17話 リンダの気持ち

 あらためて作ったセロリとじゃこの猫まんまをすっかりと食べ終えたリンダたちは、揃って「ふぅ」と満足げな溜め息を吐いた。


「ごちそうさま。とっても美味しかったわ。これからはおじゃこも食べるわね。もちろん牛肉もだけど」


「おう。鮭も鯛も機会があったら試してみてくれ。これやないとあかんって固定概念は崩すんが難しいけど、それでこんな出会いもあるもんやで」


「そうね。そういうのに囚われたら世界が狭くなるものね。せっかく猫又になったんだから、まだまだいろいろなものを見てみたいわ」


「それはええな。人間の世界はおもろいか?」


「ええ。楽しいわよ。いろいろなものがあって目移りしちゃう」


 リンダが楽しげに言うと、キロリが「リンダよぅ」と不満げな声を上げる。


「こっちの方が安全だしよう、飯も旨いもん食えて良いだろうがよぅ。こっちでずっと俺と一緒にいりゃあ良いだろうがよぅ」


「私は野良の生活が気に入ってるの」


 リンダは澄まし顔でぷいとそっぽを向く。だが機嫌を損ねたほどでは無い様だ。


「そうですよキロリさん。女性を束縛しようなんてナンセンスです。リンダさんはそのままが充分に魅力的なんですから。リンダさん、僕は今日もセロリを食べることができましたよ」


 そう得意げに言うトムにキロリは「なんだとう! リンダ、俺もセロリ食えたぜ!」と言う。一体何のアピールなんだか。


 リンダはそれぞれを「はいはい、素敵ね」「ええええ、素晴らしいわね」と適当にあしらう。2匹はそれでも満足らしく嬉しそうに笑顔を浮かべ、しかしその後にはまたいがみ合いが始まる。もうまるでリンダをネタに進んで喧嘩をしている様に見えて来た。


 そしてとうとう。


「表に出やがれってんでぃ!」


「望むところですよ。あなたとはそろそろ決着を着けなくてはならないと思っていたんです」


 2匹はそう怒鳴り合うと先を競う様に外に出て行ってしまった。薫は一瞬ぽかんとしてしまう。


「あれ、ええんか?」


 薫が2匹が出て行ったばかりの出入り口を指差すと、リンダは「良いの良いの」と軽く言う。


「私がこっちに戻って来たらいつものことだから。もう一種のエンタメみたいになってるわよ。外では今日はどっちが勝つか猫たちで賭けが始まってると思うわ。賭けるものは無いけど。まぁお遊びと言うか小さなお祭りみたいなものね」


「は〜、もうお約束なんか。まぁ俺らも店内でやられたら困るけど、外でそんな感じなんやったら皆の迷惑でも無いんやな」


「そうね」


「しかしなぁ、こんなんあの2匹がなんやかんや言うてもなぁ、肝心なんはリンダさんの気持ちやろうになぁ」


 薫が渋面で言うと、リンダは「あら」と目を丸くした。


「あなた男性なのに、まともなことを言うのね」


「おいおい、男をなんやと思っとるんや」


 薫が苦笑すると、リンダはおかしそうに「ふふ」と小さく笑った。


「私ね、自慢するわけじゃ無いけど、異性にどうにも好かれる質みたいで」


「みたいやな。他の猫にも人気やて聞いたで」


「それは確かに喜ばしいことなんでしょうけど、そのほとんどを私は応えられないから」


 リンダは困った様な表情になる。


「キロリさんとトムさんの思いはどうなんや?」


「応える気は無いわ」


 リンダはきっぱりと言い切る。キロリとトムには残念なことだが、それがリンダの気持ちなのだから仕方が無いのだろう。


 人もそうだが、気持ちなんてものは自分でどうにかできないこともたくさんあるのだ。思いを寄せられているからと言って、その相手に気持ちが向かないことだっていくらでもある。だから失恋なんて言葉があるのだ。


「それに私ね、人間さま」


「薫でええで」


「薫さま、薫さまがここにいるのは確か今日までだったかしら」


「ああ。その予定や」


「なら言っちゃっても良いかしら。あの、私ね」


 リンダは少し恥ずかしそうに小さく身体をくねる。綺麗な白い頬がほんの少し赤く染まった様に見えた。


「私、気になってる雄猫がいるのよ」


「へぇ、そうやったんか」


「相手も満更でも無い感じでね」


 リンダは言って照れた様に肩をすくめる。この美猫の心を射止めた猫、いったいどんな良い雄猫なのか。少し興味がある。


「そりゃあめでたいやんか。もう付き合うとるんか?」


「いいえ。でも人間さまの世界で一緒に行動しているから、いつも一緒にいるわ」


「人間の世界て、じゃあ相手は生きとる猫なんか?」


 薫が訊くと、リンダは少し困った様に首を傾げた。


「そうなの」


「なんや、なんかあかんのか? 猫又は生きとる猫と付き合うたらあかん言う決まりでもあるんか?」


「違うわ。でも、だって」


 リンダは悲しそうに目を伏せる。


「番になれたとしても、生きてるあの猫と猫又の私なら、どうしても先に亡くなってしまう相手を私が見送ることになっちゃう。そんな悲しいこと、私耐えられる気がしないのよ」


「……確かに人でも猫でも、亡くなるんを見送るんは辛いことやな」


 薫も祖母を亡くしているから、リンダが嘆く気持ちが少しは解る。今日はヤシだって見送ったところだ。


「私、生きている時に誰かを見送ったことが無いの。猫又になってから同じ猫又の最期を送ったことはあるけど、意味合いがまるで違うでしょう? だから怖くてたまらないのよ」


 リンダは言って辛そうにきゅっと目を閉じた。


 薫は思い出す。祖母が亡くなった時に思ったことは何だったか。そして同じ様に祖母を喪ったカガリは何に心を痛めたか。


 共通しているのは、後悔というたったひとつの取り戻せない思いだ。


 薫は考える。それをリンダに巧く伝えることができるだろうか。

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