第15話 “嫁”現れり

昨日、ノエルからの説明を受けた私は、翌朝目覚めると見事なまでに寝不足となっていた。


いや―――だって、女性が男性のフリをする……って、ありえないでしょう?

それにイザナギさんて、男性なのに私から見ても美形なのに……

尚更有り得ないでしょう―――??!


あれから寝ようとしても、その事ばかりが頭の中を“ぐるぐる”と巡り、とても寝付けられなかったのだ。


それとなのだが―――今回の一行の中には、この私よりも酷い顔をしていた人物が一人いた。

その人物とは説明するまでもなく―――……



「ふわ…ぁああ~~~あ!」

「おやおや、寝不足なようですが、何か心配事でもあったのですかあ? アベル。」


「うるっせえ……気に障る事余計な一言言ってんじゃねえぞ……ノエル。」

「実の妹に当たりなさるとは、機嫌が悪いようですなあ~? アベルさんや。」(プププププ)

「イザナギ、手前ぇぇ~~……」


「ふわわ……あふあふ~……」

「シェラフィーヤ様も寝付けられなかったようね。  大丈夫?」



イザナミさんは―――一部の発言が気にはなるものの、基本的には優しくて頼り甲斐のある人だと思っている。

なにしろ個性の強いアベルを筆頭に、灰汁あくの強い人達を纏める事が出来るだなんて、そうはいない……。

それにイザナギさんも、ああ言った偏見でもなければ、もう少しお近づきをしてもいいと思ったのだが……前日ノエルより  『変に気遣ったりするのはナシですよ。』  とは言い含めさせられたものの、人の印象なんてそうそう変われるものではないし……


―――と、つまり……仲間のおもだる部分がこんな感じなのだから、当然その足は軽やかなモノではなく、その全行程を5日もかけ、目的地でもある「オーガの国」に到着したのである。


そこで私は驚かされた―――

オーガと言えば魔族の中でもかなり気性が荒く、乱暴でしかないイメージしか抱いてこなかったのに……私達が訪れた時にはなぜか穏やかだったのである。



「これが……オーガ……なの?」

「そうです……私も数日前ここを偵察に訪れましたが、なんというか肩透かしを食らった感じでしたよ。」

「そのようね―――私達がプレイしていたゲーム内では、やはりオーガ等は野蛮で粗暴……そうした心象でしかなかったもの。」

「……だとすると―――要因は一つしか思い浮かばんな……。」


「えっ……要因―――?」

「この国には“彼女”もいる―――と言うのは、先日ノエルの情報でも判っていた事だ……。」



えっ―――……それってどういう事……?

まさかその“彼女”―――アベルのお嫁さんが……


するとその時、私が抱いていたイメージとは全く違った“声”が、背後うしろより聞こえてきたのである。



「あら、珍しいお客様だと思いましたら、あなた達でしたか。」



おおぅ―――聞き覚えのある声……確かにあいつだ……

くっそお~―――みじけぇ春だったなあ~~


オレ達の背後で、その鈴か転がる様な可愛いらしい声で出迎えた者こそ。

その“自称”をオレの「嫁」だと主張するいいはる、女僧侶―――「クローディア」なる人物である。



「よ、よう……クローディア―――随分久しぶりだなあ?」

「はい―――御沙汰をしております。 旦那様……。」


「しかしこれでようやく回復役確保―――ですか。  クローディアさんがいるといないとでは、無茶の仕様が変わってきますからねぇ。」

「うむ、全くだ……クローディア殿の助力なくしては、我ら前線はつものもちませんからな。」


「あらあら、仕方のない人達ですね。  敵をよく見極めるよう―――と、イザナミさんが忠告なさってくれたでしょう? それに、無暗にわたくしの旦那様に迷惑をかけることは、このわたくしが許しておきませんよ?」



今となっちゃ、その“愛”が重た過ぎて迷惑でしかないのだが……

まあこいつはこいつで、戦力になるしなあ~~……


        * * * * * * * * * *

……なんだか―――おかしいわ?

だって、とても淑やかで人当たりもいい人じゃない―――

なのになんでアベルは、このひとに対してああも怯えた態度を取るのだろう―――


けれどそれは、私が彼女とまだ会ったばかりで、彼女の事を知らなさ過ぎたからなのである。


それに―――この国に入ってから感じていた異和……

そう、妙にオーガたちが大人しいのである……

それにふと気が付いてみると、どことなくと視線を合わせないように……している?


