあがった弟があからさまに私を見下すようになったのは、いつからなのかわからない。気が付けばそうなっていた。


 一つしか歳の違わない弟に、親しさゆえではなく、自分より下の立場の者相手だからだという態度剥き出しで私の名を呼び捨てにされ、毎日のように『女のくせに生意気なんだよ』『女って本当に浅はかだよな』『女にはどうせわからない話だろうけど』と、大きな主語で女は女はと言いながら、その実、私個人をねちっこく馬鹿にしてくる。

 うっかりご機嫌を損ねると、一方的に殴られることもあった――一度、殴られた時にやり返したら、却ってひどい目に遭ったから、手を出されたら逆らわず、なすがまま、心ゆくまで殴らせるようになった、というのが実際のところだけれど。

 



 まぁ――ありがちな話ではある。私の場合は、殴られることがそれほど多いわけではなかったし、大きな怪我をさせられることまではなかったから、似たような境遇の女の子の中ではまだマシでな部類ではあっただろう。

 

 けれど、一刻も早く家を出たいと切実に願う程度には、居心地が悪かった。弟はいずれ進学で家を離れるにしても、帰省してくる先はここだ。それならば、家から通えないような学校に行くのを口実に一人暮らしを始めて、離れた後は父母ともやんわり疎遠になって行けば良いのではないか。

 そう考えたから、本当ならこれもまた「女だから」という理由で地元の短大に実家から通う以外の進路を許されないはずのところを、親戚を味方に付けてすったもんだして、掛かった学費と生活費を卒業後に返済する約束を取り付けて、東京の大学に進学した。

 

 私のことはこんな、端的に「ウチの親、毒親なのでは?」と言いたくなるようなやり方でしか東京に出してくれなかったくせに、父も母も当然のように、伸也が東京の大学に行くことを許した。いやそれどころか、「男の子だから」そうするべきだと積極的に勧めることまでした。成績でいうなら、私の方が少し良いくらいだったのに。納得の行かない思いを抱えながら、私は今もまだ、月二万円を指定された口座に振り込むことで、「借金」を返し続けている。




 伸也が崩れたのは、有名企業に入社し、配属された花形部署でそれはひどいパワハラに遭ったから――らしい。

 伸也と私は実家を離れた後は一切の連絡を取らない、それどころかお互いの連絡先すら知らない冷めきった関係になっているから、諸々の経緯は全て、母から聞いた話だ。


 跡継ぎの長男である伸也をシンちゃんシンちゃんと溺愛している母の語ることだから、と話半分に聞いた上で、おおよそこんなところであろうと想像したのは、『否定されることも正されることもなく、ただイイコイイコとずぶずぶに甘やかされすぎて伸び切った鼻が、社会に出て厳しい現実にぶつかってへし折れた』というストーリーだけれど、これはきっと当たっているはずだ。


 生まれつきの――私と同じ――勝ち気と負けず嫌いに、育つ過程で天から見下ろすような傲慢さと非を認めることができない頑固さが加わったのだから、それはもう、ただ鼻持ちならない、偉そうなだけの大人にしか、弟はなれなかった。そういうことだろう。


 両親、とりわけ母によってスポイルされた伸也はある意味で被害者ではある。そう理解していても、だからといって可哀相だとは思わないし、同情することも到底できない。だって私は伸也のことが嫌いでたまらないし、子供の頃からの傲岸な態度も、不当に貶めるような言葉も、ともすれば飛んできた拳も、怒りも屈辱も痛みも何もかも、ひとつとして、許してはいないのだから。


 実家に舞い戻った伸也は、なにやら資格を取るとか息巻いていた時期もあったようだが、今は「頑張りすぎて鬱っぽくなっちゃってちょっとお休み」しているのだそうだ。これももちろん母から聞いた話だが、七年の長きに渡って何もしていない――うつだというならメンタルの方の病院に行けば良いのにと思うけれど、それすらしていないらしい――現状を「ちょっとお休み」などという軽い言い方で片付けている時点でお察しというやつだ。


 こうして、どこにでもいる引きこもりががひとり、私の身内にも誕生して今に至る。

 



 きょうだいが引きこもり――これまたありがちな話で、見えにくいからわからないけれど、似たような家はたくさんあるのだろう。

 そういう意味では私ひとりだけが重荷を背負わされているとまでは思わないけれど、仮に私が遅ればせながらの婚活に乗り出したとして、「その事実に相手が引く」程度にはインパクトのあるのも確かだろう。


 私は結婚願望の薄い方で、本当に良かった。とはいえ、あの家であの母に育てられたからこそ結婚すること、母になることに及び腰になってしまうという側面もあるのだ――と考えると、気分は複雑だ。

 

 まぁ――でも、「関わらない、助けない」を徹底すれば、伸也アレのことは私の人生における大きな障害にはならないだろう。何か頼まれても無視すれば良いのだし。


 そのような考えのもと、実家そのものと距離を置くことで、伸也との関わりを薄くしている私だが、実のところ、全く関わっていないというわけではない。

 一方的にウオッチしているだけとはいえ、毎日のように伸也のツイートを読みに行っているのだから。父も母も、そして伸也も知るはずのない、私と伸也の繋がりが、Twitterなのである。

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