「あ、意外と綺麗」


オタクの皆様申し訳ありません。わたくし、推しを家に上げてしまいました。アイドルの推しです。

本当にごめんなさい。でも後悔はしていません。

なぜなら推しに頼まれたことを実行しただけだから。


「意外とってどういうこと」


笑い混じりに言うと、未莉は慌てたように手をブンブン振る。可愛い。


「違う。そういう事じゃなくて。あの、アパートってもっと汚いのかと思ってたから」

「それ、全世界のアパートに住んでいる人にも失礼だけど」

「うっ」


あー可愛い可愛い無理可愛い。


「ご、ごめん」

「大丈夫。俺は気にしない。じゃあ未莉、は一軒家に住んでるってこと?」

「……………いや」


目を逸らされる。


「あ、わかった。自分が汚くしちゃうから、他の住んでる人も汚くしてるって思ったんだねなるほど」

「そ、そういう訳では無、くはないけど」


俺ってもしかするとSなのかもしれない。

だって歳上(子供っぽいけど)相手にこんなに畳み掛けるって、傍から見たらやばくないか?


「というか勉強するんだっけ」

「そうだよ!勉強しようよ」

「はいはい」


"未莉"と居るのが慣れている自分が怖い。

本当に友達の気分になってくる。

いや、友達か。うん、友達と信じたい。


未莉をテーブルに案内して座るように言い、俺も向かい側に座る。


「私、ベッド側がいい」


なんでもないように未莉は言う。


「いいの?怖くない?」

「…………なんで?」


可愛くWhy?と言うようなポーズを作る。

うん可愛い写真撮りたい。けど我慢。


「もし俺が襲ったら、未莉、が逃げにくいじゃん」

「悠真が、襲う?」

「もしもだよ。俺だって――」


わからないんだから。


「――大丈夫でしょ、悠真なら」


未莉はニコッと笑った。

アイドルのような笑顔で。いつもステージで見せている笑顔で。


「――――――え」


気づいたら俺は未莉を床に押し倒していた。


「それ、通じない。オタクしてない俺には」

「どういう、意味」


パッチリとした目の中に少しだけ涙が溜まっていた。


「…………無防備ってこと」


俺はそう言って未莉を離した。


「俺の事信用してくれてるのは嬉しい」


ちょっと説教みたいだけど。


「けど、自分の好きな相手が無防備になってたら、そりゃあ」


でも、言わないと。

未莉を傷つけたくはないから。


「理性無くなることだってある。だから、ちょっとは、警戒して」

「…………ごめん。舐めてた」

「だろうな」


俺たちは、推しとオタクの関係以前に女と男だ。

推しを傷つけないようにとか迷惑かけないようにとか考えている自分もいるけれど、こうやって関わり続けたら、それを超えてしまう時だってあるかもしれない。

否、それは超えたら、ダメな壁。


「俺もオタクの分際でごめん」

「いい。言って欲しい。私が悠真のことを悠真、悠真が私のことを未莉と呼ぶ時間だけは、その関係以上だから」


まっすぐ、前に遭遇した時の表情で笑った。にへら、と。


どうしよう胸がときめくどころかザワザワして、未莉に対するオタクの感情が全部吹っ飛んだ気がした。

吹っ飛ぶというか、その感情をもみ消すかのように、何か別の感情に支配されたような。


「じゃあ勉強しようよ。私ここでいいや」


笑顔も何も浮かべない顔で、未莉は勉強道具を並べ始める。


「あー、うん」



この気持ちの正体は、どれだけ考えてもわからなかった。

男と女、異性であっても、俺はまだ未莉に対する感情は推しに対しての感情しか知らなかったから。

いつか気づく日が来るといいなと、俺も未莉をならって勉強道具を出しながら思った。

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