解決・3 追及

 物置からシャベルを持ってくると、私達は作業を開始した。


 座敷の障子をいっぱいに開けて光を入れる。月の光も合わさって、光量は充分なほどである。


 私と由希さんがシャベルを持ち、花乃には懐中電灯を持ってもらう。

 なるべく音を立てないよう注意して、土を掘り返していく。


 父の葬儀の日の、まだ夜なのだ。

 それなのに、私達はこんな罰当たりな行為をしている。それも、死んだ当人の罪を暴くために。


 もう、何が正しいのかも、私の中では曖昧になってきていた。


 私は淡々とシャベルを動かした。

 最近、ペットも火葬が主流だという。骨は紙でできた骨壺に入れてくれるそうなので、時間が経てば土の中は骨だけになる。埋葬した直後は獣に掘り返される可能性が高いため、初期の段階は骨壺が守ってくれるわけだ。


 セントーの場合は土葬だった。

 警官はウジが湧くと心配していたが、たいした被害は出なかった。父と秀信さんが、薬剤を定期的に撒くようにしていたのだ。墓場に薬を撒くなんて、と反対する人間はいなかったと記憶している。


 だいぶ掘り進めた。

 ふと顔を上げると、由希さんの額や頬に汗が浮かんでいた。玉の汗は、月の光が当たって艶めいている。それがやけに色っぽく見えて、私は不覚にも見とれてしまった。


「誠次さん、相当深く掘ってた覚えがあるんだけど」

「たぶん、もうちょっとすれば出てくるはずです」


 私達はさらにシャベルを突き刺し、掘り出し、放り出した。


 次に由希さんがシャベルを突き立てた時、彼女は、

「あれっ?」

 と声をあげた。


「何か当たりましたか?」

「うん、ちょうどこの下」

「よし、ここからはぼく一人で進めてみます」

「わかった、私は上がるよ」


 由希さんに穴から出てもらい、私が慎重に土をどけていく。ゴズ、と先端に何かの当たる感覚があった。そっと土をどかす。


「あった……」


 犬の頭蓋骨が、姿を現した。大きさから見て、セントーの物で間違いないだろう。というかセントー以外の犬の骨があったら一大事だが。


 私は自分の足回りの土も掘っていった。

 骨が次々に見つかる。かなり崩れているが、骨だとわかる程度にはしっかり残っている。


「花乃、よく照らしてくれる?」

「はい、これでいいですか?」

「オーケーだ」


 私は骨を一つ一つ確認していく。

 そして、大きな発見をした。


「胴体の骨がない……」


 肋骨などは、一目見ればそれとわかるだろう。だが、どこにもない。足の骨などが現存している以上、肋骨だけが高速で土に還ったとは考えにくい。


「やっぱり、竜吾さんの推測が正しかったんですね……」


 花乃の声は沈んでいた。由希さんもため息をついている。


「いや――でも、違うのか……?」


 そんな二人をよそに、私は強烈な違和感に襲われていた。


「人間の骨はないぞ」

「あ、ホントだ。人間と犬なら、違いなんてすぐわかるよね」

「わかります。でも、それらしい物がない」

「やっぱり違ったの?」


 戸惑っている由希さんとは反対に、花乃の目が鋭く光った。


「でも、セントーの肋骨とかがないんですから、お腹の中身を出したのは確かです。事件のあとで掘り返して、別の場所に埋めたんじゃないですか?」

「そうか……考えられるな」

「誠次さんはしょっちゅう山に入ってたし、どうにでもなるよね」

「由希さん、親父が掘り返したとして、それには気づかなかったんですか?」

「ええっと……」


 腕を組んで、由希さんが黙考を始める。


「あっ!」


 そして大声をあげた。


 私と花乃が同時に、

「しーっ」

 と人差し指を口に当てると、由希さんが慌てて口を押さえた。


「何年前か忘れたけど、大雨が続いた年があったの。その時、誠次さんが夜中に外出したことがあった」

「詳しく覚えてますか?」

「待ってね。んーと……、あ、そうだ!」


 大声を出して、また思い出したように口を押さえる。


「竜吾君が上京した年だよ。すごい雨の日で、用水路が大丈夫か見てくるって言って出かけて行ったの。それまで田んぼの水路回りはうちのお父さんに任せっきりだったのに」

「実際は出かけていなかったかもしれませんね」

「あの晩の雨はとにかくひどかったから、お座敷側は全面、雨戸を閉めてた。一階から大紅葉の周りを見ることは不可能だし、二階からでも庭がどうなってるかはわからなかった。そもそも私とお父さんの部屋は二階の東側だから、大紅葉の真下は確認できないんだ」

