16話 初めての味

 リンダは「ごみを漁るなんてお行儀が悪いんだけど」と言いながら、初めて食べたセロリがよほど衝撃的だったのか、うっとりと目を細める。


「野良だからそうしないと生きて行けないしね」


「せやけどこの世界に戻って来たら、ここでたらふく食えるんやろ?」


「それはそうなんだけど、野良も案外楽しいものよ。たまに置かれている毒餌には注意しなきゃいけないけど」


 聞いたことがある。野良猫や野良犬などを駆除するために、毒入りの餌が仕込まれていることがあるのを。薫は「残酷なことをするもんや」と顔をしかめたものだが。


 その街にはそれなりの事情があるのだろう。野良はごみを漁ったり、糞尿などで道を汚したりする。それは確かに迷惑なのだろうが、生命はそんなに軽視して良いものでは無いはずだ。


 そして野良を生み出す原因の一端を人間だって担っているはず。そう思うとなんとも勝手なものである。


 そうして生命を落とした猫の一部がきっと猫又になるのだ。切ない気持ちになってしまう。薫は小さく息を吐いてそのもやもやをそっと逃した。


「猫又でも毒入り餌はあかんのか?」


「いいえ。毒餌を食べたのに死なないのが駄目なの。誰も見ていないなら良いけど、私は生きている猫と何匹かで動くことが多いから」


「ああ、野良や言うても1匹きままにやっとるわけや無いんやな」


「そういう野良もたくさんいるけどね。ああ、注文よね。セロリと、そうね、今日は牛肉でお願いしようかしら」


 リンダが言うと、その横からキロリとトムが「俺もだ!」「僕も!」と勢い良く声を張った。


「あなたたち、私がいるからって無理にセロリにしなくても良いんじゃ無い?」


 リンダがまた呆れた様に言うと、2匹は「いいや!」「いいえ!」と首を振る。


「リンダが好きなもんを食えなきゃあ、横にいる資格はねぇぜ!」


「その通り。僕はキロリさんよりセロリが好きな自信がありますよ」


「なんだとてめぇ!」


 また喧嘩を始めそうなところをリンダが「いい加減にしなさい」と嗜めた。カツも「相変わらずだなぁ」と苦笑する。


「牛肉はね、私が初めてセロリを食べた時の組み合わせなのよ」


「ああ、セロリと牛肉合うよな。どんな味付けやったんや?」


「食べたことの無い味付けだったわ。醤油に似ている気がするんだけど、違うみたいだし」


「じゃあオイスターソースやろか。中華料理になるんかな? 牛肉とセロリをそういうソースで炒めた料理があんねん」


「じゃあそれだったのかしら。中華料理屋さんのごみだったし」


「やったらそれやな。そりゃあ旨かったやろ」


 リンダはぱっと笑顔になって「ええ、それはとても!」と声を上げる。


「だからこっちでも食べたくてリクエストしたの。その時はセロリって名前が判らなくて伝えるのに苦労したわ。いくつかのお野菜を食べさせてもらって、これだわって。牛肉と組み合わせることが多いんだけど、たまには鶏とか豚も食べるわよ」


「魚とは合わさへんのか?」


「お魚と合うイメージが無いのよね。初めて食べたのが牛肉だったからだと思うんだけど、セロリはお肉と合うって思ってるわ」


「そやな……肉も確かに合うんやけど」


 薫が「んー」と言いながら冷蔵庫を開けて取り出したのは。


「ちょっとこれ試してみぃひんか?」


 薫が見せたそれを前に、リンダ、そしてキロリとトム、カツまでもが「ん?」と揃って首を傾げた。


「とりあえず試食やから、2、3口ぐらいあればええやろ」


 薫はボウルに昆布で炊いた昆布の佃煮入りご飯を移して炒めておいたセロリ、そして冷蔵庫から出したじゃこを入れた。白ごまも加えさくさく混ぜ合わせ、器に少しずつ盛ってかつお節を振る。


「はい、お待ちどう。セロリとじゃこの猫まんまや。カツも初めてやったら味見してみてくれや」


「俺仕事中だけど、ちょっとだけなら良いかな」


 カツは嬉しそうにぺろりと舌を出した。


 リンダは出された皿を前に「まぁ」と目を丸くする。


「お魚を合わせるのは初めてだわ。これが人間さまのおすすめなの?」


「とにかく食べてみてくれ。気にいらんかったら牛肉の猫まんま作るさかい」


「ええ。いただくわね」


 リンダは猫まんまに鼻を近付けるとくんくんと香りを確かめる。そしておずおずと言った様子で少量を口に入れた。キロリとトムはその様子をじっと見守る。リンダは目を閉じながらゆっくりと咀嚼したと思うと、今度はがぶりと大口を開けた。


「美味しいわ! これとっても美味しいわね! セロリっておじゃことこんなに合うのね!」


 リンダは興奮して叫ぶ様に言った。


「口に合うて良かったわ。セロリって癖があるやろ。やからか牛肉とか味の強いもんと合うんや。じゃこはそのものは淡白なもんやけど塩っけが強めやからな。もちろん旨味もあるし。それに白ごまがまた合うやろ」


「ええ。白ごまが良いアクセントになってるわ。あなたたちも食べてみなさいよ」


 キロリとトム、そしてカツもリンダの反応を見ていたが、皿に向き合うとぱくりと口を開いた。


「ん、確かにこりゃあ旨ぇ! なんでいなんでい、セロリはじゃこともこんなに合うんかい」


「本当だ、これは美味しいね! 初めて食べる味だよ」


「うん。これは良いね! 美味しい」


 キロリとトム、カツの反応も上々である。薫はほっと表情を崩した。


「いやな、昨日もセロリ頼む猫何匹かおったけど、皆牛肉との組み合わせやったんや。教えたんはリンダさんか」


「ええ。お肉、特に牛肉と合わせるのがベストだと思ってたから、セロリにするならそうしたら美味しいって教えたの。でもしらすがこんなに合うだったらこれも教えてあげなきゃ。他のお魚だったらどうなのかしら」


「鮭でも鯛でも旨いで。今度試してみたらええわ。でも俺のおすすめはやっぱりじゃこかな」


「ええ、おすすめしてくれるだけのことはあるわね。じゃあこれを1匹分ちょうだい」


 リンダが言うと、キロリとトムも「俺も!」「僕も!」と声を上げた。


「おう。今作ったるからな」


 薫は笑顔で炊飯器の蓋を開けた。

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