第18話 傍ラニ人無キガ若シ

え……? 今なんて言ったの? 「ムエタイ」?

ムエタイって一体なんなのよお~~~?!!


それは私には判らなくて当然だった。

なぜならは元々、この世界にはないのだから。


だからとてクローディアさんは、自分の身長の2倍はあるかと言うオーガ・チャンピオンを、『真空飛び膝蹴り』と言う、恐ろしい名称の技を繰り出して一発でのしてしまったのである。


しかし、大変なのはまさにこれからで、気絶させられたオーガ・チャンピオンを抱え、再び私達はオーガの国へ訪れていた……。



「これは一体、何の真似でございましょうか? 魔王シュテン。」


「………………。」


「……都合が悪くなると、何も仰らなくなるのは、どこの世界も共通なのですね。   判りました……では、お前達は愛する我が夫の前で恥を掻かせてくれたお礼として、全殺しです。」


「う゛……待ってく―――」


「何を“待て”と? このひ弱なわたくしを、屈強そうなオーガの男どもで囲み、甚振り尽くそうとしたその挙句、見事わたくしから手痛い竹箆しっぺ返しを食らったお前達にかけた情け……もう忘れたとでも?」



おいおいおい、一体何を言っているんだ? この“自称”嫁は……

お前が「ひ弱」だってえ~? ひ弱な奴が、10人かそこらのオーガの戦士を、ボコボコに出来るワケがないだろうに……。



「あらあら、それは可哀想に―――さぞかし怖かったでしょうね。  けれど仕方がないと思うわ。  だって本当に野蛮で極悪なのは、この撲殺女僧侶なのだから。」


「(ねええ~~アベルぅぅ~~なんで私達こんなところにいるのぉ~~?)」

「(仕方ねえだろう~~! だってこいつ、状況証拠のしたオーガ・チャンピオンさん抱えて、『ちょっとけじめ付けてまいります。』なんて言ってみろぉ~! 翌日には絶対に、この世界から注目されること間違いな~~い! それも最悪な方にな。)」


「(ちゅ、注目を集めるのは悪くない話だけど、“最悪”なのって言うのはちょっとアレだから、さすがにお断りしておくわあ?)」

「(それが賢明な判断だと言うものだが……なぜだか姉さまが、いつも以上に活き活きしているのは気のせいだろうか……?)」

「(気にするところがそこですか……まあ、あの人と本気ガチで殺り合える人なんて、あなたか嫁くらいしかいませんからねぇ……。)」



私は少し遠目から見ていて、魔王シュテンが可哀想に見えてきた。

まあ、クローディアさんにも言い分はありそうだけど、私の姿よりも可愛らしくて背がちっちゃくて、彼女が回復役の女僧侶だと言ってしまえば本気で信じてしまえるのだが、まさか襲ったのが「魔王レベル」だったなんて、考えたくもないものだわ。



「(そーれよりも、やーっぱりでしたよ。)」

「(えっ?  それってどういう意味?)」


「(まーだ気付きませんか、あれがあの人の本性なんです。  いかにも弱そうな羊の皮を被っておきながら、その実中身は獰猛な狼だった……なんてね。  それに先ほども触れましたが、「ムエタイ」と言うのは私達の世界でも割と知られた格闘技の一種でしてね。  なんでも「立ち技最強」なのだとか、そもそもの成り立ちが一国家の軍隊格闘技だったという逸話もあるらしいです。)」


「(そ……そんなのを―――私やノエルよりも可愛い美少女が?)」

「(お前もいい加減目を覚ませろよ。  ああ言ったのはな、外見みかけに騙されちゃ絶対イケナイんだ。  それにあいつは、リアルの方でも割と有名人でな……。)」


「(ああ……確か、弱冠15歳で、当時の200連覇を目前に控えていた世界王者を倒したとあったな。)」

「(でもそれって、同じ女性よね?)」

「(いや、男性だが?)」



『いや、男性だが?』???

はああ~? いや、それ絶対ダメでしょう? ダメなんじゃないの~?


私にはもう、彼女のなにもかもが信じれなくなっていた。

だって、あんなにも可愛らしくて純情可憐な乙女が、一体どうしたら屈強なオーガを一発で倒せられるなんて、一体誰が想像できるって言うの?


しかしこの時の私は相当甘かった……甘すぎた。

それと言うのも、まさかこのあと彼女がに及ぶなんて、考えもしなかったからだ。

そう……―――それも、よりにもよってオーガの魔王を……。



「では―――もう一度だけ慈悲をお与えして差し上げましょう。  お前の国は、今後ともわたくしの夫である魔王ザッハーク様に忠誠を尽くすのです!!」



ぶっフォ! あいつ言うに事欠いてなんつーこと口走ってんだあ?!

なんでオーガの国が、オレの支配下になったって感じになってるんだああ~~~?!!


……ん? 待てよ―――?

よく考えて見りゃそっちのが都合がいいのか?

それにオーガは、こっちの世界でも強い部類だ、その事は幼女魔王になってしまっているこいつからもお墨付きだ!

