解決・1 犯人

「高明がなぜ焼却炉に落ちたのか、説明できそうな気がする」


「え? でもそれって、このまえ竜吾君が説明してくれたよね。島木少年に勝ちたくて度胸を見せつけようとしたって」

「あの時はそう思ったんです。でも、やっぱり自分から覗き込むのは考えづらいんじゃないでしょうか。枯葉の煙は匂いが強い。子供なら本能的に恐怖を覚えたはずです」

「だとしたら、原因はなんだったの?」

「えっ?」


 反応したのは花乃の方だった。


「高明と島木少年――達成さんは、智人さんが作ったおもちゃで遊んでいた。事故直前の写真には竹の水鉄砲を持っている写真もあったし、これは確かだ」

「竜吾君の言いたいことがわかった」


 由希さんが手を叩く。


「飛ばした竹とんぼが焼却炉に入っちゃったんだね……」


「そうです。高明と智人さんはすごく仲がよさそうだった。だからもらった竹細工も大切に扱っていたでしょう。それを落としてしまったのだから、燃える前に取らなければと高明は焦ったんだ。加えて、怒られることを恐れた。智人さんが用意した遊び道具の中で、焼却炉に飛び込んでしまうようなおもちゃは竹とんぼしかない」


「その説明でも、足場を用意した理由がつけられるね。焼却炉は子供の身長よりちょっと低いくらいだったから、足場がないと覗き込めない。下まで手を伸ばそうとして、頭から落ちちゃった」

「度胸試しと考えるよりは合理的な気がしませんか」

「うん、こっちの方が自然かな。高明君は竹とんぼや水鉄砲をすごく大切にしてたみたいだし」

「じゃ、じゃあ、高明君が事故死したのには、わたしのお父さまが関係していたってことなんですか……?」


 花乃の視線が落ち着かなくなってきた。


「花乃が責任を感じる問題じゃないよ。不幸な事故だったんだ」

「でも……」


 ちょっと待って、と由希さんが挙手した。


「そういえば、焼却炉って下の方に灰をかき出すための穴が開いてたよね。高明君がそっちから取ろうとした可能性はないのかな。だとしたら足場に説明がつけられなくなるんだけど」

「あれは秋になったばかりの出来事でしたよね」

「九月の第一週だったかな」

「だとしたら、蛇が元気なはずです」


 私は、由希さんとした会話を思い出していた。


「高明はアオダイショウに噛まれた経験があるんでしたね。それから秀信さんに注意されるようになったので、地面に伏せることはためらわれた。だから上から取ろうとしたんじゃないでしょうか」

「そっか、高明君は大人に注意されるとすぐ従ってたみたいだしね。それに子供の頃の怪我ってトラウマになりやすいし」

「度胸試しの仮説だと、矛盾が出ることに気づいたんです。高明は秀信さんに、焼却炉は危ないってきつく言われていた。注意にすぐ従っていた高明だったら、競争のために覗き込むなんて真似はしないはずです。、と考えるべきだったんだ」

「そうだね、説得力あると思うな」


 ガタン、と大きな音がした。

 私と由希さんが反射的に花乃を見た。

 彼女は、呆然とした顔をしていた。

 何か閃いたのか。それでコップを倒してしまったのか。


「あの……、高明君が死んで、お母さまが霊を見て、たびたび様子を見に来ていたんですよね」

「そうだけど、何か?」

「いえ、その……」


 花乃はひどくためらっている様子だ。


「想像でもなんでもいい。思いついたのなら聞かせてくれないか」

「で、でも、本当に馬鹿げた話なんです。こんなのわたしの妄想みたいなもので」

「いいって、全部話してみて。これはずっと昔に起きた話なんだ。今なら何を言ったって問題ないさ」


 それでもまだ迷っているようで、花乃が口を開くまでには時間がかかった。私達は彼女が声を発するのをじっと待った。


「もしもですけど、お父さまの竹とんぼがきっかけで高明君が死んでしまったのなら、誠次さんはお父さまに憎しみを持っていたかもしれません。お母さまも、日守家で事故があってからお父さまが塞ぎがちになってしまったと言っていましたし、負い目を感じていたんだと思います」

「ありうる話だ。親父は高明を溺愛していた。智人さんに厳しく当たるようになったとしてもおかしくない…………え?」


 自分でも、そんな発想が出てきたことが意外だった。


 父の、高明の溺愛ぶり。


 あれは異常なくらいのものだった。

 写真と他人の話でしか聞いたことがないのに、いきすぎではと思ってしまうくらいだった。ハントしてきた獲物を、高明への供え物にしてしまうほどだ。


 そんな父が、秋乃から幽霊の存在を教えられたら……。


……?」


 ああ……、と花乃が口元を隠した。

 私はどうやら、花乃と同じ推論を立てているようだった。由希さんだけが置いていかれている。


「ちょ、ちょっと二人とも、勝手に納得しないでくれる? 私にもわかるように説明してちょうだいよ」

「由希さん、これからする話はかなり荒唐無稽な内容になります。第一に、幽霊の実在を前提としているからです」

「な、なんか、急に教師みたいな話し方になったね」

「はい、順序立てて話さなければいけないので。質問は挟んでもらっていいですから、とりあえず聞いてください」

「わかりました先生。どうぞ」


 私は息を吸った。


「親父は、大切すぎるほど大切にしていた高明を失った。たぶん、智人さんの竹とんぼが関わっていたことにも気づいていたはずです。そんな時、花乃の母親――秋乃さんが高明の幽霊を見たという」

「そんな話、あったっけ」


 そうか、由希さんにはしていなかったか。


「花乃のお母さんも同じ力を持っていたんです。それで高明が屋敷にいることを、親父が知りました」

「う、うん」

「秋乃さんは、屋敷に親父しかいない日に呼ばれ、高明の様子を見ては報告していたそうです。それを繰り返しているうちに、親父はだんだん、高明がさみしい思いをしているのではないかと考えるようになった。なんてったって、向こうはこちらと満足に会話ができないんです。相手ができるのは秋乃さんだけ。家族と話せないのはつらいに違いない、親父はそう心配した」


 由希さんの顔色が悪くなってきた。


「まさか、竜吾君……」


「はい――結論を先に言いましょう。。高明にさみしい思いをさせないために」


 由希さんが呆然とする。花乃の吐息が震えるのも感じた。

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