第19話 まおうは、こんらんをしている!

「彼女こそは、エルフの魔王シェラフィーヤ―――です。」

「『シェラフィーヤ』……公式サイトの人気投票No,1の、……?」



また出てきた私達の知らない不可解な単語―――けれど、今回はそれが救いだったと言うしか外はないみたいだ。


それにしても意外だった、先ほどまでクローディアさんといがみ合っていたイザナミさんが、私に助け舟を出してくれるなんて……。



「ええ、そうです。  団長様は、魔王シェラフィーヤ様からの要請に応じ、彼女に同行しているのです。  我が一党ではないあなたには、これ以上関係のない事……大人しく去りなさい。」



お、お、お、おうう? そんな話だったっけかなあ。

イカン、イカン―――話の展開が急過ぎて、危うく忘れちまうところだったぜ……。

そう言えばそうだった、確かこいつの願いを叶えるために、オレ達が協力をしてやる……って言う話だったよなあ?

……で、そう言えば―――こいつの願いって、なんだったっけ?



「なるほど……そういう事でしたか。  ですが―――この幼女ガキが、わたくしの夫を『おとうさん』? などと……これはどう説明いたしますの?」


「え……ええ~と、それは―――あの、その~~」


「こいつが町で絡まれている所をな、たまたまオレが通りかかって、そしたらオレの裾をつかんで『おとうさん』……って言われてな。」


「なんですか? それは…………」



嘘は、吐いてない―――半分は、当たってる……


「疑いたくもなるけどな、事実だ。  それにノエルも現場を見てたことだしな。」


「―――ノエル……さん?」


「(う゛)だいたい……合ってます―――」



このクソ兄! なんでこっちに飛び火させるんですか!!

てか……ある意味この行動は、間違いとまでは言いませんが―――……

それにしても、私を巻き込むことはないでしょうが!?


         * * * * * * * * * *

フフン―――手前ぇだけ高見の見物とはさせやしないぜえ~?

きっちり、お付き合い願おうか―――……


先ほどからニヤつきながら事態の静観をしていた性悪猫(黒豹)を巻き込み、どうにかイザナミとクローディアの2人の怒りの炎の鎮静化を図るための作戦に出た。


それにしてもやってくれたなあ~~クローディアのヤツ。

だがこれで、オレ達がオーガの国に訪れた際、やけにオーガ達が大人しかった理由が判明したというものだ。


だが今回の事によって強力なオーガの後ろ盾が得られれば、少しはこの後の展開が楽になろうと言うものだ。


           ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


だが……オレは、予測を遥かに甘く見積もり過ぎていた。

それと言うのも、この翌日―――目を疑う展開が??


オレ達はシェラフィーヤの願いを叶えてやるため、当面の間はこのオーガの国を拠点とすることに決め、そこから徐々にシェラフィーヤの理想に沿わせるよう同盟を結んでいく……。

まあこれが、大人しく従ってくれるようなら何もオレ達の出番なんてないわけだが、魔族と言うのは一筋縄ではいかない―――と言う事を、予めあらかじめシェラフィーヤから吹き込まれていたわけなんだが……


まあ―――最初の相手がオーガで、だもんなあ……

大人しく従ってもらえるの、一体いくついるやら……

それに、これで全員集まったことだし、そろそろ事前作戦会議ブリーフィングでも―――……


―――と、思っていた矢先に……



「シェラフィーヤさん……わたくしの事、「おかあさま」と呼んでいいのよ?」

「お、お、お、おかあ……たま?」



おい―――これは一体、何の冗談なんだ?


今、間借りをしている建物の居間で、クローディアがシェラフィーヤの頭を“なでなで”しながら、自分の事を『おかあさま』と―――と、いいつけている。


一見絵面では、聖母マリア様が愛しの我が子を愛でるように見えているが、あれはアカン―――あれは、猛獣が小さな子を餌食にしようとしている瞬間だ!!


いや―――それだけならまだしも!



「……ねえ、クローディアさん。  あなた一体どういうつもり?」

「『どういうつもり』……とは?」


「あなた……昨日、この子の事を『んガキエルフ』と言っていたじゃないの。   それが今日は一転して、あなたのことを『おかあさま』と呼べと―――」

「あらあら、いやですわ? 全く……これだから全く教養のない女は―――」


「―――なに?」

「わたくしの夫であるアベルさんの事を、この愛し子は『おとうさん』とお呼びになったのです。  ならば……アベルさんの妻であるわたくしは、自然とこの愛し子の“母”―――となるのは自明の理。」



うおおお~~~! こいつ―――力技でねじ込んできおったぞ??

た、確かに常識に照らし合わせてみればそうかもしれんが、オレはお前の事を嫁だと認めた覚えなどなあぁ~~~い!!


