3-7 腕のぬくもり
結局、清吾の事件については何一つわからないままである。
誘拐犯から電話があった以上、自分で失踪したとは考えられない。
日守家の周辺で、一体誰が動いていたのだろう。
私には、どうも日守家に近い人間が犯人だと思えてならなかった。片山さんが「軋轢を避けるため」と容疑者候補を教えてくれなかったことからも、それがわかる。
我が家がそれなりに裕福な家とはいっても、有名人でもなんでもない。地元長野市の人間だって知らない人の方が圧倒的に多いし、ご近所さんだってちょっと大きな屋敷に住んでいる家族、くらいの認識でいるはずだ。
そんな家の息子を誘拐する。
家庭環境はいくらでも調べられるだろうが、そもそも日守家を知るところの難易度がもっとも高いのだ。たまたま日守の財産を知ったという第三者の存在は考えにくい。
近しい人間と考えた方が説明もつけやすい。
身代金の金額、一千万がそれを示している。
日守に払えないこともない、絶妙な金額設定だ。父と何かしらの接点がなければ、この額を提示するのは難しい。重罪を犯してまで狙った金だ。普通、もう少しふっかけてくるだろう。たまたまうまい金額を要求できた――とは思えない。
高明が死んだあと、父は完全に狂ったわけではない。財産の管理はすべて彼が続けていた。母はそれらの事情にほとんど関知していなかったようだ。すると、父の交友関係の中に犯人がいる可能性が高まる。
父の友人は極端に少ない。
そして、非常に狭い人間関係の中には、隣の助手席に座っている少女の両親が入っているのだ……。
「どこかでお昼を食べていこう。暇ならつきあってくれないかな」
「いいですけど」
「よかった」
川中島を篠ノ井方面へ走っている。私は左側にあるファミレスに車を入れた。
店内は比較的空いていた。席と席の間の仕切りが高いので、他人の視線が気にならないのがありがたい。
窓際の席について、右手を流れる車を見ながらの昼食となった。
私はカルボナーラのパスタを頼み、花乃は一番安いドリアを注文した。気をつかわれているのかもしれない。
「疲れた?」
「はい、こんな経験は初めてなので……」
幽霊捜し、幽霊とのコンタクト。
普通なら考えられないような体験だ。傍目から見たら、何をやってるんだあいつらは、と言われそうな行動ばかり取っていた。それでも、我々当人達にとっては真剣な問題だったのだ。私には清吾と高明が見られないのが残念だが、忘れられない時間になった。
運ばれてきた料理を食べ始める。
花乃は猫舌なのか、ドリアをスプーンに乗せ、何度も吹いてから口に入れた。それでもまだ熱いらしく、はふはふと変な呼吸を繰り返している。
おかしくて、私は笑ってしまった。呑み込んだ花乃がムッとした表情になる。
「笑わないでください」
「いや、だって面白かったから」
「苦手なんです、熱いのは昔から」
「じゃ、ラーメンとかも食べるのに時間がかかるだろう」
「いけませんか」
「別に、そうは言ってない。ただ、かわいいところもあるなって」
ムッとした顔がムスッとさらに硬くなる。
「たらしは嫌われますよ」
「待った、そういうつもりじゃないんだって。なんだろうな、君は冷淡な感じがするから今の動きは新鮮に映ったんだ」
花乃は返事をくれなかった。淡々と、しかし時間をかけてドリアを減らしていく。時間の経過とともにドリアも冷めていき、食べるスピードが上がった。
「ごちそうさまでした」
彼女は食後にちゃんと手を合わせた。
「今日は体にかなり無理がかかったと思う。帰ったら少し眠った方がいいよ」
「……そうします」
今度は素直に頷いてくれた。
会計して外に出る。もっと話してもよかったが、長くつきあわせるのも悪い気がした。
背後から花乃のローファーの音がついてくる。
音が近づき、左腕に熱が触れた。
私はハッとして花乃を見た。左腕に、両腕を絡めてきていた。
「どうしたんだ、急に」
「竜吾さんなら、いいかなって……」
花乃は、絡めた腕に力を入れた。小さな顔が私の上着に触れる。その瞬間、花乃はさっと身体を離した。
彼女の顔は赤くなっていた。
「ごめんなさい、つい……」
「いや、いいけどさ」
由希さんに見られていたら大変なことになっていただろうが。
「い、今のは忘れてください」
花乃はそっぽを向いて、そっけなく言った。
「わかった。なかったことにするよ」
「……お願いします」
車に乗り込んだあと、会話は一切交わされなかった。
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