第14話 幼女魔王、世の不条理を知る

予定していた次の日―――の、また次の日……。

1日遅れでエルフの国から出発した私達は、5日をかけて目的の地「オーガの国」へと入った。


それよりも……なぜ予定のほうが遅れてしまったのか―――その理由は単純にして明確、彼女たちのリーダーであるアベルが急に及び腰になってしまったからである。


そしてなぜアベル程の実力者が、こうも及び腰になっているのかと言うと……。



「イヤだあぁぁ~~! ヤメろおぉぉ~~! オレは行かんぞぉ……決してそこには行かんぞぉお!」

「往生際が悪い奴だな……それとも何か? 彼女と再会あって都合の悪い事でもあるのか?」


「このっ! 手ん前ぇぇ~この“偽男”!」

「よし! 判った強制連行だ!!」


「命みぢかし恋せよDT~……」

「ドウテイちゃうわあ! ノエルお前後で覚えてろお?!」


「あの~随分嫌がっているようだけれど、嫌がっている人を強制的に~って言うのは、あまり良くない事だと思うのよ……。」

「(……)は~~良かったですねえ? 最新の“小指ちゃん愛人ちゃん”から弁護貰えるなんて。」(ニタニタ)


「「えっ?」」


「(あわわ……はわわ……)ち、違うのよ? わ、私はアベルの事を―――」

「ほっほ~う? “あやつ”の事を?」

「はいはい―――2人とも、シェラフィーヤ様の事いじめちゃダメよ?」



えっとぉ……あのぉ……今のあいつの反応て何なんだぁ?

な、なんだかオレの方でもドキガムネムネしてきちまったじゃないか……

それに……こんな状況で“あいつ”に会ったら―――それこそ流血惨事の現場しか思い浮かばん!

嗚呼嗚呼~~神よ―――あなた様はオレに艱難八苦かんなんはっくをお与えになりなさるのか―――!


などと、無駄な抵抗はしてみたものの、結局のところは姉さまに言い包めくるめられ―――



「それと団長様。  今問題から顔を背けてしまうのは簡単かもしれませんが……それでは問題の根本からの解決にはなりませんのですよ?」

「(う・う・う……)判ってる―――」


「それに、彼女の方でも私達がこちらにいる事は承知のはず……。  となれば、もしかするとあちらから―――……」

「判った! 判ったぁ!! だが今日じゃねえ、ちょっと時間を……そうだ1日くれ!」


「1日……判りました、そうと分かれば各々方もそれぞれの身支度を。」



そうだ―――……確かに姉さまの言うとおりだ……

ならやり兼ねん……その“自称”をオレの「●」とするなら!!


         * * * * * * * * * *

今まで頼りにしてきたアベルが、あんな表情をするなんて珍しい―――

そう言えばだけど……確かこの表情と同じ表情をしたことが、たった1回だけあったわね……。

そうだわ―――あれは確か……


そう私は、その瞬間に思い出していた。

満月が眩しいあの夜、“再契約”の話しを持ち出そうとしたとき、アベルの妹さんであるノエルの闖入ちんにゅうを受け、その時彼女の口から語られた事……。


『この男にはですねえ―――すでに将来を誓い合った女性がいるんですよ。』


その言葉を聞いた時、私の胸は“ザワ”ついた……

それは、アベルがもう他の誰か女性の物となっていることを知ったからだ。

けれど同時に、アベルの表情としては晴れやかなモノでなく、“何か”に怯え切っている……そう―――その誰か女性に怯えている感じが……した?