「なるほど。田んぼを見てくると言って、清吾の骨を再び掘り出したんですね。ぼくが上京した年なら、埋めてから十年以上経っている。白骨化してるのは確実だ」

「大雨が一晩中降り続いたのなら、土が直されてわかりづらくなっていたでしょうね」


 花乃が穴の底を照らしながら言う。


「しかもあれは十月だった。毎日どしゃ降りで、大紅葉の落ち葉も積もってた。自然の力がごまかしてくれたんだなぁ、きっと」

「そうなると、あとは骨の行方ですね……」


 言いながら、私は土を戻し始める。

 由希さんも動きだし、土をかけ直す作業はすぐに終わった。

 地面をならし、落ち葉をいくらか上にかける。

 その場にしゃがんで、セントーに手を合わせた。由希さんと花乃も、私に倣って手を合わせてくれた。


     †



 私達は座敷に上がって、もう一度考え直すことにした。


「清吾の骨はどこへ行ったのか。これがわからないと、親父の行為を完全に説明できたことにはならない」


 私と由希さんがテーブルを挟んで向かい合う。花乃が由希さんの横に座った。


「まあ、一休みしようよ。はい竜吾君ビール」

「あ、どうも」

「花乃ちゃんもどうぞ」

「わたしは未成年です」

「いいじゃん、罪深い行為をした気分を酔いでごまかそう」

「お酒は怖いので……」


 花乃がちょっと身を引いた。


「じゃ、ジンジャーエールでいいかな?」

「はい、それで」


 由希さんも引き際をよくわきまえている。

 全員がコップ一杯分を飲み干した。


「高明の遺体は火葬されてうちのお墓に入れられたんでしたね」


 そのはずだね、と由希さんが頷く。


「骨はこの屋敷から離れても、幽霊はここに残ってる。となると、幽霊は死んだ場所に現れると考えてよさそうですね」

「お母さまもそう言っていました」


 私は花乃を見た。

 上天会は、秋乃が自らの経験を元に教義を構築したという。ならば、秋乃は幽霊の出現条件も知っている可能性がある。


「体が敷地内に残ってなくても、幽霊はその場所に存在できる?」

「できる、と言っていた気がします。そもそも敷地という定義が曖昧なんです。道路で突然轢かれて亡くなった方が、いつまでもその近くをうろうろしていた、とお母さまが話していました」

「なら、清吾の骨が始末されてたとしても不思議はないわけだ」

「それも清吾君に証言してもらうのは無理っぽいよね。誠次さん、本当に移動させちゃったのかなあ」

「根本的な疑問ですけど、移動させなきゃいけない理由があったんですかね」

「さあ。誠次さんはよくわからない行動ばっかりするから、理由なんてさっぱり……」

「ん、待てよ」


 私は、屋敷に帰ってきた日のことを思い出した。


「由希さん、親父はぼくが上京した年の夏に入院したって言いましたね」

「言ったっけ。あ、戻ってくる車の中で言ったか」


「すると、こうは考えられませんか。親父はぼくとの関係が冷えきっているのを理解していました。だから自分が死んだあと、ぼくがこの家を継ぐかどうかわからない。入院して死を意識するようになって、庭の骨が心配になった」


「あっ、そうか。竜吾君が家を売っちゃったら、新しい住人が庭を掘るかもしれない。人骨が出てきたら大騒ぎになるね」


「幽霊よりも、そっちの方がまずいと思ったんじゃないですか。だから元気なうちに移動させようとした」

「うん、ありえる」

「親父に必要だったのは清吾の幽霊であって、体じゃなかった。だから体の問題で屋敷が下手にいじくり回されるのを避けたかった」


 花乃がジンジャーエールを注ぎ足す。


「あの、いくら小さな子供っていっても、骨はけっこうな量になりますよね。一気に持って出かけたら不審に思われそうな気がしますけど」

「確かに。親父は事件が発覚しないように手を尽くしていた。だとしたら、最後の始末も同じくらいじっくり計画して実行したって考えるべきだろうな」

「一ヶ所にまとめて埋めたとは思えないよね」


 由希さんの意見に、私も花乃も同意する。

 固めて埋めれば、土砂崩れなどで露出した時、すぐに見つかってしまう。色んな場所に埋めた方が、リスクは軽減できる。


「でも、分散して山かどこかへ持っていくなら、一時的に隠す場所が必要になる。持ち出すたびに庭を掘り返してたんじゃすぐばれるし」

「誠次さんが物を隠しそうな場所っていうと……」


 私と由希さんは、ほぼ同時に互いの顔を見つめていた。


「書斎!」


 声も重なった。



 全集を箱から出した時、乾いた土の汚れを見つけた。あれこそが明確な証拠ではないか。地面から掘り出した骨。その泥汚れを完全に拭いきれないまま箱に入れた。結果、箱に泥が残り、骨を片づけたあと戻した本に付着した。


 父は書斎に人を近づけなかった。

 唯一入室を許されていた秀信さんですら、父が部屋にいない時は入ってはいけないと言い含められていたそうだ。勝手に探られたらまずい物があったのだろう。例えば、


 骨を移動させたのが何年前かはわからない。

 しかし、書斎の環境は安定していた。風雨や害虫の被害は一切受けなかった。だからこそ、泥は残ったままになった。おかげで私達が証拠を掴めたのだ。


「書斎からちょっとずつ骨を持ち出していって、どこかに埋めていたわけか……」


 由希さんは気分悪そうにしている。


「たぶんだけど、誠次さん、頭蓋骨はハンマーで砕いたと思うんだよね。そのまま持ってくにはかさばりすぎるし……」


 頷ける意見だった。

 長い骨も、持ち運びに支障があれば砕いて細かくしただろう。


 すべて埋め終えたところで計画は完全終了。


 母に清吾を産ませるところから始まっているのだから、二十年を超える犯罪だったということになる。


 すべては、高明にさみしい思いをさせないために。

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