一体何故なんだろう―――……


そうこうしている内に、私達は今回の目的であるオーガの国の魔王……「シュテン」に会うために彼の城を訪れた。



「お邪魔をいたします―――オーガの魔王シュテン。」

「おおこれはクローディア殿。  そなたの回復の奇蹟、誠に感謝いたみ入る。」


「いえ、わたくしなどはほんのまだ駆け出し……あの程度で感謝をされるいわれなど―――」

「うむ……それより、そこに控えておるのは―――」


「はい……このわたくしめを出迎えにきてくれた頼もしき仲間達です。  そして彼らが来たと言う事は、名残惜しきながらも別れのいとまを申し上げる次第―――」



うっ……かなわないわ―――なんなのよこのひと、出来過ぎじゃない!

それに、そうよねぇ―――彼女、アベルのお嫁さんなのだものねぇぇ……

一体どうすれば私はアベルの―――……


アベルの…………


アベルの?


あらヤダ私―――ったら、何不純な事を考えていたのかしらぁ??


いけないイケナイ、ここは頭を切り替えないと……


けれど私は、よくよく思い返してみれば、アベルの事ばかりを考えるようになってしまっていた。

それは自分でも気付かないくらいまでに―――


けれど今は、エルフの国の魔王としてオーガの国の魔王の前に立っているのだ。

ここは私がしっかりとしないと、こんな私の為に協力をしてくれている皆の為にもならない……そう思い、意を決して交渉に入った。



「初めまして、オーガの国の魔王シュテン。  私はエルフの国の魔王シェラフィーヤと申します。」

「ふむ……そなたが。  聞くところによると家臣たちの叛乱を許し、その座位くらいを剥奪されたと聞くが……。」


「それは本当の事です―――私も革新を急ぐあまり、おみの心をつかみ切れていなかったようです。  その結果民にも無用の心配させた事になってしまいました……。  けれど、ここにいる有志の方々によって復権と相成り、あなた方との国交を結びたいと考えているのです。」

「我らオーガと、エルフの、のぅ……。」


「どうか―――ご一考を……。」



普通なら、この交渉はあり得ない―――なぜならエルフの国とオーガの国とは明らかに“格”と言うのが違うから……。


格下のエルフの国の方から、格上のオーガの国に国交を結びたいなんて、普通では有り得ない……こんなことをするのならば、もう少し時間をかけてやらなければならないし、なにより“貢物”などの対価を払わなければならない……


なので、この交渉は失敗に終わるものだろう―――と、そう……思っていた……のに。



「シュテン様……どうかお一つ、このわたくしめからもお願いを申し上げます。」

「クローディア殿がそこまで言い置かれるのなら……。」



意外な事に、アベルのお嫁さんであるクローディアさんからのお口添えによって、この交渉は成功したのである。


なんてことなの!!? 益々かなわないじゃない!

一応今の私は、魔王に返り咲いた……とは言っても、まだまだ不完全だし。

オーガの魔王であるシュテンや、オーガの国の人民である皆さんとはそんなに親しくない……って言うのに。

それをクローディアさんは、魔王シュテンをも手懐けてる感じだしいぃ~~!?

嗚呼……完敗だわ―――……やはりアベルのお嫁さんには、かなわないのだわ……。


          * * * * * * * * * *

少し前からシェラフィーヤの動静に注目しているが……

なんだかあいつ―――心折れてないか?

けれどおかしなものだ、あいつの理念ともいうべき『平和で争いごとの無い世界』にするために、オレ達が協力してやる力を貸してやるって言うのに……

なぜそこで「何かに敗けたか」のようなポーズを取る……?


……まさかとは思いたいが、あいつの事を真に受けているんじゃなかろうな?

だとしたら完全強く強く否定をしなくてはならない―――!

「それは違う!!」の、だ・と!!


そうなのだ、クローディアは一見して「虫も殺せない」聖職者プリースト

その外見みかけに絶対騙されちゃイケナイ典型的な例だ!!


なにしろは……



「ねぇ……? 今、不届きな事を考えたりしてはいませんよね?」

「は、はひぃ! そ、それはもちろん!!」



突如アベルが、クローディアさんに背後から声をかけられ、素っ頓狂すっとんきょうな声を上げる。

その様子を見て私は思った―――不覚にも、そう思ってしまった……


あれ? これってもしかすると………………


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る