その疑問を感じたところで、私はその情報の発信元であるノエルを訪ねることにした。



「ねえ、ノエル……今ちょっといいかしら?」

「ああはい、どうかしましたか?」


「ちょっと聞きたいことがあるんだけれど……」

「はいはい、どう言った事でしょう?」


「今回の事でもそうなんだけれど、あの満月の夜あなたが言っていた、アベルと『すでに将来を誓い合った女性』についてなんだけど……。」

「(……)気になりますか? やはり―――」


「ええ……だって私は今や、彼や彼の仲間であるあなたたち無くしては何もできないもの!」

「(~~)そーーーれを言われるとですねえ……ちょっと弱いんですけど……。」


「えっ? 弱い……って? 何が―――……」

「ああまあ、今のところは判らなくていいです。  それよりも、そうですねえ……あなたも私達とはここまで深く関わり合ってきたからには、“彼女”のことについては知らないでは済まされませんからね。」



なんだか奥歯に物が挟まったような言い方をするものだけど……取り敢えず私が知りたいのはそこじゃない―――

だから今は敢えて、重要となる“彼女”の事に関して聞くことにしたのだ。



「まあ、私のああ言う言い方を聞いてしまったら薄々は感づいているのかもしれませんがね。  それは、アベルの“嫁”です。」

「嫁……って言う事は、彼は既に妻帯者!?」


「とは言っても、“本当の”じゃありませんよ? こう言ったゲーム世界の中での話でしてね。  まあシステム的には同じです、好き合っている男女同士で婚姻を結ぶ……ですが、うちの兄ちゃんの場合は特殊でして―――」

「特殊……?」


「だってほら、あなたもみたでしょう?うちの兄ちゃんのあの反応。 あれじゃどう見たって好き合っている者同士相思相愛には程遠いでしょう~?」(ニヤニヤ)

「あっ……言われてみれば確かに―――」


「要するに、向こうからの一方的の愛なんですよ。」

「それっ……って、アベルが可哀想―――……」


「ああ~まああなたは兄とは付き合い短いですからねえ? だからそういう事が言えると思うんですが……私らは事情がちょっと違いましてね。」

「……えっ? ノエル達の事情?」


「それはまあ……私もなんですけれど、私達の一党の中では誰もアベルの事を嫌いなひとはいないんです。  だから皆離れない―――例え、憎まれ口を叩かれはしても……ね。」



確かに言われてみればそうだった……

私も最初は、アベルの事を「なんて男だ」と思っていたけれど、徐々に世話になっていくうちに、頼ってしまう気持ちに傾き始めた……

今では、アベルなしでは考えられないまでに―――……


それに、そうだとするともう一つの疑念が頭に沸き上がってきた。

常々アベルは、その人に対して「偽男」だの「嘘男」だのと言ってる……



「じゃあ……イザナギさんも?」

「ああ、あの人に関しては、またちょっと事情が違いましてね。」


「えっ? またちょっと違うの??」

「あなたも、イザナギを一見しての性別はどちらだと思います?」


「……男性でしょう?」

「まあ、“彼女”はこのゲームを始める際、「男性」でキャラクター・クリエイションしましたからね。  そう見えるのが当然だと思いますよ。」


「そうよ、それ! あなた達結構前から「ゲーム」だの「キャラ・クリ」だのと、意味の分からない事を言っていたわよね? どう言う事なの??」



―――いや……『どう言う事なの??』って言われたって……

彼女……『魔王シェラフィーヤ』って、私達がプレイをしていたオンライン・ゲームのいちNPCキャラクターでしかないはずなのに……


いや―――そんなことよりも、NPCがこんなにも感情豊かにするものでしょうか?

もしかすると―――……ここはゲームの様であって、ゲームじゃない??

それに……気になる事と言えば、いまだにメニューコンソールの「ログアウト」が解放されていませんでしたが……

これってひょっとすると―――!!



「ねえ―――ちょっと! ちょっとノエル!! どうしたの? 急に喋らなくならないでよ!」

「ああ……すみません、少し考え事をしてたもので―――それより、そうでしたね……まあ今私達がいるこの世界を、一応現実世界と仮定しましょう。  すると、その現実世界とはまた違う「仮想世界」の事を「ゲーム」と私達は呼んでいるのです。」


「そ―――そんな世界があるんだ……。」

「そして、気付いているかもしれませんが、私こと「ノエル」、兄である「アベル」、そして「イザナギ」に「イザヨイ」……この4人はそのゲームで活躍していた「プレイヤー」なんです。

そして「プレイヤー」になるためには、最初にキャラクターを……ゲーム内で活動できる“もう一人の自分”を作成する必要がある……これを「キャラクター・クリエイション」と言うんです。」



ふ……ふぅ~~ん―――そ、そうなん……だ。

ゴメンなさいだけど、言っていることがサッパリ判らない……

だって、こんなの荒唐無稽こうとうむけいすぎるでしょう?