ではなぜそう明確に言わないかと言うと、めっちゃ怖いからです―――はい。

そりゃそうだろう~! 誰も好き好んで、ムエタイ現役王者の蹴りを喰らおうとするヤツがおるか~~!!


それだけならまだしも、「してやったり」の微笑みを交わすクローディアとは対照的に、姉さまから染み出てる殺意……

シェラフィーヤのヤツ、龍と虎に挟まれるかたちになってるが、今回ばかりは自業自得というヤツだ……。

今回の事、無事に済んだらあとであめちゃん買ってきてやるからなッ。


        * * * * * * * * * *

ふわあああ~~~どうしましよう! どうしましょう!!

今どうしてクローディアさんから頭をなでられてるの? 私はちょっと朝のひと時を愉しみたかったのにぃ~~!

しかもイザナミさんはイザナミさんで、小刻みに震えながら……しかも、あの剣の鈴がうるさく鳴りやまないしぃぃ~~!!


しかしこの事も、あとあとでよく考えてみたら、私がアベルの事を『おとうさん』と呼んでしまった事に起因しているのだ。


それにイザナミさんも寸でのところで踏み止まってくれているのは、私がアベル達の依頼主だからと言うところもあるのだろう。


だが、これではまるで針のむしろに座っている気分である。

これならまだ、私が投獄をされていた牢獄の方がましだ……そう思えたものだった。



「ねえ? シェラフィーヤ……もっとわたくしに甘えてもいいのよ?」

「は―――はひぃ! え、遠慮させていただきますぅ!」



しぃまったぁあ~~~! つい選択肢間違えちゃったああ~~!!


本来ならここは従順な態度を取って、早くこの状況から解放されなければいけないというのに―――つい恐怖と緊張のあまりに、拒絶をする言葉を使ってしまったのである。


するとやはり、クローディアさんの表情が……徐々に険しくっ―――!?



「フッ、どうやらシェラフィーヤ様は、あなたの事を嫌がってのようですが?」

「お前には関係のない事よ―――」


「関係―――? ありますわ……だってシェラフィーヤ様は、大事な依頼人スポンサー……私達一党ではないあなたとは無縁の関係―――ですよねえ? シェラフィーヤ様。」


「ひいぃぃぃ……」



私はこの時、まるで上位種の魔王2体を同時に相手している気分になった。

そしてこの、絶体絶命的運命の回避のために、アベルの事を探すのだが……


な、何でこんな肝心な時にいないのよおぉ~~!

ああ……私、見捨てられちゃったのかしらあぁ~~……

けど、判ってるわよ―――これも自業自得ってやつなのよね?

私が不用意にアベルの事を『おとうさん』て言わなけりゃ……


だが、そうした私の心配とは余所に、こちらはこちらで―――



「あらあら、やだやだ、すっかりわたくしの娘が怯え切っているじゃありませんか……。  この落とし前―――どうつけてくれるんですの?」


「シェラフィーヤ様が怯えているのは、あなたが原因だとまだ分かりませんか? この―――『破界王ジャグワー・ノート』が……。」


「その……“”を、口にするなあぁ!」



益々白熱ヒート・アップ―――どころの話ではなくなってきた。

会話でのやり取りの上では平常を保っているように見えるが、実際ではもういつ爆発してもいいくらいに、怒りは充填していたようなのだ。


そして“ある言葉”をきっかけに、クローディアさんがキレてしまったのである。

そう……『破界王ジャグワー・ノート』と言う、恐らくクローディアさんの二ツ名を、イザナミさんが口にすることによって。


これによって私は、この二人の激闘の中に晒される―――であろうと思われた時。

私の身体は闇の中に……いや、“影”の中に堕ちて行っ―――た?



「……っあ、ノエル?」

「(フィ~)やれやれ―――感謝してくださいよ? あの2人が互いしか見えていない、最大のチャンスだったんですから。」



どうやら私は、ノエルの忍術の一つである≪陰遁:六道の一“畜生道”≫の「退き込み」の部分を使われ、救われたようである。


彼女との最初の出会いは衝撃的なものでしかなかったが、なんだかんだ言いながら、今では随分と話す機会も増えてきている。

それに今の様に、救出たすけてくれる……。

ノエルには本当に感謝しかない―――。


だがその一方では―――……



「(フッ)永遠に、安らかに眠る前の排泄はもう済ませましたか? 神への祈りは? もう我慢の限界です―――あなたを細切れと化し、その血と肉を腐土に撒いてくれましょう!」


「それは、神への冒涜のつもりですか? まあ―――お前が決着をつけたいと言うのなら、わたくしも“本気”を出すのも吝かやぶさかではございません……。」



け、喧嘩は止めてえ~~私の為に争わないでえ~~!! もう……これ以上~~~!!


少々ニュアンスは違ったものとなったが、私はこの時相当追い込まれ、正常な判断が出来なかったのである。こんらんをしてしまっていたようなのである。


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