解決・2 動機/手順

「高明が死んだあと、親父は『もう子供は作らない』と公言していたそうです。彩香さん達がそれを聞いています。しかし、それを破ってぼくと清吾を作りました。なぜ考えが変わったのか?――それは、だったんです」

「竜吾君、本気で言ってるの……?」


 私は、ゆっくりと首を縦に振った。

 父が、私と清吾の相手をまったくしなかった理由はそこにある。育児に関わってしまえば情が生まれる。それを避けるために、必要以上に距離を取っていたのだ。


 父は論理的だった。

 ただそれが、一般人には理解できない論理だっただけだ。


「しかし、ただ殺すだけでは殺人犯になってしまいます。それでは二人に気を配ってやれる人間がいなくなってしまうので避けなければならない。んです」

「誘拐が自作自演? でも、誠次さんはお金を用意するために出たとき以外、ずっとお屋敷にいたよ。それなのに犯人から電話がかかってきて……」


 言いかけて、由希さんはハッとした顔になった。

 花乃が口を開いた。


「たぶん、その電話をかけたのはわたしのお父さまだと思います。高明君の事故死は、お父さまの弱みになってしまった。それを誠次さんに利用されたんです」


 私が引き継ぐ。


「想像ですが、親父は智人さんにこんなことを言ったんじゃないでしょうか。『もし高明の死に責任を感じているのなら、手伝ってくれないか』――なんて具合に。自作自演なら、親父に協力してくれる人間は限られてきます。交友関係はかなり狭いですから、その中で絶対に密告しないと信頼できる人間となると、智人さんしかいません。彼が責任を感じている以上、告げ口をしないという確信があったんでしょう。適当な人間に金を握らせても、あとで厄介なことになるのは目に見えていますから、選択肢は智人さんしかありえなかった」


 いったん、言葉を句切る。


「夕方、清吾を殺し、目的を果たした親父から、智人さんに連絡が行きます。智人さんは頃合いを見計らって屋敷に電話をかけ、あらかじめ用意された文言をしゃべりました。内容は親父が考えたんでしょう」

「そっか、誠次さんが自分でやったことなら……」

「ええ、犯人は日守家の事情に詳しかった。家族構成だけでなく、どのくらいの金額までなら出せるかもよく理解していた。当然ですよね。一家の長ならすべて把握できることばかりなんですから」


 脅迫文も自分で書いたのだから、身代金を運ぶ人間に母を指名するのは簡単だ。

 子供を押さえられている以上、警察は母に任せるしかなくなる。

 電話を待つ人間として、父は家に残らざるを得ないという状況が作り出せる。


「智人さんは逆探知されてもいいよう、公衆電話から電話をかけたんです。それも最低限の内容だけを話した。通話時間が短ければ短いほど、逆探知が難しくなるからですね。電話がかかってきた時、親父は屋敷にいました。受話器を取ったのも親父です。だから警察に疑われる要素がまったくなかった」


 片山さんと話した時に感じた、いくつかの疑問。


 なぜ朝方の善光寺大門前を取引場所に選んだのか?

 取引後、犯人はどうやって逃げるつもりでいたのか?


 後者の答えは簡単だ。

 そもそも誘拐なんてしていないのだから、逃げるも何もない。


 一方で前者。

 日守家の屋敷は善光寺にほど近い。

 大門を指定され、取引相手に母が指名されれば、母が歩いていくと言い出す可能性が高い。徒歩で行ける距離なら、歩いた方が「一人ですよ」とアピールしやすいからだ。


 通りはどこも開けているため、徒歩の人間を尾行する人間は目立ちやすくなる。

 また、朝方の人の少ない時間帯では、一般人を装った警察という偽装も見抜かれやすくなる。


 そうした条件を利用することで、誘拐犯の、のだ。


「話はわかったよ。智人さんは決められた時刻に電話をした。じゃあ清吾君はどこへ行ったの? 一時的に外へ出すにしても、隠しておく場所が必要だよね。家族が慌て始めたのは夕方の四時半過ぎだった。それから丸一日は警察がうちにいたんだから、誠次さんは簡単に動けない。その間に清吾君が隠し場所から動かないっていう保証はないでしょ? たとえ睡眠薬を使ったとしても、そんな長時間は効かないんじゃないかな」


 花乃が私に顔を向けた。


「わたしも、由希さんと同じことが気になりました。誠次さんが清吾君を殺したのだとしたら、どこに隠したんでしょう。その日の夕方殺してしまったにしても、やっぱり簡単には隠せないと思うんです。お屋敷の周りにはたくさん家もありますし、死体を持って敷地の外に出るのは危険すぎますよ」


 あ、と花乃は話を止めた。閃いた顔だった。


「家の中に隠したんですね。物置とか、縁の下とかに」

「花乃ちゃん、それはないと思う。だってあの日、みんなで大騒ぎして清吾君を探したんだもん。物置も縁の下も調べたし、階段下の押し入れや天井裏まで見たよ。焼却炉はもう取り壊されたあとだったからそこも無理だし、お屋敷の中に人を隠せる場所はないよ」