それよりも、現実世界とは違う別の世界を創造つくってえ??

ま……魔法でもそんな事が出来るの? 出来ちゃったっけ? 出来るわけないわよねえ??


けど……ノエルが私に対して嘘を吐いているようには見えない―――

だから再び……有り得ないとはしても、その話に耳を傾けざるを得ない―――



「とまあ、これがゲームを始める際の基本中の基本……な、わけですが。

実はですね……これにはまだちょぉ~っとした裏事情と言うのがありまして―――

ねえシェラフィーヤ、私がもし、「男だ」って言ったら……信じます?」


「えっ? 信じる……う? ワケないでしょう? だってアベルもノエルの事を妹だって言ってたし……。」


「あ゛~~ちょっとこれは例が悪かったかなあ……。

まあ要はですね、キャラクター・クリエイションというのは、作成する本人が、意図して気に入ったキャラクターに仕上げる事が出来るんです。

その一例として、本当は「男性」なのに、「女性キャラクター」を作成してプレイを楽しむ……まあこれは普段通りの“地”を出していれば、そうそう悪い事はないんですが……中にはいる事はいるんですよ、男性のくせに女性のフリをして悪い事をする連中が。」



……は?! ナニソノ奇想天外な発想!!?

男性が……女性を演じるの?

「オーク」や「オーガ」の♂が、♀を演じちゃうのお??

それ……やられでもしたら軽いトラウマになってしまうんですけど……


私はここで、精神に大打撃痛恨の一撃!を被ってしまった―――が、まだ無情にもノエルからの説明は続く……。



「そういう連中を『ネカマ』と言うんですが……実はこれには逆パターン……「女性」が「男性」を演じる―――っていう、『ネナベ』もあるんです。」


「え…………っ、なに? 女性が男性を…………? つまり私がキン肉モリモリ男…………だって?」



誰もそこまでは言っていないんですが―――なるほど、重度の混乱状態に陥っているようですねぇ……。



「あ~~まあ……あなたはたぶん違うと思いますよ? もしそうだったんなら、兄ちゃんが世をはかなんで死んでしまいます……。」

「そ! それは困るわ―――! そうだ……私は違う……私は違う…………」


「まあ今の説明の総まとめをするとですね、私達の一党に、一人そう言うのがいるんです。」

「それが……イザナギさん?」


「ええ……まあ、それに私達はリアルでもよく顔を突き合わせていましたからね、彼女は中々の美人さんでしたよ。」

「それだと……余計に判らないわ? ならどうしてイザナギさんは男性になろうと―――」


「あの人はですね、禁欲ストイックなんです―――」

禁欲ストイック―――?」


「ええ……顔立ちがいいもんだから、実際男性に何人も言い寄られていたと嘆いていましたね。  ですが彼女は、そうした色恋沙汰に興味はない―――だから、ゲームの中ではせめてそうしたんです。  本来の性別……女性ではない、男性として―――そこを兄ちゃんは揶揄からかったりするんですけれどね。」

「ふぅん……そうなんだ―――」


「ああ、だからと言って、変に気遣ったりするのはナシですよ。  くまで自然体に接してやってください。」



一通りの説明は終わったが、まだまだ理解しきれないでいる部分のほうが多い―――

それに、アベルやその仲間達が強い理由が、ノエルからの説明で明らかとなった。


つまり彼らは、この世界の人間ではない―――

この世界の人間ではないが、この世界での魔王である私の能力を遥かに上回っている―――ここは否定してはならないところだ。


それに……少しずるい様だけれど、彼らからの協力チカラを頼るより、私にはもう道がない……


私は―――茨の道を歩もうとしていた……


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る