推し

「そういや私のグッズ無いの?」


推しの目の前で勉強出来ている自分凄いなあとか感心していた頃。

未莉が再度辺りを見回しながら俺に疑問を投げた。


「あるよ」


いやあるに決まってるだろ。


「え、どこ?」


フッフッフッ。


「ここだ」


ガラッと押し入れのドアを開けた。


「…………………すご」

「なんで引き気味に言うの」

「いやこの量は………さすが古参」


そこにな、初期からのグッズやチェキやらが押し入れにたくさん並んでいる。

全て俺の宝物だ。


「もしも親とかオタクがバレたくない人が来たら大変でしょ」

「だとしても、詰め込んでるね。うん、ありがとう」


苦笑い気味に言われる。


「引くなよ〜」

「いや、うん。引いているというか、よく私なんかを好きになってくれたな〜って」


笑いながら未莉は少しだけ悲しそうな表情を向けた。


「最初の頃、私があの5人の中で1番劣ってるって言われてたの、知ってるでしょ?」


未莉を含めたメンバーの人数。

俺は少しだけ躊躇いながらも小さく頷いた。

それを見て未莉は乾いた笑い声を発する。


「歌も下手でスタイルもそんな良くなくて、特別可愛いわけでもない。握手会とかチェキ会に来てくれる人も、他のメンバーに比べたら圧倒的に少なくて。Twitterでも、私なんか要らないって言葉をたくさん目にしてきた」


その場に俺もいたからわかる。

握手会もチェキ会も未莉の列は圧倒的に短くて、Twitterでは他のメンバーのファンが理不尽に叩いていた。

それを見て俺は何度怒り狂ったことだろう。


「………あの頃の私を見ててくれて嬉しいってのと、私なんかに金を使ったんだっていう、複雑な気持ち」


へへっと笑いかけられる。


「私なんかって言わないで欲しい」


だから、俺は未莉の言葉を全否定したいと思った。


「俺にとっては未莉が1番可愛かったし、会いたい、記念に残したいって思ったからたくさん貢いだ。グッズだってそう」


未莉は静かに俺の話を聞く。


「俺は未莉のファンでいることに誇りを思っているから、未莉も自分を卑下しすぎないで欲しい。自分が思う自分を貫いて欲しい」


未莉がいつもライブで不安を抱えているのはなんとなくわかっていた。握手会やチェキ会の時、自分の列と周りのメンバーの列を気にしていたのも。

それは今でも。


「けど、じゃダメだった。キャラを変えたら、ファンが増えたのは事実。だからこそ、不安。だって、みんなが好きなのはじゃなくて、だから」

「俺はどの未莉も好きだよ。オタクとして、尊いと思うよ」


泣きそうになりながら紡がれる未莉の言葉を、優しく解くように俺は言った。


「未莉の方向性については何も言えないけど、本当に好きならどの未莉でも受け入れられる。現に、俺はキャラ変した未莉も受け入れてるし尊い」


未莉を見て大きく頷いた。

そして未莉は泣いた。


「そうなんだ」

「うん」

「そっか。………こんな話、メンバーにも言われたことなかった」


にへら、と笑いかけてくれた。






「じゃあ、またね」


少しだけ泣いて、少しだけ勉強したあと、未莉は帰って行った。

『マネージャーに知られたら怒られる』と笑いながら。

その笑顔を見て少し安心したのと、未莉のパーソナルな部分に入ってしまったんじゃないかと、不安になった。



次会うのはいつだろう。

また遭遇するんじゃないか。

いや、もう友達でもある(らしい)から、遭遇ではないんだよな。

けれど連絡先さえも交換していないから、会うのは多分、気まぐれだと思う。



まあ俺は、こんなありえない幸せに現を抜かしていた。

相手の立場も考えていなかった。気が緩んでいた。

俺が責められる以上に未莉が責められることを、この時の俺はまだ知らなかった。



友達だけど推しとオタクである、未莉と俺の関係が世間に知られてしまうのは、もう少し後の話。

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