へへへ……日頃いい行いをしていると、いい事が巡ってくるもんだよなあ~~。


だが―――現実にもよくある話しとしては、甘い話しはそうそう転がっていないものなのである。



「なお……忠告として言っておいて差し上げますが……もし、変な気を起こそうものなら―――あの時、わたくしの『膝地獄』の餌食となり、頭蓋が粉砕してしまった、あの可哀想なオーガようになりますわよ?」



お、お、おぅぅ……もうすでに犠牲者が出ちゃってたのね?

もぉーう、相変わらずクローディアさんたら気が早いんだから!


と言うか、さすがはオレ達『悪党』の中でも、「火力三本柱」のトップであるクローディアだぜ……。


そう言う事なのだ―――オレの嫁を自称するクローディアは、外見みかけの聖職者泰然としたのにもよらず、前職である拳闘士(ムエタイ)としてのパラメーターやスキルなどを引き継いでおり、接近戦に於いては他の「火力三本柱」の残りの2人である、イザナミ・イザナギの姉妹を差し置いての高火力保持者なのである。


こうしたところもまた、イザナミの気に入らないところなのだろう……



「(チッ)団長様に気に入られようとして……」

「(フッ)あらあら、負け惜しみがですかあ? 悔しければ、であるわたくし以上の成果を上げてご覧なさいな?」



ねええ~~ちょっとこれなんなの~~?

エルフの魔王である私ならともかく、エルフより格上のオーガの魔王であるシュテンが震え上がってるじゃないのぉ~~!!


とーーーころが、私は本能に駆られてしまって、あるとんでもない行動を起こしてしまっていた。



「おとうさぁん……。」


「「は?」」



私は恐怖のあまりに、アベルにしがみついてしまっていたのである。


          * * * * * * * * ** 

ちょおっ?! なにこいつ?? それを今やる???

し、しかも2人の目が―――“ヤヴァイ”……



「ねえ……? ? 今その小娘、何て口走ったの?」

「団長様……? 今のはちょっと、私……聞き捨てになりませんけれど?」



きぃやぁああ! やめて……誤解だあ~! これは誤解なんだあ~~!


オレはその時声を出せていたなら、確実に乙女のような感じになっていた事だろう。

だがオレは、なんとか最後の砦を守りきり、その(乙女の様な)叫び声は、オレの心の戸棚にそっとしまっておくことにしたのだ……。



「ま、まあ待ち給え君たち―――……こ、これには宇宙開闢の謎より深い理由があってだね……。」



い、いかん―――! 冷静さを失って「宇宙の謎」などというわけ判らんことを口にしてしまった!!

恰好よくキメようとして、選択肢をミスっちまったあぁぁあ―――!


こっ、これからどう立て直しをすりゃあいい? 無理矢理別の話題に振った方がいいのか? それとも……



「まあ……それは何とも高尚な―――では、お聞かせ願えます? その、宇宙の謎たる深淵より、より深き理由とやらを―――もしそれが嘘だった場合…………こうなることをお約束申し上げておきますわ?」



うん、どうしよう……正解が見つからない―――

てか、女僧侶なら、片手で拳大の石を砕けるわきゃねーだろ??



「言っておきますけれど、これも総て我が夫に捧ぐ愛だからこそ! 愛する妻からの愛を、信じられないはずはありませんよねえ~?」



いや、と言うかだね―――お前の愛って重た過ぎるんだよ。

“信じられない”―――じやなくて、“受け切れられない”の!!

どーしてそこんところを、この嫁は理解できないんだよッ!!


だがまあ、理解できないからこんな状況なんだよなあ―――……。

一途に……オレの事を慕ってくれてるのはまあ……他のメンバーの奴らと同じくらいだから、まあいいんだけどさ―――


こいつは何て言っていいやら、度が過ぎるんだよ。

辺り所構わず―――てなやつなもんだから、普段は温厚なイザナミを憤らせることになっちまって……

だからそれ以来、イザナミとクローディアのあいだは関係が良くないのだ。


そして徐々に追い詰められているオレを見て何かを感じたのか、が―――……。



「もうこれ以上アベルを責めるのは止めて―――!」

「ああ゛ん? 先ほどわたくしの夫にしがみついたガキのエルフじゃありませんか。  なんなんです? お前は一体―――」


「わ、私は―――っ」



うわああ~~っ、どうしよう……何の考えもなく、アベルが窮地に立たせられているみたいだったから、つい出ちゃったけど…………


それにしても怖ぁ~い! 泣いちゃいそうな迫力だわ?!

そんな迫力、回復職の皆さんにはありもしないのに~~―――!


私はアベルの事が本当に心配で、なのに無策であるにも拘らず彼を庇うためにしゃしゃりでてきてしまった。

しかし相手は本物の魔王である私達をも心底震え上がらせる、まさしくの“真の魔王”なのである。

そんな迫力に気圧けおされてしまい、言葉を失いそうだったが……


そんな私を救ってくれたのは、意外な存在だった―――


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