「いえ、ありました」

「え?」


 私が言うと、由希さんが固まった。


「一つだけ、絶対に誰も探さない場所があったんです」

「そんなところ、あったかな」

「あります。由希さん、親父が誘拐の真似事をしたんだとしたら、なぜセントーは殺されたんでしょう?」


 由希さんは黙り込んだ。が、結局答えは出なかったようで、


「わかんないよ。つながってるわけ?」


 と訊いてきた。


「はい。親父は、んです」


「な――」

「りゅ、竜吾さん……それは……」


 二人とも、信じられないという顔で私を見つめてくる。私だって、自分がとんでもない発言をしている自覚はある。しかし、これ以外には思いつかないのだ。


「セントーは『千トンくらいありそう』なんて冗談から名づけられたくらい大きい犬でした。子供を丸めれば隠せるだけの巨体だったんです。加えて全身が毛でふさふさで、腹を切り開いてもわかりにくい」


「そんな……じゃあ、セントーの中身はどうするの? 全部出しちゃったってことになるんだよ?」


「親父は猟を何年も続けていて、獣の解体に慣れていました。ぼくも猪の解体を見せられたことがあります。門のすぐそばでやっていたので悪評が立ったのは由希さんもよく知っているはずですよね。ぼくらがいじめで苦しむことになった原因の一つだ」


「そ、それはそうだけど……」


「事件当日、家が親父とぼくらだけになった直後に行動を始めたんでしょう。セントーを殴り殺し、死体を解体して、内臓をすべて取り出す」


 二人とも、顔をしかめた。私はかまわずに続ける。


「取り出した物は、すべて庭の菜園に埋めた」


 事件の日の記憶で、はっきり覚えているものがいくつかある。


 その中の一つが臭いだ。

 家庭菜園から、堆肥の臭気が漂ってきていた。翌年に備えて土作りをするのはよくあることなので、私はそれをおかしいとは思ってこなかった。

 だが、その堆肥が、セントーの内臓が放つ臭気をカモフラージュしたのだ。


 屋敷で起きたのは誘拐と、飼い犬の殺害。

 まさか、それに菜園が関係しているとは誰も考えなかった。

 土の深いところに、セントーの中身が埋められていた。作ったばかりの頃、菜園をいじっていたのは父だった。その父が飽きて秀信さんがいじるようになった時にはもう、証拠はほとんど土に還っていただろう。


「セントーを空っぽにした親父は、キリを使って皮に穴を開けていった」


 清吾を入れたあと、すぐに糸を通せるようにだ。丈夫な釣り糸を使ったと思う。裁縫糸などでは、ちょっとした負荷ですぐに切れてしまうからだ。穴も糸もセントーの長い毛が隠してくれるから、それ以上の処理はない。


「そして、清吾を殺す」


 はっきり覚えているもの、その二。


 ぼんやりした意識の中で聞いた、「キシッ」という畳の軋む音。


 この数日、私は何度か和室に入っている。

 最初の日、感覚を忘れていた私は、和室に入った時に「ギシッ」という音を聞いている。花乃が和室に入った時も、やはり「ギシッ」と鳴った。

 あの時の音、足運びは、和室の床が軋むと犯人が知っていたことを示している。


 これは決定的な証拠にはならないが、犯人が家の特徴を知っていたという条件がつけられる。和室に入ったことのある人間となると、さらに限られてくる。


「清吾を殺した親父は、死体をセントーの中に入れます。腹は縫い合わせました。器用な上に血を恐れない人間でしたから、そう時間はかからなかったでしょう。その後、家族が騒ぎ出しますね。ここで智人さんが電話をかけてくる。清吾を誘拐したと。しかし実際に起きていたのは誘拐事件ではなく、殺人事件だった」


 誘拐という現在進行形の事件に見せかけることには、セントーの死体から注意を逸らす狙いもあっただろう。


「もしかして、次の日にもうセントーを埋めちゃったのって……」


「一刻も早く死体を隠したかったからです。警察がセントーの頭の傷を調べたいと言った時、親父は反対しました。母さんが一緒に反対してくれるかどうかは天に賭けるしかなかったと思います。でも母さんの性格から考えて、賛同してくれるという確信があったんじゃないでしょうか」


「だろうね……小春さんは優しかったから答えは読みやすかったんじゃないかな。実際そうだったし」

「セントーの体を警官と一緒に持ち上げた時は、ひやひやしてたと思います。ちょっとでも激しく動かせば、お腹が破れて清吾が転がり出てきたかもしれないんですから」

「やっぱり、高明君の死が清吾君の事件につながってたんだね」

「ただ、想像でしかないんですけど……」

「――あっ、竜吾さん」

「花乃、どうした?」

「セントーってどこに埋めたんですか?」

「そこの大紅葉の左側だよ」


 私は指差して教える。


「だったら、あの、最低なこと言いますけど、掘り返してみれば証拠が出てくるかもしれません」

「……ああ」


 その発想はなかった。


「犬の骨と一緒に人間の頭蓋骨が出てくれば、確定です」

「墓荒らしみたいだな……」

「でも竜吾君、やってみる価値はあるよ。私達は確かめるべきだと思うし、セントーだって許してくれるはずだよ」


 かつてないほど、私の判断は速かった。


「じゃあ、今から掘ってみようか。秀信さんは寝ただろうね?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る